「リンクス先輩?」
 「なに?」
 「あのー、魔王さまの高校時代のことを話してもらえるようなヒト、っているでしょうか?」
 「高校時代のこと、っていっても…なにが知りたいの?」
 「えーと『超絶美少女』としての活躍を…」
 「オトコ関係?」
 「まあ、オトコ関係はないんでしょうけど…その、オトコのフリっぷりというか…」
 「なんか、ひとみとトシキの関係に新展開が? 新たな謎?」
 「まあ、そんなとこです」
 「そうかー。じゃ、リサにきいてごらん」
 「リサ、さん…って?」
 「あれ? そうか、まだ会ったことなかったんだ」
 「はい。はじめてきいた名前です」
 「内田理沙…ほら、そこのシフト表の火曜日と木曜日に『リサ』って名前があるでしょ」
 「ん? ああ…このヒトですか? リサさんって、どんな…」
 「…ひとみのコーチ。つまり、なぎさにとっての弓美」
 「あ、なるほど。それで、おねえちゃんと同じ曜日に入ってるのか。一緒に働いてる、ってことは、いまでも仲いいんですね」
 「もちろん。『親友』っていっていい関係だと思うよ」
 「じゃあ、リサさんに」
 「聞いてごらん…。シフト表に『会いたい』ってメモ貼っとけばいいよ…あ、でも、ひとみに知られないほうがいいの?」
 「はい。とりあえず…」
 「じゃあ、わたしから連絡してあげる。あさひのLINEとか電話番号とか教えてもいいね?」
 「もちろんです」
 「じゃあ、リサから連絡するように伝えるから、いろいろきいてごらん…それでも、わからなかったら、わたしのところにも聞きにきていいよ」
 そういってリンクス先輩は、首を傾げて長い黒髪をフワッと揺すり、涼しく流れる水のように微笑む。
 いいなあ。リンクス先輩って。透きとおったアクアマリンみたいな淡いブルーのいい香りがして、どんな角度から見ても、しなやかで、やわらかくて、やさしくて、もちろんとっても美しくて、魅力的な年上の女性。なぎさとは全然違う魅力。いつも「キレイなおねえさん」に化けてる弓美とも雰囲気が全然違って…とても気になるおねえさま。あーん、しっぽパタパタしちゃうー。

 リサさんとは、その翌日に連絡がとれた。彼女から直接、電話がきた。
 「はじめまして。内田理沙です。いま、電話、だいじょうぶ?」
 「あ、はじめまして。八倉巻あさひです。だいじょうぶです。内田さんから電話していただいて…すみません…ありがとうございます」
 「気にしないで。ねえ、あさひ、って呼んでいい? ひとみといつもそういって話してるから」
 「もちろん。でも、姉とぼくの話なんかするんですか?」
 「あら、いつもしてるわよ。あさひ、溺愛されてるよ。ひとみに」
 「えーっ」
 「あさひに彼女ができたとき、ブツブツいってた。『めちゃくちゃくやしいけど、こんなコじゃだめ、わたし認めない…って絶対いえない相手を選んじゃった』…ってね」
 「そ、それは意外です。おねえちゃんが…」
 「あさひのことが大好きなの。ひとみは」
 「あ、ありがとうございます」
 「で、どんな話かな? わたしと話したいこと、って」
 「姉の高校時代のことを聞きたいんですが…あのー、できることなら…直接、お会いして話せないでしょうか? ちょっとこみいった話になりそうなので」
 「あさひの都合がいいのは何曜日?」
 「火曜日と木曜日が比較的…」なぎさが放課後、予備校にいくので…「でも、リサさん…あ、リサさん、っていっていいですか?」
 「いいよ。リサでいいよ」
 「いや、先輩ですから。じゃ、リサさん…リサさんは、火曜、木曜はバイトですよね」
 「うん。でも、できるだけ早いほうがいいんでしょ?」
 「はい」
 「じゃ、明後日の火曜日にしちゃおう。あさひ4時半ごろには学校を出られるでしょ?」
 「あ、はい。だいじょうぶです」
 「有松のスターバックス、知ってるよね?」
 「もちろんです」
 「学校が終わったら、できるだけ早くそこに来て!」
 「でも」
 「わたし5時からシフト入れてたんだけど、6時からにしてもらうから」
 「いいんですか?」
 「ひとみに一人でしっかりやっといてくれ、って頼むからだいじょうぶ」
 「すみません」
 「ひとみには、ステキなオトコのコにデート申し込まれちゃった!っていうわ」
 「ありがとうございます」
