リサ先輩の話を聞いて、やっと一連の「事件」の全貌がわかった。なぎさが見抜いたとおり、問題の原因はトシキさんにあったわけじゃない。すべておねえちゃんにあったんだ。
 ぼくは、トシキさんに説明した。トシキさんは、おねえちゃんのPTSDについて聞いて、絶望的に悲しそうな顔をした。あー、トシキさん、ってやっぱりいいヒトだな。おねえちゃんのことを自分のことみたいに考えてくれる。おねえちゃん、幸せだなー。
 「そんなわけで、ぼくは、おねえちゃんの治療方法を考えなくちゃならなかったんです。トシキさんに修行をしてもらう必要なんてなかったんです。なんていえばいいのか…すみませんでした」
 「そんなことないよ。ぼくは、あさひがつくってくれた「修行」のプログラムがすごく気にいってるんだよ」
 「正確にいうとスコール先輩が勝手に『デザイン』しちゃったんですけどね」
 「ほら、ぼくらが…ぼくやカズキがいる世界って、オトコが圧倒的に多いだろ? 特にぼくらより年上の人たちは、もう全員オトコ。完全にオトコの世界で、誰もそれを疑わない。だから、今回、スコール先輩やレインボー先輩みたいな年上の魅力的な女性が、圧倒的な自信をもって『デザイン』してるステキな世界に入れてもらうことができて、毎週土曜日がすごく楽しいんだ。だから、この修行は、ずっと続けさせてほしい」
 「いや、トシキさんが、そういってくれるとレインボー先輩もスコール先輩も大喜びすると思います」
 「あの、でも、あさひくんは、そろそろ受験勉強に本格的に取りくまなくちゃならないだろうから、そちらを優先してほしい」
 「あー、それは心配いりません。先々週、ウチの父が進路指導してくれたんですけど、それによれば、ぼくは、ほとんどフリーパスで大学にいけるそうです」
 「は?」
 それで、今度は、父のつくった「ほとんどフリーパスで一流大学に進学するプラン」をトシキさんに話した。話を聞くとトシキさんは、なぜか「感銘を受けた」という表情でいった。
 「さすが八倉巻先生。すばらしい!」
 「え、父のことご存じなんですか?」
 「去年、1年のとき、先生の授業を履修した」
 「えっ? 毎週あの長い長い橋を渡って?」
 「そうだよ」
 父が「全学共通科目」っていうのを1科目担当していることはおねえちゃんに聞いて知ってたけど、基本的に橋のこちら側の学群の学生のための授業で、橋の向こう側の学生が履修しにくることは、ほとんどないはずだ。それをトシキさんは履修してたんですか?
 「…だって、ひとみさんのおとうさんの講義だもん。当然するよ」
 いやー。このヒト、なんかすごいヒトだな…ま、八倉巻なんて苗字だけで、親子だ、ってわかっちゃうだろうけど。
 「あ、ありがとうございます。わざわざ遠いところから」
 「それでね、そのとき思ったんだけど、八倉巻先生って、ふつうのヒトが考えつかないような『超』合理的な考え方をするヒトでね。しかも、それをこの不合理な世間に反逆することなしに実現することを考える。ほら、タテマエとホンネ、っていうのがあるだろ?」
 「は、はい」
 「タテマエをキチンと守ってるふりをしながら、それをうまく使って、それとは全然違うホンネ、つまり自分がやりたいことをどうやって上手に達成するか、ってことを講義のトピックに合わせてときどき話してくれたんだ。…それが『すごい!』って思って、いつも感心して聞いてた」
 「そうですか」…あはは…感心したのは「講義の内容」じゃないんですね。
 「いま、あさひが話してくれたフリーパス進学作戦はまさにそれだよ! 先生の講義をはっきり思いだした。そのとおりだよ。あさひが持っている…他の人にはない不思議な能力は、学力試験じゃ、絶対に測れない。だから、あさひが学力試験で入試を突破しようと思ったら、すごく苦労してムダな受験勉強しなくちゃならない。でも、あさひが大学にいって、いろんなことを学んで、いろんな人に出会って、いろんなことを考えて、自分の世界を広げれば、もっともっとその能力をのばすことができると思う。だから、あさひはフリーパスを使って進学すべきヒトなんだ。絶対に使えよ!」
