講義が終わると中村博士は「じゃあ、これからウチに来てください。昼食を準備して待ってます」といってくれた。すると、なぎさがいった「おとうさん、先にもどってて。わたしたち、ちょっと寄ってくところがあるの」
 「ん? どこ? どこいくの、なぎさ?」
 「白山ひめ神社。みんな、お願い、みんなも菊姫さまにお願いしてほしいの!」
 「なにを?」
 「あさひのバカ!」
 「えー、なんでー」
 リンクス先輩が笑いながらいった「さあ、みんな、ひめ神さまにトシキとひとみの恋の成就をお願いしにいくよ!」…あ、そういうこと!
 「集合は?」
 「表参道の駐車場。わかる? 大きな駐車場のある北参道じゃないよ、わかる?」
 「リンクス先輩、ついていきます。ジムニーで先導してください」
 「わたしもついていきます!」
 「自転車組は、急がなくていいよ。ゆっくりきてね」
 「はーい」…ここから自転車でいくなら、表参道のほうがずっと近いし、なんといっても坂道をのぼらなくてすむ。リンクス先輩は、それを考えてくれたのかな。

 まもなく表参道の駐車場にみんな集合。いつものように一の鳥居で一礼する…けど、今日は8人も横一列に並んだのでなんか変。ついでにいってくと、そのうちなんと5人美少女1人イケメン、っていうのもなんかすごい。ぼくとカズキさんはちょっとだけ例外。ちょっとだけね。悔しいけど。
 「ねー、なぎさ先輩。ここってどんな神社?」…広い石段を登りながら、ゆかりがのんきな質問をする…あいかわらず。
 「縁結びの神さま。白山にいらっしゃる女神さまの神社なの」
 「へえー。そーかー」
 「ゆかり、ここ初めてくるの?」
 「うん。たぶん初めて…だと思います」
 「あんまりおぼえてないわけね」
 「ハハハ…いままで縁結びに興味なかったからです」
 「いまは?」
 「興味あります。今日はちゃんとお祈りします!」

 ぼくも、となりを歩いてるトシキさんに聞く。
 「この神社にきたこと、あります?」
 「うん。もちろんあるよ」
 「縁結び、ですか?」…おねえちゃんとの?
 「うーん。じゃなくて…安全祈願」
 「??」
 「4月から白山にドローン飛ばしてるんだ。それで…」
 トシキさんが話してくれたことは、こんなことだった。
 学部2年生なのに特別に認められてトシキさんが所属している研究室では、ドローンの完全自律フライトとAIによる画像識別を組み合わせて、送電線や鉄道、道路などの定期点検を完全に自動化・無人化する、という研究をしている。その一環として、トシキさんは、山岳登山道の定時パトロールを自動化する試みをすることになった。そして、その基礎データをとるために、2週間に一度、白山登山口の「別当出会(べっとうであい)」という場所につくったドローン発着場(ポート)から山頂までドローンを飛ばして登山道に植物が繁茂する状態を観察してるんだそうだ。
 「研究は、もちろん石川県、白山市、県警、観光協会、それから、ドローン飛行を管轄する国土交通省と環境省…白山は国立公園だから…と大学が連携協定を結んでやってるんだけど、もう一つ、白山は、ひめ神社の神域だから、関係者みんなでここにきて、ドローンのお祓いをしてもらって、飛行の許可をもらったんだ」
 「へえー。ドローンにお祓いを」
 「あさひ。ぼくは、このプロジェクトが始まってから、何度も何度も白山をみてきた。そしてわかったんだけど、特に3月から4月にかけての、雪解け直前の白山はものすごく美しい。白いドレスを着た女神さまがゆったり座ってこちらをみて微笑んでいる…ホントにそんなふうに見える。その美しい女神さまに会いにいくんだから、そのための許可をもらうのは、当然だと思うよ」

 やがて、ぼくたちは手水舎についた。ここにくるといつも思いだす。初めてなぎさとおたがいの気持ちを確かめあったときのことを…ひめ神さまはそれをやさしく見守ってくださった。
 思いだしたその瞬間…表参道の深い杉木立を涼しい風が吹き抜けた!

