次の週、木曜日から中村博士は東京三鷹の国立天文台に出張した。受信衛星打ちあげに関する日本側スタッフの打ち合わせ、そして週末には学会で基調講演をする。もちろんソフィア教授も一緒だ。ソフィア教授は、国立国会図書館で資料探索するの、っていったたけど…「実質的には再婚旅行ね!」とおねえちゃんは笑った。なぎさも一緒に、って誘われたらしいけど、なぎさは「わたしは、学校もあるし、予備校もあるし、受験勉強もしなくちゃならないし、週末は絵画教室もあるし、忙しいの!」って同行を断った。そして、その3秒後、ぼくにLINEで「あさひ、ウチにきて! 一緒に勉強しよ!」といってきた。
 「いや、勉強なら一人のほうがはかどるんじゃ…」…忙しいんだろ?
 「じゃ、誰が晩ご飯つくってくれるのよっ!」
 「はいはい。かしこまりー」

 前回、ぼくがなぎさの家で「秘密のお泊り会」をしたときは、おねえちゃんが両親に「あさひは今夜、友だちの家に泊まりにいった。なんか、旭丘高校75周年の記念映像をつくってて、それが完成したから祝賀会、だって」とかなんとかリカバリーしてくれた。もっとも、1泊で帰ってくるはずのぼくが2泊しちゃったので、おねえちゃんもリカバリーしきれず、結果として「祝賀会という名目でガールフレンドの家に泊まりにいったのっ! 今夜も帰ってこないってことは、彼女があさひを離してくれないんでしょっ! わたし、知らないわよっ!!」と怒りをこめて暴露してしまった。それで、ぼくは帰宅してから、両親になぎさの住所氏名、年齢性別、性格趣味特技、長所短所、苦手なものと好きなもの、出会ってから現在までの経緯を根掘り葉掘り1時間近く尋問され、最後に「写真もってるでしょ! 見せなさい!」と母に凄まれた。兼六園やサイクリングロードで撮った数々の写真を見せると母は沈黙した。負けたっ!と思ったらしい。父は写真を見ると、ニヤッと笑って「よくやった。偉いぞ!」とほめてくれた。思えば、あのときからうちの父は、親としてちょっとおかしい、ということに気づくべきでした…で、まあ、父の正体がわかっちゃったので、今回は、隠す必要も理由もないと思って「中村博士ご夫妻が、急遽、東京に出張することになったので、わたしくしが留守中、なぎささんをお守りすることになりました」と報告して堂々と出かけることにした。父は案の定「しっかりやってこい!」と意味不明な一言をいっただけ。
 「あー、おとうさん。そんなわけで…」
 「なんだ?」
 「おとうさんは、留守中、ぼくの代わりにウチの洗濯と掃除『しっかりやって』くださいねー」

 …というわけで、ぼくは、木曜日、鶴来に赴いた。でも、金曜日はふつうに学校があるし、土曜日は絵画教室と「暮らしのアトリエ」があるし、結局、2人で毎日、金沢市内まで往復しなくちゃならないので、ぼくにとってはめんどうなだけだ。なぎさ、早くうちの近所に引っ越してくれないかなあ。そうすれば、うちのおとうさんに料理つくってもらえるしー。

 木曜日の夜、食器を洗った後、一心不乱に数学を勉強する『超絶美少女』をながめるぼく。やっぱり、なぎさって美少女だよな、と思いつつ、ぼくも英語の勉強、というか、なぎさのマルーンの匂いがするベッドに寝ころび、kindleを使って英語で『オズの魔法使い』を読む。やっぱ、日本語訳のほうが楽に読めておもしろい。でも、しかたがない。勉強だから。
 3時間ほど勉強したところで、なぎさがしゃべりはじめた。