 「はい。そうします。で、ぼくもトシキさんと土曜日に修行を続けます。いいですね?」
 「もちろん。あ、ぼくが小論文とか手伝うよ!」
 「い、いや。だいじょうぶです。実はぼく、しゃべるのと書くのは得意なんです。たぶん、トシキさんにも負けません。だから、書いたら感想おしえてください」
 「もちろん。よろこんで!」

 「あの、一つ、聞いてもいいですか?」
 「なに?」
 「なんで…おねえちゃん…あ、いや『八倉巻ひとみ』なんですか?」
 「うん…。ぼくは、こどものころから、おとなしくて、あまり自信がないこどもだった」
 「自信がない!? トシキさんが??」
 「うん。ぼくとカズキは双子だってことは知ってるよね」
 「はい。もちろん」
 「戸籍上は、ぼくが兄でカズキが弟なんだけど、おとなしいぼくと違ってカズキはこどものときから、明るくて、元気で、積極的で、物怖(ものお)じしないこどもだった。スポーツが好きで、小さなころからサッカーをやっていて、中学では、周囲の人たちも認めるぐらいの選手だった。でも、カズキは、中学2年できっぱりサッカーをやめて、勉強に専念しはじめた。両親もぼくもゆかりもおどろいた。でも、カズキはこういった『ぼくがサッカーで生きていけるほどの才能がないことはわかった。でも、勉強ならそこそこいける』ってね」
 「あー『そこそこ』っていうんですね、東大で…。でも、なんだか、その割り切りかたって三枝弓美そっくりですねー」
 「うん。ぼくもそう思った、初めて弓美ちゃんに会ったとき」
 「…それでね、ぼくは、こどものときからカズキに守られてきた。ぼくは、ほら、キレイ、とか、美しいとか、『妖精』ってあだ名をつけられて、からかわれるようなこともしょっちゅうあって…」
 「わかります。『妖精』っていった人のなかには、ホントに人間じゃないみたいにキレイ、って思ってほめた人もいっぱいいるんでしょうけど。小学校や中学校のオトコのコにとっては、ちょっとイヤな感じがしたでしょうね」
 「ホントにからかうヤツも少なくなかったんだぞ」
 「そうですね」
 「でも、そんなとき、カズキがそばにいてくれれば、からかうヤツには徹底的にいいかえして、無意識にいう人には、やんわりとたしなめて。そのあたり、カズキはすごく鋭くて強いんだ」
 「弓美がヤラれちゃったヤツですね」
 「そうなの?」
 「はい。弓美も同じタイプだから、スゲーっ、と思ったんでしょうねー」
 「カズキと旭丘高校に入学して、あいつ1年生の1学期からクラス委員長に選ばれて、まあ、それは当然で。ぼくは、なぜか保健委員に選ばれた…ほら、保健委員ってさ」
 「はい。だいたい女子生徒が選ばれますね」
 「まあ、理数科クラスで女子が少なかったっていうのものあるんだろうけど。ちょっとやだな、って思った。でも、ぼくはもちろん、カズキも文句いえないし。『それはオンナの仕事だろっ』なーんてね。…でもね。4月の初めての保健委員会にいって、もう、うわーっ!!ってなった」
 「なぜに?」
 「2年の副委員長が、ものすごく美しいヒトで、でも、キレイなだけじゃなくて、すごく明るくて、楽しくて、その場にいる全員が秒殺されちゃうような女子で…」
 「おねえちゃん、ですか?」
 「そう。ひとみ先輩。もう、ひとみ先輩を見た瞬間、これだっ!って思った。もちろんすごい美人。でも、キレイなだけじゃない。そのキレイな自分を最高に光り輝かせて、からかいを入れるスキなんか全然なくて、圧倒的な自信を持ってて…『こんなにも美人なわたし』って平然といって、全員が納得しちゃう…こういう美しいヒトにならなくちゃダメなんだ。ぼくは、このヒトを目標にしなくちゃ、って思った」
 「それで、おねえちゃんに告白を?」
 「いや。そうじゃないんだ。それから、ぼくは、保健委員会以外にも、できるだけひとみさんがいるところにいって、ずっとひとみさんを見てた…あ、ストーカーじゃないよ。自分の理想像として勉強させてもらってた」