 「それじゃ。火曜日の4時半にスタバの店内で待ってる。旭丘の制服着たオトコのコが入ってきたら、手をあげるから声かけてね!」
 「わかりました。よろしくお願いします」
 はじめて話したんだけど、会話が進むテンポが速いのにおどろく。リサさんって、きっと、頭の回転も速いヒトなんだろうな。弓美にちょっと似てるかも。

 火曜日は自転車で登校した。放課後、リサさんが待っててくれるスタバにできるだけ早く移動するために。担任にお願いしてショートホームルームをサボって下校することも許してもらった。
 それで、16時半には、スタバの駐輪場に自転車を停めて、店内に入った。リサさんは、すぐに手をあげて合図をくれた。
 あー、思ってたのと全然…違った。活動的な感じの女性だろうと思ってたけど、落ちついた物静かな感じのヒト。光と影、ってわければ…「影」…もう一つ、予想外だったのは…すごい美人だったこと。店内で彼女だけが月の光を浴びてるみたい…ものすごくひっそりと…なのに、めちゃくちゃ目立っちゃってる。へえー。
 ごくふつーのカフェラテを買って、リサさんの前の席にすわる。周囲のオトコたちが意外そうな顔をしてるのを感じる…「な、なんで、あんな美人が、あんな冴えない男子高校生と待ちあわせてるんだ?? しかも、2人ともうれしそうに笑ってる!!」…ま、そんな感じ。でも、ぼくは、なぎさやゆかりや、ときにはおねえちゃんと外で会うときに何度も何度も同じ種類の視線を感じて慣れているので動じることもなくなった。はいはいみなさん、驚かないでくださいねー。いつものことなんですよー。
 「はじめまして。八倉巻あさひです。今日はお忙しいところ、時間を割いていただいて、ホントにありがとうございます」
 「内田理沙です。よろしく。一度、あさひに会いたいと思ってた」…低い、けれど明晰な声。『超絶美少女の声』なんだけど、リサさんにすごく似合ってる。
 「なぜですか?」
 「ひとみの自慢の弟だし…」えー、今度は、自慢の??
 「…それに、あなたは予言を現出させたオトコのコだから」
 リサさんは、レインボー先輩よりも短い前下がりのボブ。でも、髪を内巻きカールさせずに、まっすぐにおろしているので、とてもクールで神秘的な感じがする。くっきりとした眉がその印象を強くする。『超絶美少女』たちと同じように力がある視線。ふっくらとしたくちびるに薔薇色のルージュが色っぽい。それに重なって紫の背景にピンクのラメを散りばめたフレグランスが見える。指向性の強い、あきらかに有名ブランドのフレグランスだけど、ぼくがまだ名前を知らない…奥行きのある香り…山あいの深い湖みたいな女性。
 それなのに服装は、すっきりと機能的。厚手のジーンズに長袖の深いマルーンのTシャツ。しかも、淡いオレンジ色っていうか…明るいベージュのデニムのジャケットがとなりの椅子においてある。もう7月なのに…そんなことを考えて彼女にみとれていると、リサさんは、思わぬことをいった。
 「あさひ。弓美の注意を守らなくちゃダメよ」
 「え、えええ? ゆみって…あの、三枝弓美ですか?」
 「そうよ。あさひ、弓美に美人を凝視することを禁止されたんでしょ! いま、それを破った。わたしを10秒も見つめてた」
 「そ、そんなー、な、なんで」
 「わたしは、ひとみのコーチ。弓美は、なぎさのコーチ。ひとみは、なぎさのインストラクター。そして、わたしは?」
 「弓美のインストラクター、なんですね?」
 「そういうこと」
 「『超絶美少女』って、そんな複雑な『組織(システム)』だったんですかっ?」
 「そうよ。わたしたちのシンジケートは、金沢を中心に、あさひが考えてるより、ずっと広くて深いネットワークを形成している。あさひもいつどこで監視されてるかわからない。あなた有名人だから」
 「な、なんで」
 「当然でしょ。在学中に現役の『超絶美少女』に撃ち落と(ムーンショット)されたはじめてのオトコのコなんだから。みんな、あなたのことを知ってるわ。だから、街角で美人をみつけても、決して見とれたりしちゃいけないよ。また撃たれるよ! わかった?」
 「あ、あの、だいたい美人なんですか?」
 「なにが?」
 「『超絶美少女』シンジケートのメンバーは。いや…『超絶美少女』たちが美少女なのは、あたりまえですが、弓美やリサさんのようなコーチもみんな美少女なんですか?」
