「――振込完了デス!」
「よし。これで俺の言う事聞いてもらうからな」
「まさかお前にそんな財力があろうとは……」
「殺し以外しないわよ」
「はいはい、分かってるって。何度もしつこいなお前も」

 たった今、正式に彼女の取引を終えた。

 フランクゲートにいた者達全てをリフェルの魔法で飛ばて記憶も消し、そしてここを跡形も無く破壊した訳だが、今のところその事実を知る者は此処にいる俺達だけである。

 まぁリフェルの魔法の効果が何処まで完璧かは分からないが、幾ら記憶を消したと言っても今日の事だけ。遅かれ早かれ誰かが気付くだろうし何より、このフランクゲートの景色を見れば一目瞭然。大騒ぎになる事は間違いない。

 だがその頃には当然俺達はここを去っているから無問題だ。

「私ノ計算とは大幅に違ウ結果となりマシタが、当初ノ予定通りフランクゲートを破壊。フリーデン様にもフランクゲートでの出来事を“送った”ので早急に動いてくれる事でショウ。早く満月龍を探しにいきマスよ。アナタのせいで毎度毎度予定が崩れていマス」
「本当にせっかちだなお前。今は満月龍の事置いとけ。どう考えてもそういう状況じゃねぇだろ。しかも送ったって何をだよ」
「何って、ココで起きた全てを録画したデータをデスよ。私ノ見たモノは何時でも録画しておけるのデス」
「そりゃまた凄ぇな。そのデータかなり貴重な証拠になるぞ」
「ソウですね。フランクゲートに“入った時から出るまで”ノ映像がしっかりと記録サレていマスから」
「これでオラ達の森は安全なのか?」
「ハイ。映像と一緒にここまでの経緯全てと要望を送りました。近日中に密猟者ハ激減するでショウ。アクルもSランクモンスターに指定される筈デス」
「そうか。分かった」

 取り敢えず一件落着ッ……「何時まで無駄話してるの」

 ……とは行かねぇか。

 俺達が話していると彼女が割って入ってきた。

「早く殺す奴を教えて」
「そんなに焦らなくてもいいだろ」
「殺す奴がいないなら取引は白紙になる」
「おいおい! 高い金払ってそりゃねぇだろ」
「それにしてもお前、よくそんな大金持っていたな。金持ちには見えんが」
「ああ、あの金か。アレは俺が満月龍から王国を守ったとか言われて貰った報奨金さ。5年間ほぼ酒しか買ってねぇが、まさかこんな所で役に立つとはな」
「関係ない話はいいから早く殺しの命令を出して」

 鋭い目つきで睨む彼女からは禍々しい雰囲気が溢れ出ている。

 それを感じ取ったアクルが真面目な表情で問いかけてきた。

「どうする気だ?」

 その言葉の返答に俺は迷った。別に殺してほしい奴などいない。物騒な話だぜ全く。

 俺のそんな様子を見たアクルは小さく溜息を付き、やれやれと言わんばかりに小声でこう言ってきた。

「お前本当にあの獣人族の子を助けるつもりか?」
「まぁな」
「かなり余計な世話だぞ」
「自覚してる。でも放ってはおけねぇ。彼女だって命ある1人の獣人だ」
「ハァ……。本当に人間は面倒くさい。少し待ってろ」

 そう言ったアクルが今度は彼女に話しかけた。

「殺しの対象は“誰でも”いいのか?」
「ええ」
「それが、例え“ノエ・ピノゾディ”でもか?」
「――⁉」

 一瞬耳を疑った。馬鹿げた発想にも程がある。そんなの当然無理にッ……「そうよ。私への殺し命令に制限は
ない」

 はぁ⁉
 俺はまたしても耳を疑った。

「だけど、それだけは絶対に不可能」
「何故だ?」
「殺しの対象が仮にピノゾディ家の人間だとしても確実に任務を遂行させよ。それがノエ様の、ピノゾディ家の掟。実際に私は過去に2人ピノゾディ家の人間を殺した」

 淡々と語る彼女の瞳には一切光が見られなかった。

 流石世界一の暗殺一家とでも言うべきか……。暗殺の対象が身内であっても殺せなんてイカれてやがる。だが逆を言えば、そういう命令を出す奴が少なからずいると想定しているという事だ。

「命を狙うピノゾディ家は当然命を狙われる。弱いから殺されるの。だから誰よりも強ければ殺されない。そして、アナタ以外にも私にノエ様を殺す様命令をした者が数名いたけど、ソイツらは全員死んだわ」
「は⁉ 何でそうなるんだよ。命令は絶対なんだろ?」
「勿論。確実に標的を殺すのが私の役目。任務を何百回遂行したかは分からない。けれど、今までに任務を“失敗した4回”は覚えている。その対象が全て“ノエ様”だという事も」
「「――⁉」」

 怪物の主は更に怪物か。

「私が殺しで手を抜く事はない。例え相手がノエ様だとしても、私は主人の命令を完璧に遂行するだけ。それでもノエ様は殺せなかった。私が失敗すれば、ノエ様は私に命令した主人を殺す」

 彼女の話を聞き終えた俺とアクルには暫しの沈黙が生まれた。

「成程。ソイツの暗殺命令を出せば晴れてこちらが狙われると……。何とも馬鹿げてやがる」
「やはり都合が良すぎたな。もうオラに打開策は無い。後はお前の好きにしろ」
「急に突き放すなよな」
「お前が首突っ込んだ事だろう。オラは関係ない」
「ひでぇ奴だな。ったく……どうしたものか」

 俺は再び悩み始めた。
 すると、思いがけない所でいつも口を挟んでくるリフェルが登場だ。

「――馬鹿ジン! アナタはどこまで馬鹿ナノダ!」

 始まった……。

「ノエ暗殺が不可能と分かった以上、別の誰かヲ殺すか権利を放棄をスルしかありマセン! 因みに、ピノキラーに“満月龍の暗殺”を依頼シタ場合。成功確率は限りなく0%デスからね」

 おっと、それは盲点だった。

「暗殺対象ってモンスターとかでもいいのか?」
「構わないわ。虫でも人間でもモンスターでも。対象を殺すのみ」
「へー、そうなのか。じゃあ満月龍は?」
「主人の命令となれば」

 満月龍まで対象に入るのか。

「見つかるか分からないのに?」
「さっきも言ったわよね。確実に標的を殺すのが私の役目だって。命令されれば必ず探し出して殺すわ」

 話が思いがけない方向に転がる。
 同じ考えが頭に浮かんでいるのか、俺とアクルは自然と目が合っていた。

 “これは利用できる”と――。