 「あー、そういうのも勉強っていうんですかね」
 「うん。勉強だよ。そして、ある日…ひとみさんが、内田さんと…内田さん、知ってるよね?」
 「はい。内田理沙さんですね。おねえちゃんのPTSDについて教えてもらいました。リサさんに。深い湖みたいな美しいヒト」
 「そうそう。リサさんって、ひとみさんと全然違うタイプの美人で、一緒にいると影みたいに目立たないんだけど、でも、すごい美人。ひとみさんは、いつも、そばに美しい影がいるから、一人でいるよりも、もっと目立っちゃってたんだ。ちょうど、なぎさちゃんと弓美ちゃんの逆パターンじゃない?」
 「うーん。そうですね。リサさんって、物静かだけど、おとなしいっていうんじゃなくて、行動力があって、強くて、なんだかすごくカッコいいヒトだと思います」
 「そうなんだ。ぼくもそれに途中で気づいて…そして、ある日、ひとみさんがリサさんに支えられて『緑のトイレ』から出てくる姿をみた。その前に3年生の男子がひとみさんを体育館の横の庭園によびだしてたから、あ、告ってるな、って思ってた。それから、しばらくたった後に、2人が緑のトイレから出てきて、でも、ひとみさんの顔がいつもの顔と全然違って、無表情で、すごく冷たくて、そして、とてもとても悲しそうで…でも、信じられないほど美しくて…さっき、その理由をあさひに聞くまでわからなかったんだけど…でも、これはふつうじゃない、って思って…そのつらそうな、悲しそうな顔のひとみさんをリサさんがしっかり支えて…その姿が強くって…いつも明るい太陽みたいなひとみさんが、いつもと違って冬空の冴えた月みたいに見えて…リサさんが、その月を映す深い湖みたいに美しくて…そのとき、思ったんだ。ぼくがリサさんになろう、って。リサさんがずっとひとみさんのそばにいることはできない…高校を卒業しちゃったら、ひとみさんを支えるヒトがいなくなっちゃう、って。だから、ぼくがひとみさんを一生支えてあげよう、って。そのとき、突然、ぼくはひとみさんのパートナーになりたいんだ、って、わかった。雷に打たれたみたいに。それで、ぼくも告白することにした」
 「そうだったんですね。やっとわかりました。全部」
 「初めて告って、一撃でフラれたんだけど、そのとき、ひとみさんがいった『あなた細すぎる』って『わたしはもっとしっかりとした体つきのオトコが好みなの』って。それから…ぼくだけに聞こえる小さな声でささやいてくれた『あなたは、もっとがんばれるヒトよ。だから、わたしがその腕にギュッとしがみつきたくなるようなオトコになって…』そのとき、また雷に打たれた」
 「どうして?」
 「なぜ、ぼくが『妖精』っていわれるのか、なぜからかわれるのか、それがわかったから。悪いのは、ぼくなんだ、って、これまで、自分を他人にどんなふうに見せるかってことをなにも考えてなかった、人から評価されるための努力をなにもしてなかったんだ、って…ぼくは、キレイな顔に生まれついただけで、それを他人にどう見せようか、なんて考えたこともなかった。ひとみさんは、どんな人の前でも『こんなにも美人のわたし』って平然といえるようになるぐらい努力してきた。カズキもサッカーでものすごく努力してきた。カズキは、生まれつき体力があったけど、それをもっと高めるために努力した。ぼくはそれを見てたのに、ぼんやりと受け身で見てた…自分は、なにもしてなかった。それがぼくの間違いだったんだ」
 「…ちゃんとひとみさんに認めてもらえるだけの努力しなくちゃ、って。ひとみさんがいってくれたように、まず体力かな、って考えて…水泳を始めることにした。ほら、ウチの近くに市立体育館とプールがあるの、知ってる?」
 「知ってます」
 「まず、身体づくりのためにキチンと泳げるようになろう、と思ってスイミング・スクールに通った。ぼくが水泳を始める、っていったら、ゆかりも始める、っていいはじめた。それを聞いて、カズキが『なんで?』っていうから、理由(わけ)を話したら、カズキが『じゃあ、筋トレもしなくちゃダメだ』っていいだして、カズキは、サッカーやってたから、トレーニングにも詳しいから。それから3人でがんばって…カズキが東京に行ってからは、2人で。ずっと…。いまも、ゆかりと2人で1週間に2時間以上泳ぐのを目標にしてる。それと筋トレも」
