――シュゥゥゥ……ボンッ!
 
 ヘクセンリーパーを倒し、何気ない会話をしていた最中、突如ルルカの体から煙のようなものが溢れ出し、直後ルルカは人間の姿からまた羽の生えたタヌキへと戻ってしまった。

「あ~、戻ったか。それにしても疲れたなぁ」
「お前それどういう仕組みなんだ……?」
「知りたい? 別に楽しい話じゃないけどさ、事も一段落しちゃったし、ちょっと疲れたから話してもいいよ」
「興味ありませン。早くヘクセンリーパーから手掛かりを聞き出しましょウ」
「いいじゃねぇか少しぐらい」
「ならご勝手にどうゾ。私は呑気に気絶しているヘクセンリーパーを叩き起こしまス」

 お前が攻撃食らわしたんだろうが。

 リフェルはそう言うと、倒れているヘクセンリーパーの胸ぐらを掴み、ブンブン振りながら「起きなイ」と何度も何度も体を揺らし始めた。

 そのうち悪名高さがヘクセンリーパーを凌ぐだろうな……。

「相変わらず凄いね、“リフェル姉さん”。めちゃ美女だけど中身とのギャップが」
「お前の軽さもな」
「そこが俺の魅力なんよ。まぁ良くも悪くもこの軽さが事態を招いた結果でもあるんだけどね」

 ルルカはふと寂しげな表情を浮かべながら話し出した。

「俺のこの体は奴の魔術の呪いさ。タヌキの状態から72時間が経過すれば人間に戻る事が出来る。
でも、人間の状態では魔力消費が通常の5倍以上掛かるんよ。だから何も魔法を使わなくて、ただ人間の姿になっているだけでどんどん魔力が枯渇していく。そして自身の魔力が尽きた時、俺はまたこのタヌキに戻っちゃうって訳。

まぁ最初は人間の姿5秒も維持出来なかったから大分マシになったけどね。2年もかけてようやく10分維持して戦える様になったんよ」

 魔術の呪いはかなり強力と聞いていたが、まさかこれ程とはな……。

 それに……。

「お前盗賊“団”って事は、他に仲間がいるんだよな?」

 この俺の問いかけに、ずっと流暢に話していたルルカが一瞬口籠った様に見えた。

「ヒャハハ。正確には仲間が“いた”だけどね」

 やはりそうか。
 コイツとヘクセンリーパーの会話で何となく察してはいたが……。

「これでもさ、俺達結構有名な盗賊団だったんよ。自分で言うのも何だけど……。
だから俺達に盗めない物は無い!って、他の盗賊が盗みに失敗した物や、普通の奴らじゃ盗み出せない物を俺達は狙った。でも、今思えばそれが間違いだったのかもね。

俺達が盗みを成功させる度に、どんどんと名や存在が広まったさ。勿論悪い気はしない。寧ろこのデーヴィ盗賊団なら、どんな物でも盗み出せる最高の仲間だと思ってた。そう思ってたからこそ、俺達は自惚れて、周りが見えていなかった……。

事の発端は“盗人の笑い(スティール・ラフ)”だった――」

 スティール……ラフ……?

「旦那達は知らないと思うけど、この盗人の笑い(スティール・ラフ)ってのは、言わば盗賊達のゲームみたいなものなんよ。昔から存在する盗賊界隈の伝統でね。

ルールは至ってシンプル。
盗む対象を決め、誰が先にそれを盗み出すか。そして勝った1人は対象のブツとそのスティール・ラフに参加していた奴らから好きな物を奪える。金貨、魔具、酒、女……家族から命まで。

昔はかなり重い賭けをしていたらしけど、今は全然そこまで生々しいものじゃないんよ。ゲームする前に賭ける物も決めた上でやる遊びだからね。でも、物事が決まらなかったり意見が対立した時はコレ1つで解決する。俺達盗賊にとって、スティール・ラフの勝敗は絶対だから。

そして2年前――。
俺達はあるスティール・ラフの申し出を受けた。相手は誰もが知る大物盗賊団。ちょっとした事情があってね、俺はどうしても奴らと勝負をしなくちゃいけなかったんよ。
こっちが賭けたのは俺の命。そして、向こうは“ソフィア”という1人の女を賭けに出した。

狙う対象物はとある宝石。その宝石がある場所こそ“ここ”、ヘクセンリーパーの城だった……。

俺達と相手の盗賊団は宝石を盗み出す為にこの島へ侵入。だけど、結果は最悪――。
宝石を盗み出すどころか、島に入った全員があの魔女に殺された。

決して俺達が弱かった訳じゃない……。相手の盗賊団の連中も実力者揃いだった。それにも関わらず、俺達はヘクセンリーパーという魔女の強さを甘く見ていたんだ……。奴の実力も、魔力が思った様に使えなくなる事も……何も知らずに……俺達は奴を怒らせてしまった……。

俺はソフィアを……そして……仲間達を……ゔゔッ……誰1人として……守れなかった……ッ!
ゔッ……ゔゔ……なのにッ……アイツらは……こんな俺を庇って……ゔッ……!」

 いつの間にかルルカは涙を流していた。

 コイツのヘクセンリーパーに対する並々ならぬ殺意には、大切な者達を失った怒りや罪悪感が込められていた様だ……。

 どれだけ大切なものを失い、どれだけ辛い思いをしているのかは、結局本人しか分からない痛み。きっとコイツは、今日という日までずっと1人で戦ってきたんだろう。

 凄ぇな……凄ぇよ。立派だよ……。

 俺はとても1人で立ち向かえなかった。

 気持ちは分かる、なんて綺麗事。

 他に気の利いた事も言えねぇ。

 だから……だからせめてよ、今俺に出来る事と言えば、ルルカ……。お前の痛みにほんの少しだけ寄り添う事ぐらいなんだ――。

 子供の様に泣きじゃくるルルカを、俺はいつの間にか抱きしめていた――。

「ゔわ‶ぁぁぁ……ぁぁぁ……ッ!」