 「まあそうね。だってね『超絶美少女管理委員会』は、4年に一度、新しい美少女をスカウトする。そのとき、1人だけに声をかけるわけじゃなくて、2・3人に声をかける。なぜかっていうと、必ず断るオンナのコがいるから。ていうか、断るコのほうが多い。…弓美みたいに片想いのオトコがいるんです、ってコ。あるいは、わたし高校生活を恋で彩ることが夢なんです!って宣言するオンナのコ。で、だいたいそういうコが、じゃあ、わたしコーチやりたいです!…って立候補するの」
 「リサさんも?」
 「うん。わたしはね、中学校のとき、強烈に片想いしてるヒトがいて、そのヒトが旭丘高校を受験する、っていうので、わたしは、ちょっとムリじゃないか、っていわれたんだけど、もうそのヒトと同じ高校にいきたい、って必死に猛勉強して、なんとか合格したの。だから、誘いは、即座に断った。そして、ひとみのコーチになったの」
 「そうだったんですか…」
 「あ、でもね、どうせ気にするだろうから先にいっとくけどね。そのヒトとは、入学して、告白して、つきあって、でも、わたしが思ってたようなヒトじゃなくて、半年ぐらいで別れちゃった」
 「そう、なんですか…」…なんか、ちょっと悲しいですね。
 「だけど、その代わり、旭丘高校にいけて、ひとみに会って、リンクス先輩に会って、スコール先輩やレインボー先輩にも会えたから…それで、すごくよかったと思ってるの。いまは」
 「おねえちゃんは、すぐに承知したんでしょうか?」
 「うん。その場で即座に『やります!』って返事した。そして、たぶん、その理由が、あさひの『知りたいこと』だと思う。あさひ、まず話してごらん。あなたの『知りたいこと』は、なに?」

 それで、ぼくは、おねえちゃんが、ごく最近、竹田トシキさんと再会したこと。それも、どういうわけか、自分から連絡をして会ったこと…そして、彼とデートしたことを楽しそうに教えてくれたこと、でも、ぼくが「付きあっちゃいなよ!」といったら「付きあうためには、トシキさんが修行しなくちゃダメだ」っていいはったこと。それで、ぼくが、いま、その手伝いをしてることを話した。
 「…ところが、先週末、なぎさが初めてトシキさんと会って、おねえちゃんの態度に疑問をいだいたんです。トシキさんは、もう変わんなきゃならないところなんかないほどステキな男性で…しかも、おねえちゃんは、それを誰よりもよく知ってるはずだ、って」
 「姉は『告白されても身体がフッちゃう』ってよくいうんです。なぎさが『それって冗談じゃないかも。『たとえ』じゃないんじゃないかな。ホントに身体がフッちゃうのかも…』っていいだして。いわれるとそれが気になってきて。だから、高校時代、おねえちゃんがどんなふうに告白されたオトコをフッてたのか…とくに、トシキさんの2回の告白をどんなふうに断ったのか、それを誰かに聞きたいと思って…リンクス先輩に相談したら、リサさんを推薦してくれたんです」
 「あれ。リンクス先輩、なんでわたしに回してきたのかな」
 「え、どういうことですか?」
 「リンクス先輩もそのことはよく知ってるから。わたしと違って直接見たわけじゃないけど、わたしが全部、報告してたから。なんで自分で話さなかったのかな?」
 「はあ」
 「きっとリンクス先輩、なにか予感がしたんだね」
 「予感?」
 「あの先輩、ときどき神秘的なところがあるの。予言者みたいに先をみとおすの。なにか感じたんだね。わたしとあさひを会わせたほうがいい、って」
 あー…リンクス先輩なら、そんな神秘的な力があっても驚きません。
 「まあ、いいわ。…あさひ、ひとみが中学生のとき、交通事故にあって、かなり長い間、入院したことがあったの、おぼえてる?」
 「ああ、おぼえてます。ぼくが小学校4年か5年のときだから…姉は中学2年だったのかな?」
 「ご両親は、あさひにいってないと思うんだけど、あれは、フツーの交通事故じゃなかったの。通りがかったカワイイオンナのコにイタズラしようとした変質者が、ひとみを車に引きずり込んだの。ひとみは、必死に抵抗して走りだした車のドアを開けて飛びだして、道に振り落とされて。そのとき、ひどいケガをした」
 「そ、そんな…許せない」