 ***ドローンを使いなさい***

 「!!!!」
 「どうしたの? あさひ!」
 「いま、アドバイスをもらった」
 「だれに?」
 「美しい夏の女神に! おねえちゃんの心をトシキさんと結ぶアイディア…魔王さま攻略作戦のラストステージを完全クリアする方法! これがうまくいけば、もう恐ろしい組織に追われることもなくなる!」
 「あさひ、恐ろしい組織に追われてたの?」
 「あー、なぎさ。なぎさが属してる組織なんだけどねー」
 それを聞いてリサ先輩が笑った。「で、どんなアイディア?」
 「実現するためには、リサ先輩とリンクス先輩に協力してもらわなくちゃなりません。…でも…ちょっと待ってください。思いつきをキチンとデザインして、なぎさの家で話します」

 みんなで、2人の恋の成就をひめ神さまにお願いして、なぎさの家に移動する。
 ぼくはざっと計画を話した。
 「トシキさん。このプロジェクトは実行可能でしょうか?」
 「ドローンフライトに関しては、まったく問題なく…法令上も技術的にも…実行できる。ただ、夏の登山シーズンは登山道に交通規制がはいるんだ。ドローンポートがある別当出会の6キロ下の『市が瀬ビジターセンター』までしか一般車両は上がれない…二輪車も。そこからシャトルバスが走っている」
 「トシキさんも?」
 「いや。ぼくのフォレスターは許可証をとってるから、機材を積んで別当出会の登山センターまで上がれる」
 「じゃあ、おねえちゃんはシャトルバスを使いましょう」
 「ほかになにか質問は?」
 「はいっ!」リサ先輩が手をあげる。「この計画、わたしがいなくてもできるんじゃない? わたし必要?」
 「ラスト10マイルは、リサ先輩とおねえちゃんの2人でいかなくちゃだめなんです。リサ先輩が一緒にいかなくちゃ終わらないんです。2人であの卒業式前日の届かなかった想いにピリオドを打って…コーチが『もう何も心配ないんだよ』って、魔王さまをはげまして送りださなくちゃならないんです。それが、リサ先輩にお願いする最大の理由です。」
 「そうかー。わたしがいかなくちゃ…わたしも終われないもんね…ありがとう。あさひ」
 リサ先輩は、そっと涙をぬぐった…ようにみえた。
 「それから、リサ先輩、ラスト10マイルは、なるべくコーナーで深く車体を傾けて、ローラーコースターに乗ったときみたいに、おねえちゃんの心拍数を上げてから、トシキさんにパスしてほしいんです。これはオートバイじゃなくちゃできません」
 「なにそれ?」
 「おねえちゃんを恋に()とすためのローラーコースター効果(エフェクト)です。詳しいことは弓美に聞いてください」…弓美が愉快そうに笑う。
 「…ほかに?」
 「あさひ」リンクス先輩が手をあげる。
 「…いちばんの問題は『雨と虹』だよ。今度の土曜日か日曜日に決行するんだよね? 土曜日は、あさひとトシキとわたしがバイトに入らないと回らないし、日曜日は、リサとひとみがいないと回らない。来週と再来週、試験期間だから、いつも日曜日にバイトしてる大学1年生のバイトが抜けちゃうの。だから、リサとひとみに入ってほしい、ってスコール先輩に頼まれてる」
 「あ……」困った。
 そのとき、ゆかりが手をあげた「はいっ!」
 「…わたしが入ります! 弓美先輩と一緒に!!」
 「ちょ、ちょっと待って、ゆかり! なんでわたしも…」
 「わたしたち2人、バイトできます! 弓美先輩、お願いします!」
 「あのねー『できます』ってねー、わたしはできるけどね。あんたが相棒だから心配してるんだよ!」
 「だいじょうぶです。わたしたち2人なら絶対にできます。まかせてくださいっ!」
 なんか突然、ゆかりがオトナにみえる。覚醒したね! ゆかり。
 「わかった。お願いね」…リンクス先輩がいう。「日曜日だったら…ランチやってないから…飲み物だけだから、初めての2人でもフロアは回せる。でも、誰か1人、キッチンで飲み物をつくる…レシピがわかってる人がいなくちゃ、ちょっと苦しい…あさひ! スコール先輩にキッチンに入ってくれ、って頼みなさい。昼すぎには…できるだけ早くわたしとあさひが戻ってきて替わります、って!」
 「お店のオーナーに、アルバイトがみんな忙しいから、日曜の朝、おまえが出てきてバイトしろ、って…ぼくが頼むんですか? ただの召使のこのぼくが頼むんですか? それって、むしろリンクス先輩の…」
 「このプロジェクトの責任者はあさひでしょ! だいたいスコール先輩は、もう、あさひにメロメロだから、あさひが頼めば、なんでもすなおにいうこと聞くよ」
 「えーっ!! スコール先輩、やっぱりあさひ、狙ってるんですかっ!」
 「なぎさ、ガマンしなさい! わたしたちが手っとり早く目的を達成するために、ちょっと『オンナ』を使うときがあるみたいに、今回は、あさひがちょっと『オトコ』を使うだけ! スコール先輩を誘惑して、お店を乗っ取ろうっていうんじゃないんだから! ちょっとだけガマンしなさい」
 「く、くやしーっ!!」
 「あさひー」と弓美「このプロジェクトの名前は?」
 「名前?」
 「なんかそれらしいタイトルをつけるものよ。こういうワクワクする作戦を実行するときには!」
 「名前なんているか?」
 「それがわたしの美学。つけて!」…弓美の美学、必要か?
 「じゃあ…夏の女神作戦(オペレーション・サマー・ゴッデス)
 「タイトル、短くない?」
 「いいの!」

