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~リューテンブルグ王国~


 満月龍討伐から1カ月が経った――。

 旅もそれなりに大変だったし、満月龍の戦いもこの上なく大変だった。

 今でも本当にあんな化け物を倒したのかと一瞬疑う事がある。

 だけど、俺個人的には“その後”の方が大変だったぜ……。

 大変と言うより、俺達が満月龍倒した事が瞬く間に世界に広まったせいで、国絡みの関係や問題やらが細々と発生したり、旅の道中で潰したリバース・オークションやその他諸々の行動がこれでもかと、まるで示し合わせたかの如くこれまた問題が多発しまくり、精神的に疲れるここ1カ月だった……全く。

 まぁとは言っても、道中で起こしてしまった問題なんて俺には知らん。何が問題になったのかも分からねぇ。俺の旅がらみのトラブルは結果全部リューテンブルグ王国に報告されたからな。

 つまり、フリーデン様の耳に全て入ったという事だ。ついでにエドにも。

 勿論その都度城まで呼び出された俺は、褒められたり怒られたり注意されたり事情聴取されたり滅茶苦茶怒られたりと……目まぐるしい日々を送った。毎回何を言われるのかは行ってからの楽しみだった。

 因みに怒るのは毎回エド。

 懐深いフリーデン様はたまに溜息を付いたり呆れた表情をしていた時もあったが、必ずいつも優しい言葉を掛けてくれていた。

 これが国王とエドの器の違いよ。アイツは神経質過ぎる。

 ……と、1回本人の前でぽろっと口にしちまった日は更にブツブツ文句を言われたな。

 最近になってやっと少し落ち着いてきた様子だ。トータルで見れば、俺達の旅の功績はちょっとだけ世界を良くしたらしい。

 終焉と呼ばれる満月龍の脅威を無くした事は勿論、リバース・オークションを潰した事によって他の奴らの抑止力になっていたり、モンスター同士の争いでたまたま助けた妖精(この争いの発端はもしかしたら俺達かもしれないという疑惑がある)から王国の暮らしが豊かになる程の珍しい魔力を貰ったり、些細な事から大喧嘩になって渾身の魔法をぶっ放したリフェルの暴走が、結果飢餓と貧困にとても苦しめらていた1つの王国を救ったのだ。

 やはり人生って言うのは何が起こるか分からねぇとつくづく思う。

 分からねぇと言えば、あれからアクルとルルカは元気にしてんのか……?

 満月龍を討伐して直ぐ、俺達は一旦ここリューテンブルグ王国へと帰った訳だが、アクルは元々大の人間嫌い。初めと比べれば僅かにマシになったが、それでも「お前達の事は良く思っている。だがまだ人間は完全に許せぬ」と言い、家族のいるツインマウンテンへと帰って行った。

 そのうち顔でも見に行くつもりだ。

 そしてルルカには約束通りヘクセンリーパーを引き渡した。まぁ元々アイツのって言えばアイツのだしな。俺は別に魔術を使ってほしかっただけだから本体はいらねぇのによ。盗賊だから、きっと頭の中が奪うか奪われるかのどっちかなんだろうな。それに加えてルルカは馬鹿だし。

 ルルカは自身の呪いを解く為と、死んでいった仲間達の借りを返すとかでヘクセンリーパーを持ってリューテンブルグ王国を去って行った。何処で何をしているのか知らないが、驚いた事に用が済んだらリューテンブルグに戻ってくるとか言っていた。

 理由は女が多い事と他に対して行く事がないからだそうだ。

 アクルはとルルカと違って、少し特殊だったのはやっぱりエマだったな……。

 満月龍を討伐した事によって、エマに対する俺の命令は終わった訳だ。この旅でかなり変わった印象だったが、そう簡単に根本は変わらない。一段落した後、エマはピノゾディ家に帰ると言い出した。当然それが当たり前。だが俺は、エマが一瞬だけ……本当に僅か一瞬だけ、儚げな表情をしたのを見逃さなかった。