 「犯人は、まもなく逮捕されて、ひとみの事件以外に余罪がたくさんあって、いまも服役中。まあ…幸いひとみの身体の傷は順調になおった。後遺症も痕も残らなかった。でもね、彼女の心には、ひどい障害が残ってしまった。PTSDになってしまったの」
 「PTSDって?」
 「心的外傷後ストレス障害…ショッキングなできごとがトラウマになってしまって、フラッシュバックしてパニックをおこしたり、トラウマにつながるものとの接触を避けるようになってしまう精神的な障害…ひとみのトラウマは、まずオトコ、そしてオトコと2人きりの閉鎖空間。特にクルマ…わかるわよね?」
 「はい」
 「高校に入学して『超絶美少女』に誘われたときのひとみは、すべてのオトコが怖くて、なにもできない状態だった。…ひとみは、キレイで明るいコだったから、中学のときからモテた。でも、事故の後は、それがひどい苦痛になっていた。特にオトコに呼びだされて2人きりの場所で告白されるなんてことは、彼女にとっては、恐怖以外のなにものでもなかった。…高校生になったら、もっと大変なことになるとおびえてた。そこにリンクス先輩から『超絶美少女』にならないか、っていう誘いがあった。『超絶美少女』になれば、告白されることがあっても、その場で即座に堂々と断れる。インストラクターやコーチが絶対的な味方になって守ってくれる。ひとみにとっては、『超絶美少女』に誘われたことは、天の救いだったの」
 「そうだったんですか」
 「リンクス先輩は、ひとみの打ち明け話を聞くと、すぐに彼女を自分が以前から通っていた合気道の道場に誘った。まず、しっかりと護身術を身につけて自分の身を自分で確実に守れるんだ、という自信を持たせること、それが、ひとみのPTSDを軽減する第一歩だ、ってリンクス先輩は判断した」
 「それで合気道だったんだ。なんであのおねえちゃんが突然、武道に興味を持ったのか、ずっと疑問に思ってました」
 「同時にひとみは、自分がホントの『超絶美少女』になるためにすごい努力をはじめた。どんなオトコをどんなふうにフッても、誰にも文句をいわせないために。…ねえ、『超絶美少女』になるための三つの修行、ってなんだと思う? 知ってる?」
 「表情と姿勢、そして声、じゃないですか?」
 「すごい。よく知ってるね!」
 「そりゃ、ぼくは恋人も姉も妹も『超絶美少女』っていう信じられない環境にいますから」
 「妹、ってなによ?」
 「あー、ゆかりです」
 「あら、自覚してるんだ。…ま、とにかく、ひとみは、ものすごく努力して、あっという間にホントに『超絶美少女』になっていった」
 「知ってます。高校生になって、突然びっくりするぐらいキレイになった。おねえちゃんは」
 「もう、自分で自分のことを『こんなにも美人のわたし』っていって、それを誰もがすなおに認めちゃうぐらいにね。わたしもコーチとして練習につきあったんだけど、全然、追いつけなかった」
 「いや。そんなことないですよ。リサさん。この店にぼくが入ってきて、リサさんの前に座ったら、周囲のオトコがいっせいにぼくを見ました。『なんであんな美人があんな冴えない高校生と待ちあわせてるんだ!』って」
 「あらっ、うれしい。…やさしいのね、あさひ」
 「いや、これは『事実』です」
 「ありがと。…それでね、ひとみの話だけど…」
 「はい」
 「最初は、ただひたすら怖がっていたひとみだけど、しだいに自信をとりもどしていって、教室で男女まじえたグループの中で男子生徒と話すみたいなことは、全然、問題なくなっていった。ところが、そこで次の問題がおこった」
 「なんですか?」
 「明るくて楽しいひとみに告白する男子が急増したの」
 「あー、なんと」
 「教室では、あんなに明るくて楽しそうなひとみが、告白の場所に呼びだされると表情が消えて、ものすごく鋭くて冷たくて恐ろしい顔になって、でも、それは、ぞっとするほど美しい顔で…そして、ついたあだ名が」
 「…『美しき魔王』だったんですね」
 「そのとおり。1年生のころは、告白のために呼びだされるたびに、わたしがその場所についていって、気づかれない場所に隠れて、告白とお断りが終わった瞬間にひとみを連れて緑のトイレに…」
 「緑のトイレ??」