 「あさひ。あのね、問題はトシキさんにあるのかな?」
 「え? なんの話?」
 「トシキさん、ってイケメン抜きでも、そうとうすごい人なんじゃない?」
 「うん。この2週間、一緒にいろいろなところにいって、いろんなことやって、このヒトすごい、っていうか、ものすごくいいヒトだ、ステキなヒトだってわかった。あのヒト、イケメンだけじゃない。ていうか、あのヒトの場合、イケメンで損してる」
 「わたし、わかるの。わたしも子どものときから、ずっと損してきた。とっても困ってた。わたし…ひとみ先輩に出会って、はじめて自分が『こんなにも美人』だ、ってことを…上手に使う方法を教えてもらえたの。だから、あさひとはじめて電車に乗り合わせたときも、それ使ってみた。あさひ、ひとみ先輩の弟だから」
 「自分の髪をふいたタオルをいきなり差しだしたり、ぼくにパーカーで隠させておいて突然スカート脱ぐのを見せたり…だろ?」
 「へへへ…それで、あさひが釣れるかな、って思って…釣れたね」
 「うん。釣られた」
 「でもね、次の朝、あさひ、野町駅にわたしを釣りにきたでしょ?」
 「うん」
 「わたし、予想してなかったから、あっさり釣られちゃった」
 なぎさがハシバミ色の瞳でぼくをみつめる…今夜も釣りに来て!
 ぼくは、ベッドをおりて、なぎさに近づく。彼女のあごに手をあてて、ちょっと上むかせて、コーラルピンクのくちびるにチュって音を立ててキスする。とりあえずなぎさは満足する。
 「…それでね。わたし、カズキさんもトシキさんもあさひも、だいたい同じぐらいすごいオトコのヒトだと思ってるの…」
 「なんで、そこにオレが入るんだ。カズキさんとトシキさんの中に!」
 「あー、ゆかりの3人のお兄ちゃん、ってことで」
 「違うだろ」
 「ま、とにかく3人ともすごいオトコだと思うの。でも、カズキさんは『頭いい!』ってみんなにほめられる。あさひは『コミュ力最高』ってほめられる。でも、トシキさんだけは『イケメン』で終わり。それで、誰もほめないの。イケメンだよ、っていわれて終わり。それって、かわいそう」
 「うん…そうだな」
 「わたしは幸せだった」
 「なんで?」
 「あさひが気づいてくれたから。あさひがわたしのことを『美人なだけじゃない』っていってくれたこと、わたし、いまでも忘れない。おぼえてる?」
 「えーと」
 「バカ…。忘れたんでしょ」
 「ごめん」
 「野町駅の近くのイタリアンでね『なぎさは『こんなにも美人』以外のところが、ものすごーくかわいいんだ』っていってくれたの!わたし一生忘れないよ」
 「はい」…すっかり忘れました。
 「もー、あさひも一生忘れないでね」
 「もちろんちゃんとわかってる。なぎさは美人だけじゃないってこと。なぎさは、とても強いヒトで、いいオンナで、とってもかわいいオンナのコだってこと…それがわかってから、ぼくは…恋心がもう全然コントロールできなくなって…」
 「あーん。あさひー、もっといってー。ねー、なぎさかわいい、って1000回いって!」
 「こらっ、そこで崩れるなっ!冷静になれなぎさ。トシキさんの話、してくれるんだろ?」
 「あ、そうか、そうだった…うん。だからね。トシキさんはもう全然変わる必要ないの。みんな、トシキさんがイケメンだから、他のところはダメだろう、って決めつけてる。あさひがわたしのこと、最初『美人だけど他はゼロ』って思ってたのと同じ」
 「い、いや、そんなことは」
 「あるでしょ! 2回もデートして『美人以外のところがかわいい』って、やっとわかったんでしょ!…トシキさんも同じ、みんな『イケメンだけ』って決めつけてる。だから、魔王さまに2回フラれたときも、みんな思った『だって、彼ってイケメンなだけじゃない。フラれても当然!』…でもね、そうじゃないってわかってるヒトがいる。それは、わたしとあさひ、それから…」
 「…『美しき魔王さま』」
 「そう…ひとみ先輩が世界でいちばんよくわかってるはずなの。どーしてかっていうと、彼女自身が『美人の達人』だから。トシキさんがイケメンだけじゃないってこと、ひとみ先輩がいちばんよくわかってる。もうトシキさんに変わってもらわなきゃならないところなんてないこと、魔王さま、ちゃんとわかってる…だから、2回フッたのはあきらかにおかしいの。トシキさんが1年生のときの1回目は、まあ、わからないでもない。でも、2回目にフッた理由は、トシキさんにあるわけじゃない。トシキさんに変わってもらわなきゃならないところなんてない。ひとみ先輩もそれは、ちゃんとわかってた…はず」
 「まあ、そうだけど。今回も魔王さまが変えろっていうから」