 旅の中で、俺はエマが何気なく笑った顔を見た時から確信があったんだ。

 この子はまだ普通の女の子に戻れると。

 エマの事だから勿論自分から口にする筈はない。寧ろ自分がそんな表情をしたなど到底思っていないだろう。だけどお前は確実に変わりつつあったんだよ。だから俺は動いた。エマが反対する事も分かった上で。

 これは俺の人生最大の余計なお世話だ。

 自分でしっかりとそう理解して尚、お前を放っておく事は出来ねぇ。もう後悔するのは嫌なんだ。だから俺は何と言われ様と止まらなかった。暗く深い、闇と言う名の檻からエマを解き放つべく、奴と話を付けようと考えた。

 “ノエ・ピノゾディ”と――。

 得体の知れない奴とそもそも会う事が出来るのか疑問だったが、これは意外にも簡単に会うことが出来た。そして会った瞬間、“話し合い”なんか到底出来ないと本能が訴えかけていた。

 いや、あれは俺達なりの会話だったのかもしれない。

 ノエは何も言わずに俺とエマを見ると、全てを察したのか、奴のなりの言葉……“殺し”という紛れもない殺意を俺に放って攻撃してきた。

 言わずもがなこちらも応戦。
 まるでそうなる事が分かっていたかの様に、俺とノエは気が付いたら殺し語り合っていた――。

 今思えば、何だったのだろうあの戦いは……。

 兎も角、ノエを倒した俺は「金輪際エマに近づくな」と、俺とノエの戦闘も見て明らかに戦意喪失していたピノゾディ家の奴らに釘を刺し、二度と関わらせない事を約束させた。




「――何はともあれ、これが俺の最近の出来事だ“皆”。パパ結構大変だろ。そっちはどうだ? 」

 俺は家族の墓の前でそう呟いた。

「ずっと来られなくてゴメンな。長い間待たせちまった。これからは話に来るからよ、皆の話も聞かせてくれよ」

 ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……ゴクッ……キュポン……!

「ぷはぁ~……。コレが最後の1本。もう酒は止めだ。ろくな事が起きねぇ」

 そういや、始まりのきっかけはコレだったな……。

 酒なんか飲んでたから間違えて満月龍の血を飲み干しちまったんだ。

 今考えても有り得ない出来事。

 ん?

 でも……そっか。
 
 あの時酒と間違えて誤飲してなければ、俺は何も変わらずあのまま飲んだくれの日々を送っていたよなきっと。

 誤飲のお陰である意味立ち直れたし、結果家族にも会えた。そう思うとやっぱ酒飲んでいたのが正解だったのかも。

 ……って、違ぇよ。

 だからそもそもの問題は満月龍だろ。酒じゃねぇ。

 1人で下らん自問自答して馬鹿か俺は。

 色々あり過ぎて頭が可笑しくなってやがる。

 そうだよ。
 何の運命の悪戯か、全ての始まりは満月龍だ。

 思い出すぜ……あの夜の事を。

 平和だったリューテンブルグに突如訪れた終焉――。

 王国中に響き渡った物々しいサイレンの音と人々の断末魔の叫び。

 崩壊した街並みと流れる血。

 異様な雰囲気と緊迫した空気が流れる中……奴は全ての人々の視線を奪う程、美しく神秘的な輝きを放っていた。

 綺麗な花には棘がある。

 あの日俺達が見た満月龍という花は、余りに美しかったが故に、余りに残酷で鋭い棘を持っていた。

 その棘によって俺も死にかけたよな……。

 体中が痛くて熱を帯びていたのに、指一本動かす気力も無かった。次第にそんな感覚も無くなっていき、薄れゆく
意識の中で最後にぼんやりと見た光景が……無数の星々が輝く夜空と綺麗な満月。そしてそんな満月と全く同じ輝きを放っていた奴の姿だ。

 まるで夜空に月が2つ存在していたかの如く――。

 でも、それは俺だけが思っていた事ではない。

 満月龍に襲われた翌日から、リューテンブルグでは皆が口を揃えて同じ事言っていた。












 

 多くの人々はあの日……“月を2つ見た”と――。
  

 

 

 










【完】