 …と、まあ、そんな感じで計画がまとまったところで、ソフィア教授がやってきた。
 「ミーティングは終わった?…みなさんようこそ。なぎさの母のソフィアです。いつもなぎさがお世話になっています。ありがとうございます。簡単だけど、お昼を食べていってね」
 薪ストーブがある広い部屋にソフィアさんが用意してくれたお昼はスモーガスボードだった。北欧風のオープンサンドイッチ…いろいろな種類のパンとそこに塗るスプレッドと上に乗せる食材がテーブル一杯に広がってる。日本の古民家に北欧の風が吹き抜けたみたい! みんな、思わず歓声をあげた。
 ソフィアさんがぼくのそばにきてささやく…「この前、八倉巻先生にごちそうになった手巻き寿司の応用よ!」
 それを横で聞いていたトシキさんがいう「アルゴリズムだね! 手巻き寿司とスモーガスボードは同じアルゴリズムを使ってるんだ」
 …と思ったら、カズキさんがソフィア教授にあいさつをはじめた。
 「Oh, um, nice to meet you. My name is Kazuki Takeda. Thank you for inviting me here today. Amm… I didn't know that Dr. Nakamura's wife is a foreigner...」
 [あ、あの、はじめまして。竹田カズキと申します。今日はお招きいただきありがとうございます。いや、中村先生の奥様が外国の方とは存じ上げなくて...]
 「Nice to meet you. My name is Nakamura Sophia. I'm glad you're here today. But, Kazuki san. My favorite foreign language is Japanese. If you like, you can speak to me in Japanese. Of course, you are welcome to speak Polish!」
 [はじめまして。中村ソフィアです。今日は来てくださってうれしいわ。でもね、カズキさん。わたしがいちばん好きな外国語は日本語なの。もし、よかったら日本語で話してくださいね。もちろんポーランド語も大歓迎だけど!]

 「ハハハ…」ぼくとトシキさんは、思わず笑っちゃた。カズキさん、あなたの気持ちよーくわかります。ポーランド人のすばらしい美女と日本語でごくふつーに話せるなんて、すごいギャップありますよね! しかも、こんな石川県の田舎町の「モダンな古民家」に招待されて!