 「んー、あのなんていう名前かよくわかんないけど、ブルーのピクトグラムの男性トイレと赤いピクトグラムの女性トイレ以外に、身体に障害のある人とか、こどもと一緒の人が使うために広いスペースのあるトイレがあるでしょ? 学校にもあるよね。何か所か」
 「あー、はい」
 「そういうトイレって、たいていピクトグラムが緑色なんだよ。だから、わたしとひとみは緑のトイレ、っていってた。そこに2人で駆けこんで、ひとみは吐くの。恐怖で嘔吐しちゃうの。わたしは、その背中をさすってあげて…それをひとみは『身体がフッちゃう』っていってた」
 あっ! そうだったのかー。ホントに身体がフッちゃうんだ。
 「1年生のときは、そうやって10回以上、2人で緑のトイレに駆け込んだ。ところが…」
 「ところが?」
 「2年生の7月。ちょうどいまごろ。1年生の保健委員のオトコのコに告白された。『妖精』ってニックネームをつけられてるくらいキレイで、体つきがほっそりしたオトコのコだった。わかる?」
 「誰ですか?」
 「竹田トシキ」
 「え?」トシキさんは、しっかりしたアスリート体型。顔がキレイなヒトだから「エルフ」ならわかるけど「妖精(フェアリー)」??
 「そう。入学したころのトシキは『妖精』みたいに華奢(きゃしゃ)な美少年だった。いつものようにひとみは彼をフッて、それから、いつもと違うことをしたの」
 「??」
 「トシキにダメ出しをしたの!…『あなた細すぎる』っていったの。『わたしは、もっとしっかりとした体つきのオトコのコが好みなの』って。そしたらトシキがいった『はい。鍛えてきてもう一度、告白します。待っててください』って。あの、すばらしい笑顔で。それから、ひとみとわたしは、いつものように緑のトイレにいった。でもね、そのとき、ひとみは吐かなかった。吐かない自分に呆然としてた」
 「その日を境に2年の夏から3年になるにつれて、ひとみはだんだん吐かなくなっていった。告白の現場にわたしがついていかなくてもよくなってきた。ひとみもいった。もう、たぶん、オトコと2人だけでクルマに乗るようなこと以外、だいじょうぶみたい、って…」
 「…そして3年生の卒業式の前日がきた。前日に卒業式のリハーサルがあるでしょ?」
 「はい」
 「リハーサルが終わって、会場をでようとしたひとみの前に大きな花束を抱えたトシキが立っていた。…どんな花束だったか、全然、思いだせないの。でも、その花束に鮮やかなコバルトブルーのリボンが結ばれていたことだけは、いまでもはっきりおぼえてる。花束を差しだしてトシキはいった。『卒業おめでとうございます、ひとみさん。あの日の約束どおりぼくは鍛えてきました。ひとみさんが大好きなんです。ぼくとお付き合いしてください! 返事は、いまじゃなくていいです。卒業した後でいいです。このカードに書いてあるアドレスか電話かLINEに…連絡まってます! いつまでも待ってます。半年でも、1年でも、2年でも待ちます…ひとみさんは、ぼくの運命のヒトなんです。そう信じてます!』周りにいる全員に聞こえるぐらい大きな声でいって、トシキは、ひとみに花束を持たせた。そして、ブレザーの胸ポケットに右手であざやかにカードを差し込んで、走っていってしまった。学校一のイケメンの思いがけない公開告白事件に周りのオンナのコたちは大絶叫。わたしも思わず『よかったねっ』ってひとみにいおうとして、気づいた。ひとみの顔が『美しき魔王』の顔になってた。それで、わたしは慌ててコバルトブルーの花束とひとみを引きずって、緑のトイレに駆けこんだ。…そして、そこで、ひとみは吐いちゃったの」
 「それから、ひとみは泣いた。泣きじゃくった。大粒の涙がとまらなかった。結局、わたしたちそこに1時間ぐらいいたと思う。トイレをでたときには、校内にもう誰もいなかった。わたしたちは、花束を抱えてトボトボとあなたのお家まで歩いた。途中でわたしがいったの『ひとみ。そのカードは絶対に大切にしてね。絶対になくしちゃダメ。そして、いつか、それを使って絶対にトシキに連絡して!』って…」
 「これが、ひとみとトシキの高校生のときの物語のすべて」
 ……
 「おねえちゃんは、そのカードを使ったんですね。でも、なんでいまになって使ったんでしょうか」
 「あさひはバカね」
 えええ? リサさんまで、ば、バカとおっしゃるんですかっ?
