俺の言葉に反応したアンドロイドは瞬時に魔力を練り上げた。

「満月龍の魔力ヲ起動」
「「……⁉⁉」」

 凄まじい光と共に、練り上げられた強大な満月龍の魔力がアンドロイドを覆う。

 圧倒的威圧感。

 その異次元な存在を放つ魔力を前に、この場にいた者全員が言葉を失った。

 見惚れる様な美しさと絶望を感じさせる恐怖感。その両極端な2つが入り混じる何とも言えない満月龍の魔力を前に、一瞬にして場の空気がリセットされた。

「――すいませんフリーデン様」
「ジンフリーよ。其方が悪い訳ではない」

 そう――。
 俺達がリューテンブルグ王国を出る直前、今回の情報漏洩について特別に調べていたフリーデン様の家来から一報が入った。

 何でも、ユナダス王国は2年程前から隣国であるドーナ王国と揉めているとの事。原因はバレス国王の妻、シャリー王妃の死。その日、バレス国王と王妃は移動していた際に不慮の事故に遭った。バレス国王は全治3ヶ月の重傷を負いながらも何とか一命を取り留めたのだが、妻のシャリー王妃は即死だったらしい。

 その数日後、事故だと思っていたその出来事は、実は何者かによって故意に起こされた事故であった事が分かった。犯人はドーナ王国に住む過激派組織の一員。事実を知ったドーナ王国の国王も全面的にバレス国王に協力の意を示していたが、この過激派組織にはドーナ王国自体も手に焼いており、下手に手を出すと関係の無い多くの国民にまで被害が及ぶと懸念しているのだ。

 そして、そんなドーナ王国の対応を見かねたバレス国王は直接過激派組織と紛争を起こし、それが今でも続いているとの事。戦力はユナダス王国が上。過激派組織と言っても、僅か数百人の軍団が一国を相手にするのは不可能だ。一気にケリを着けられるのは簡単であるが、ユナダス王国側はわざと時間を掛けているのだ。

 相手により苦しくより辛い地獄を見せ続ける為に。
 噂では、1度過激派組織が降参の意を示したにも関わらず、バレス国王はそれを受け入れなかったらしい。

 ユナダス王国にとって今回の満月龍の件はまさに寝耳に水であったが、この争いで更に力を誇示しようとしているユナダス王国としては、何が何でも満月龍の力を手に入れたいとの事。妻の死と紛争によって、バレス国王は何時からかとても残虐で攻撃的な対応になっていると、俺達はフリーデン様の家来から聞かされていたのだ――。

 情報を聞いた直後、俺達は万が一“こうなった時”の為にと、予め作戦を立てていた。

 勿論、フリーデン様もエドも俺も、他の誰だってこんな事望んでねぇ。満月龍にのみ向けようとしていたこの力を、“威嚇”として人に向けるなんて……誰も望んでねぇんだよッ……。 

「――バレス国王よ。手荒な事をして申し訳ない。しかし、コレが其方達の答えであるのならば、一国の国王として到底その条件は受け入れられぬ」

 満月龍の圧倒的な魔力にただただ茫然としているバレス国王に、フリーデン様の言葉が届いているかは定かではなかった。だがその表情は完全に戦意喪失。いつの間にかフリーデン様を拘束していた魔法も解かれ、他の誰1人として動こうとする気配が無かった。

 その様子を見たフリーデン様が俺とエドに「行こう」と言って、俺達がこの場から立ち去ろうとした瞬間、バレス国王が困惑しながらも口を開いた。

「ぐッ……やはり結局は……この力の存在で、他国を脅かそうとするのが目的であったか……!」
「最早何を言っても理解出来ぬ様だなバレス国王。其方の身に起きた不幸は同情する。だがどんな理由であれ、命を奪う権利は誰にもないのじゃ」
「下らぬ綺麗事を……! 誰も逆らえない力を手にした余裕の表れかッ……フリーデン国王よ……!」

 フリーデン様は何処か寂しそうな表情で小さく溜息をついた。

「長年に渡り、ユナダス王国と友好な関係を築けたのは其方のお陰じゃバレス国王。私の知っておる其方はもっと知的で寛大な人間であった。間違っても人を傷付ける様な人間でない。目を覚ますのじゃ」
「……うるさいうるさいうるさいッ……! 貴様に何が分かるフリーデンよ! 奴らは私の妻を殺した! 自分達の主張が正義だと現を抜かした勘違いな馬鹿共がなッ! 無能な人間を洗脳し作り上げた組織で、奴らはただ国の真似事をしている幼稚な連中だ!