 「それはさ、『トシキさんのどこを変えたら付きあってくれるんだ!』って、あさひが迫ったからよ。それで、ひとみ先輩は、とっさに自分が信頼している2人のオトコ、つまり八倉巻先生とあさひの魅力的なところをあげて、時間かせぎをしたの。…問題は、ひとみ先輩のほうにあるんじゃないかなあ。ひとみ先輩も、それはわかってるんだけど、自分でもどう解決すればいいのかが、わからなくて困ってるんだと思う」
 「おねえちゃんが?」
 「ひとみ先輩、身体がフッちゃう、っていってるんだよね?」
 「うん。冗談だろ。でも、なんかよくわかんないたとえだよね」
 「冗談じゃないかも。…『たとえ』じゃないんじゃないかな。ホントに身体がフッちゃうのかも…」
 「じゃ、身体がフッちゃう、ってどんな意味なんだ? どーゆーこと?」
 「わかんない。でもね、ひとみ先輩、あさひにトシキさんとのデートのこと、話してくれたんでしょ? 楽しそうに」
 「うん。口調は冷たくて『楽しい』って感じじゃなかったけど、でも全身から『楽しかった』オーラをだしっぱなし。こっちから聞いてないことまでしゃべったもんね。ビリヤードのこととか。そもそもデートでどこいった、とか、なにした、なんて、いちいちしゃべる必要なかったわけだし。『お礼いうためにもう一回会った』で終わらせるのが、いつもの魔王さまだと思う」
 「あさひ、ひとみ先輩をなんとかしてあげて。彼女、トシキさんと付きあいたいと思ってるの、でも、なにかがじゃまをしてそれができないの。それで、あさひに助けてほしいと思ってる。だから、デートのことを詳しく話してくれたんだよ。きっと! ね、ひとみ先輩を助けてあげて」
 「うーん。助けるっていってもなあ…」
 「お願い、あさひ! ひとみ先輩ね、わたしたちのことを助けてくれた。ひとみ先輩、ホントは、わたしたちのこと最初から全部わかってて、全部お見通しで、いつ予言を現出させるか、いちばん効果的で、しかも、学校中のみんなが納得するような『やりかた』を弓美と考えて…あれは、わたしたちを祝福するために、わざわざ計画してくれた陰謀だと思う! だから、今度は、わたしたちが恩返ししなくちゃ!」
 「はは、陰謀の恩返しか。変なの…でも、かめだってすずめだって恩返しするからね」
 「かめとすずめ?」
 「『浦島太郎』と『舌切り雀』」
 「あら!あさひってかわいいたとえするんだ。ゆかりみたい!」
 「うるさい」
 なぎさもだいぶ勉強に飽きてきたらしい。そろそろかなー、と、なぎさを誘う。
 「なぎさ、こっちおいでよ」
 「あさひ、ベッドの上にすわって何に誘ってるのよ」
 「んー、ときどき、なぎさと仲良くしたくなるんだよ」
 「えー、もう毎日仲いいじゃない」
 「そうじゃなくてさ。今夜は特別仲良くしたいんだよ。2人っきりの夜だろ」
 「いたしたいんでしょ?」
 「うん」
 「じゃあ、オンナのコがいたしたくなるように誘ってごらん」
 「どんなふうに?」
 「優しく、エロく」
 「なぎさ。こっちにきて、ぼくを見て!」
 「なんで?」
 「そのハシバミ色の瞳に吸い込まれたい」
 「あ・さ・ひー。しょうがないなあ」…偉そうにいってたわりに、たった3秒でなぎさは立ち上がってこっちにくる。
 「ほら。見て見て!見ていいよ」…やっぱり、吸い込まれちゃう。ぼくは、なぎさのハシバミ色の瞳にあいかわらず弱い。
 なぎさのマルーンの体臭が濃く、強くぼくらを包む。やっぱり、いたしたかったんだろ?…なぎさも。
 「わかる? いま2人、なぎさのマルーンに包まれてるんだよ」
 「うん…わたし、あさひをわたしのマルーンでラップしちゃいたい気分なの」
 「ぼくもラップされたい。なぎさの完璧に美しい身体に溺れたい」
 「あさひー」…ぼくの優しくてエロい誘い、気にいった?
 「なぎさ。2人だけの世界にいこう」
 「うん。2人だけの世界にいきたい…ラップしてあげるから…わたしをあさひの身体で埋めつくしてほしい」
 なぎさがベッドの隣にすわる。ぼくの首の周りに腕をまわし、くちびるを押しつけてくる。ぼくは、なぎさのくちびるを割って舌を差しいれる。なぎさは、ぼくの舌を強く吸う。そして、舌をからませてくる。あたりが濃いマルーンに染まっていく。ぼくは優しく彼女をベッドの上に押し倒す。
 ぼくの下になったなぎさがいう。
 「ねえ、あさひ。『身体を重ねる』っていいかたがあるじゃない?」
 「あるね」
 「わたし、あさひとこうやって身体を重ねるの、大好きなんだ」
 「じゃあ。服をぬいでぴったり重なろうね」
 「ぬがせてー。優しく、エロく」ぼくは、ゆっくりなぎさをじらせながら、一枚一枚服をベッドの下に落としていく。ところが、なぎさのほうは待ちきれなくなって、いきなり、ぼくのポロシャツを無理やり脱がせようとする。
 「ちょ、ちょっと待て、首がしまる。ちゃんとボタンを外してから脱がせてくれっ!」

 やがて、なぎさのくちびるからピンクの吐息がこぼれでた。
 「はやく、ひとみ先輩に、こんなステキなこと、あーん、プレゼント、してあげたいの、あっ、あさひー」