 「あなたのせいに決まってるでしょ。あなたが文句のつけようのないガールフレンドをつくっちゃったから…それでひとみは、自分も勇気を振り絞ってとうとうトシキに連絡したのよ。そのぐらい察しなさい」…あー、「察しが悪い」までいわれちゃったー。
 「あー、いやー、そんなー」
 ふっと…気づくと、リサ先輩が、凍てついた冬の月夜の深い湖のような表情をしていた。
 もう7月なのに、ぼくは突然の寒気を感じて、ぞっとした。えええ、そ、そんな、コーチも魔王になるんですかっ! そ、それ、はじめっからいっといてください!

 「いいね…あさひ、あなたとなぎさだけが幸せになるなんて許されない。必ずひとみとトシキも幸せにしなさい。これは、あなたの使命。神聖な義務なのよ。あなたに『失敗』は許されない。もし、あなたにそれができなかったら、わたしは許さない…わたしだけじゃないよ。 『超絶美少女管理委員会』があなたを許さない。組織をあげてあなたを追う。そして、必ず使命を達成させる。わかった?」
 「そ、組織をあげて追うって、なんですか…スパイ映画ですかっ!…そんなこといわれても、ぼくには、おねえちゃんのPTSDをどうやって克服すればいいのかなんて…」
 「リンクス先輩にアドバイスをもらいなさい」
 「ど、どうしてですか?」
 「リンクス先輩の専攻は心理学。いま、臨床心理士の資格をとるために大学院に通ってる」
 「えーっ、じゃあ、リンクス先輩、なんで最初っから、直接、ぼくに話してくれなかったんですかー」
 「予言者がなに考えてるのかなんて、フツーの庶民にはわからないわよ」
 なんで! なんで最近、魔法使いとか予言者とかばっかでてくるんですかー。

 「もう。こんな時間になっちゃった。わたし、いかなくちゃ」
 時計を見るともう17時30分!
 「ごめんなさい、遅刻させてしまいました。いまからじゃ…もう18時に間にあいませんね」
 「まあ、わたしが遅れて迷惑するヒトは、あなたのおねえちゃんなんだからいいよ。でも、たぶん、間にあうよ」
 「どうして?」
 「わたしの足は…あれだから」店の外にでたリサさんが指さす。そこにはモーターサイクルが停めてあった…ぼくの自転車の隣に。うわー、めちゃくちゃ意外!
 山の奥にある深い湖みたいに落ちついた美女のリサさんにオートバイってのは、誰も思いつかない組み合わせ。すごいギャップ萌え!! ステキー…。ぼくはモーターサイクルにあんまり詳しくないけど、ホンダの250ⅭⅭ。タンクがオレンジ色の車両だ。あとでネットで調べなくちゃ! あー、それでリサさんは、明るいベージュのデニムジャケットに長袖シャツ、そしてジーンズだったんだ。あらためて足元をみるとくるぶしまで隠すショートブーツを履いている。外でみるとリサさんは、ぼくより少し背が高かった。だから、ヘルメットをかぶって、ライディンググローブをして、オートバイにまたがる姿もピタリと決まる。あー、ギャップ萌えどころか、ものすごく似合ってる! なんかめちゃくちゃカッコいい。エンジンを始動すると、軽く右腕を挙げて合図して、駐車場をでていく。
 弓美もそうだけど、『超絶美少女』の『コーチ』たちって、どうしてカッコいい系が多いんだろ?

 その夜、バイトから帰ってきたおねえちゃんの部屋をのぞく。確認したいことがある。
 「なによ」
 「いや、ちょっとのぞかせて」
 「やだよ!」…そういって、おねえちゃんはドアを閉めちゃった。
 でも、その瞬間、ぼくはしっかりみた。ベッドの上に置いたまくらに、贈り物(プレゼント)みたいに、十文字に「コバルトブルーのリボン」が結んであることを。きっと、おねえちゃんが、とうとうカードを使うことを決めたとき、祈りをこめて結んだんだ。
 …おねえちゃん、待っててね。すぐにその中身を…おねえちゃんが、いまいちばんほしいと思ってるモノをプレゼントするからねっ!