この馬鹿共はな……自らが住むドーナ王国と真っ向から戦いを挑む為に兵力を集めていた……そしてその無知で浅はかで軽率な判断が導き出した答えがこれなのだッ! コイツ等はあろうことか、隣国である我がユナダス王国をそのまま兵力にしようと、国王である私を殺そうとした。馬鹿もここまでくると厄介なものだ……! いくら私を殺したとしても、ユナダス王国が奴らの物になる訳がない。

そんな下らぬ奴らのせいで、何故私の妻が命を落とさねばならぬのだッ……!」

 憎悪、恨み、殺意、嘆き、悲しみ……。
 色んなものがごちゃごちゃに混ざったどうしようもない負の感情。

 バレス国王のそんな姿がいつの日かの自分と重なった。

 ああ……そうか……。きっとこの人も、失った穴を埋めようと必死で藻搔いてる最中なんだな……。その気持ちは痛い程分かるぜ……。だけどよ……。

「――バレス国王」

 気が付いたら俺はバレス国王に話し掛けていた。

「アンタ結局何がしたいんだよ」
「妻を殺した奴ら全員を同じ目に遭わせるのさ」
「もう十分だろ。奴らも降参したんじゃないのか?」
「貴様も馬鹿らしいな。奴らが白旗を揚げたからといって許す訳がなかろう! 何処の世界に旗振りで妻の死を帳消しにする奴がいると言うのだ!」
「俺も満月龍に妻と子供を殺された。これでもアンタの気持ちは痛い程分かる。確かに、大切な者達の命を奪った奴を殺したいと思うのは当然だ。だがこんなのは間違ってる」
「貴様も綺麗事かッ! それ以上下らぬ発言をするなら奴らと同じ様に殺してくれる」
「下らねぇ発言はお互い様だ。もしこれ以上ドーナ王国を攻撃するなら、俺が満月龍の力でアンタを攻撃するぜ?」
「チッ……。何故貴様が奴らを庇う」
「庇ってるのは奴らじゃねぇ、無意味に巻き込まれているドーナ王国の人達だ。正直、王妃の命を奪った過激派組織とやらの事はよく知らねぇし興味もねぇ。でもだからと言って、現状を知った以上アンタをこのままにも出来ない」
「ならばどうする? やはりリューテンブルグも我らと争うか?」
「そうじゃねぇ。アンタの目的はその連中だけだろ。だったら攻撃するのはソイツ等だけにするんだ。俺もそこまで止めるつもりはないからな。当事者達だけで好きに決着つければいいだろ」

 過激派組織の連中にもどういう事情があるのか分からないが、所詮は自業自得。悪いがお前達とバレス国王で勝手に用件を済ませてくれ。

「成程。やはりリューテンブルグはその力を人に向けたな」
「何とでも言え。互いに揚げ足取るだけだ」
「フッ……。満月龍の力がまさかこれ程とはな……。あまりの強大さに恐怖すら感じなくなってきたわ……。仕方がない。そんな力を向けられたまま抵抗する程私も若くないのでな……。フリーデン国王よ、そこの“若者”が言う様に、妻を殺した奴らのみならば攻撃しても良いのだな?」

 若者とは……俺だよな?

「うむ……。一国王として軽はずみな事は言えぬが、ジンフリーが申した通り、シャリー王妃の不幸に“関わった者以外”を無差別に攻撃するつもりならばそこは絶対に見過ごせぬ。“それ以外”に対しての発言は私からは一切無い。どうこう言う立場でもあらぬからの」

 フリーデン様のこの言葉により、今までのいざこざが一気に終息へと向かった――。

 バレス国王も幾らか冷静になったのかフリーデン様と話し終えた後、ひとまずは納得の様子を浮かべているのであった。

 やはり残る問題はこの1つ……。

「フリーデン様。……そしてバレス国王。両国にとって解決の糸口となるかは分かりませんが、私から1つ提案があります――」