 「前から、トシキさんとゆかりは水泳やってるな、しかも、すごく泳ぎ込んでるな、って思ってました」
 「おかげで、すっかり、たくましくなって…だから、また告白した。卒業式の前の日に…それから、ずっと、返事がなくて…」
 「すみません。すっかりお待たせしてしまって…弟のぼくが、もっと早く気づくべきでした。姉が苦しんでいることに。もう、こどもじゃなかったんだから」
 「でも、ゆかりが、旭丘に入学してすぐに『トシ兄ちゃん、弓美さんがすごい人に紹介してくれた! きっとうまくいく』って自信たっぷりにいってくれた…もちろん、あさひのことだよ。そして、とうとう、ひとみさんから連絡をもらったときは、めちゃくちゃうれしくて…。それに感づいたゆかりが『とうとうその時が来たね! トシ兄ちゃん…わたし、あさひ兄ちゃんにお願いする! 絶対、夢を実現してくれる人だよっ!』って。そして、修行をはじめることになって…それから、すごく楽しいんだ。これがひとみさんに続く道なんだな、って」
 「遅くなってすみません。でも、必ず結びます。おねえちゃんと!」
 「信じてる」
 「まかせてください」
 「ま、ゆかりは、最近、不満たらたらだけどね」
 「どーしてですか? よろこんでないんですか?」
 「土曜日の午前。いままでは2人でプールに通ってたんだ」
 「あー、なるほど」
 「なんでわたしが1人だけでいかなくちゃならないのっ!!ってうるさい」
 「ははは」

 「…で、もう一つ。『モテるコミュニケーション理論』の講義のほうなんですけど、…やります? もう必要ないんですけど」
 「もちろんやるよ! だって、あの中村淳一先生の特別講義だろ!」
 「ええー!『あの中村淳一先生』なんですか? 『あの』がついちゃうんですか?」
 「つくだろ! 中村先生は、コミュニケーション論の分野で次々と斬新なアイデアを発表してる注目の研究者だろ」
 「あー、全然、知らなかった…」
 「情報コミュニケーション技術(ICT)発展の基礎になるのは、人間のコミュニケーション研究なんだ。でも、いまコミュニケーション論、ってICTにくらべて研究があまり盛んじゃない。だから、もう、その分野の大先生の特別講義を受けられる、ってだけでワクワクしてたんだから絶対にやってほしい。頼んでほしい。中村淳一先生に!」
 「い、いや、トシキさん、なんか間違ってます。まったく勘違いしてます。今回の話は、そんな学術的な話でもなんでもなくて、『モテるコミュニケーション理論』って、ホントに単なる、中村博士お得意の冗談みたいな、適当にでっちあげたような話なんです」
 「つまり、ぼくたちしか聞けない、まだ、ラフなアイディア・スケッチだろ? 中村先生が、どんなふうにアイデアを得て、それを斬新な理論に昇華(しょうか)させているのか、その秘密の一端に触れられるんだ! だから、ぜひ聞きたい!」
 あー、そうなんですかー。あのヒト、そんな大先生だったんだ。じゃ、やっぱりぼくフリーパスなんだ。
 「わかりました。じゃ、すぐに日程決めます。日曜日になると思いますが、いいですね? あと、もう一回いっときますけど、中村博士がめちゃくちゃ適当にいいかげんな話をしても…いや、絶対にするんですけど、怒らないでください。なにしろ『モテるコミュニケーション理論』なんですから! いいですね、ぜええったいに期待しないでくださいよっ!!」

 それから、ぼくはリンクス先輩にも相談した。
 どうやって、おねえちゃんのPTSDを軽快させて、トシキさんとくっついてもらったらいいんでしょうか。それができないと大変なことになっちゃうんです! ぼく、恐ろしい組織に追われてるんです!…あなたが入ってる組織ですけど。
 「わたしが見るところ、ひとみのPTSDは、もう、ほとんど回復してると思う。この前だってトシキとデートできたんでしょ?」
 「まあ、そうですけど…ボーリングとビリヤードですから。2人っきりになるような空間じゃなかったんです」
 「じゃあ、クルマは? ROUND1にどうやっていったの?」
 「それぞれ自分のクルマで。いや、直接、話は聞いてないんですけど、あの日、おねえちゃんは、朝、自分のクルマで大学へいって、授業の後でラウンドワンにいってファミレスにいって、自分のクルマで家に帰ってきました。だから、大学からトシキさんと1台のクルマに乗りあわせていった、ってことはないと思います」
 「じゃあ、もう2人を1台のクルマに乗せちゃえば、すぐ問題は解決するんじゃないかな」
 「どうしてですか?」
 「あのね、わたし、卒業式の前日にトシキに告白されて吐いちゃった、っていうの、PTSDの反応じゃなかったと思ってるんだ」
 「どういうことですか?」
 「ひとみは、トシキが嫌いじゃないの。どっちかっていうと『好き』なのよね」
 「そうでしょうね。1回目の告白のとき、わざわざダメ出しして、自分好みのオトコにしようとたくらんだぐらいですからね。なにも思ってないオトコにそんなことしません。いくら魔王さまでも…ていうか…もういまは『大好き!』に近いみたいな」
 「そうそう。だからね、あの2回目の告白で吐いちゃったのは、PTSDで吐いちゃったんじゃなくて、トシキの告白に自分が応えられなかったどうしよう…っていう恐怖。ずっと待っていたトシキの2度目の告白のときに、わたし吐いちゃったらどうしよう、っていう恐怖。PTSDが治っていなかったら、どうしよう、って恐怖…その恐怖と緊張に負けて吐いちゃったんだと思うのよね。だって、その前の半年ぐらい、告白されて吐くどころか『こんなにも美人のわたし』って、オトコたちにイバリまくっていたんだから」
 「あー、それはなんか、かなり悪質ですね」
 「ひとみだからいいのよ。あのコ、それで人気があったんだから」
 「調子にのって家でも弟にイバリまくってるんです」…そっちは、かなり悪質です。
 「だから、もう、あなたは、PTSDじゃありません。心の障害は克服できてます、ってことを自覚させれば、それでなおると思うの。もちろん、トシキの前でね。トシキと2人だけの空間で。うーん…やっぱりトシキのクルマでドライブかなあ」
 「いやー、きっとトシキさんがドライブに誘った時点できっぱり断りますよ。絶対にトシキさんのクルマで、ドライブ中にトシキさんの前で吐くことなんかできない、って固く思ってるはずです」
 「じゃあ、その辺、あさひがうまくデザインしてよ」
 「ぼ、ぼくが?」
 「それがあなたの使命(ミッション)だ、義務だ、ってリサにいわれたでしょ? あさひができなかったら他にできるヒトはいない! あなたが必ずやりとげなさいっ!」
 えー、なんでリンクス先輩まで厳しい顔するんですかー。もっとやさしく微笑んでくださいー。しっぽ丸くなっちゃいますー。
 …すると、ぼくの心を読んだのか、リンクス先輩は「ふっ」と陽だまりの泉のように微笑んでくれた。
 「ほら、そんなしゅんとした顔しないで一生懸命考えなさい。あなたはできるオトコのコなの…いい? クルマの中と同じように、ひとみとトシキが2人きりになって、2人だけですごす機会をつくるの。でも、トシキがそこに誘ったとき、ひとみが『吐いたらどうしよう』って考えて怖がらないような場所で…そんな環境をどうすれば実現できるか…それを考えるのよ。わかった? それが今回のあなたのミッションよ」
 こうやってリンクス先輩は、ぼくを油断させておいて…つぎの瞬間、低く響く、氷のような冷たい声でいった!!
 「ひとみは、あさひとなぎさを幸せにした。だから、あなたにも、おねえちゃんを幸せにする義務があるのよ。必ずやりとげなさい。もし、あなたがしくじったら…わたしたちの組織があなたを許さない。あさひは、二度と金沢の街を歩けなくなるからね!」…ひぇー! り、リンクス先輩、怖いです。そ、それ、仔猫じゃないです…山猫(リンクス)でもないです。め、女豹です。やめてくださいっ!