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~リューテンブルグ王国・騎士団屯所~

「――全然ダメ。驚く程進歩がないな」
「あ~うるせぇな! お前の教え方が悪ぃんだよ」

 アンドロイドに満月龍の魔力を注ぎ込もうとした日から数日。生まれてから1度も魔力を使った事のない俺は結局魔力を出せずに終わった。

 天才と呼ばれるDr.カガクもトーマスも、他の頭の良い専門家達も誰1人としてこの結果は予測出来なかっただろう。俺も予想外だ。予想外と言うか、普通に考えればごく当たり前だよな。

 でもこればかりは仕方ねぇ。だって生まれつき魔力0なんだもん俺。ガキの頃に誰もが習う魔法学校でも、俺は皆が魔法の実践をしている時にひたすら魂力を扱っていた。当時は勿論、何で俺だけ魔力が無いんだとへそを曲げた事もあったが、この世で1番無駄なのはないものねだり。楽観的な性格がこの時ばかりは役に立ち、結果無駄な悩みに時間を費やす事無くそれなりの実力を付けられた。

 にも関わらず、まさか数十年後にこんな日が来るとは……。

 この世界に神が存在するならば、俺に対する仕打ちがあんまりじゃねぇか? 神様よ。

「ジン、こんなの3歳でも出来る超基本の魔力操作だぞ。寧ろ3歳の子でも無意識に使える様になってるぐらいだ」
「だからうるせぇってエド! 元々魔力がねぇんだよこっちは! じゃあお前生まれつき足が無かった人間に義足渡していきなり走れって言うのか? 目が見えない人間に目ん玉渡して分からない色を答えさせるのか?」
「おいおい……そこまで言わなくてもいいだろ……」
「お前が言ってるのはそういう事なんだよ! あるのが当たり前だと思うな!」

 自分でも言い過ぎているは分かる。だけど止められねぇ。まさか魔力を扱うのにここまで苦労するとは思わなかった。年甲斐もなくイライラしてるぜ全く。

 簡単だと思っていたが、頭ん中のイメージと現実がまるでかけ離れてる。基本の魔力コントロールどころか魔力自体を全然感じられん。

「分かった。確かに俺も軽率だった。今日はこのぐらいにしておこう」
「お前がすんなり引き下がると俺が余計悪く見えるだろ」
「誰も見ていないからいいだろ別に。どこ気にしてるんだよ」
「それにしても……まさかここまで出来ないとは。情けない……」
「ハハハ。お前でも出来ない事があるんだな。まぁいいじゃないか。別に超高等な魔法を覚えろって訳じゃない。ただ魔力を出せればそれで終わりだ」
「それを出せればな。はぁ~、疲れたからもう帰って酒飲も」
「そんな暇があるなら特訓しろ」

 俺とエドはそんな会話をしながら騎士団の屯所を後にした。

 先日のアンドロイド計画はと言うと、俺が魔力を出せない事には何も始まらないという結論に至り、あれからこの数日間ひたすらエドと特訓しているが結果はご覧の通りである。

「何かコツとかねぇのか?」
「何回も言ったが魂力と一緒だ。コツも何も、物心ついた時から自然と使えるのが一般的だから今さら口で説明する方が難しい。感覚的な事でもあるしな」
「いい加減なアドバイス。困ったなーマジで。全く感覚が分からんぞ。どうしよう」
「野生のモンスターでも相手にしてきたらどうだ?」
「おぉ、懐かしいな。若い頃騎士団で名を挙げる為に特訓で倒しまくったなそういえば」
「ああ。任務もこなせて一石二鳥だって毎日馬鹿みたいにな。今じゃとても無理だ。ハハハ」
「こうなったら荒療治に出るしかねぇか……」
「また馬鹿な事を。また明日な」
「ああ」

 話しながら暫く歩いた俺達はそれぞれ家の方向へと別れていった。

「畜生……魔力使うのにこんなに手間取るとは」

 別に急ぐ事でもねぇけど出来ないってのがイライラするんだよなぁ。

 今から近くの森にモンスター討伐でもしに行こうかなマジで。
 
 でもやっぱちょっと面倒だな。遠いし。歳取ったよなー、こういう発想が。昔なら考える前に動いていたのによ。今は自分から動き出す気力がねぇ。

 あ~、この際モンスターの方から俺を襲いに来てくれねぇかな? そうすれば嫌でも動くんだけど。って、縁起でもねぇか。これで本当に満月龍でも来ちまったら笑えねぇだろ。

 しょうがねぇ。取り敢えず帰って酒飲も。ここ数日は何年かぶりに毎日外出て体動かしている健康生活だから酒が格別に美味ぇ。心なしか眠りも良いしな。

 よし。そうと決まれば久々に贅沢でもするか。この時間ならまだ市場やってるから生ハム買いに行こう。あそこの肉屋の生ハム凄ぇ美味いからな。

 こうして俺は珍しく市場まで足を運び買い物を済ませて家に帰った。


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「――パパ……熱いよッ……!」
「助けて……パパ」
「あなた……ッ!」

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 ――バッ!
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」

 窓から差し込む日差しと小鳥の囀り。青い空に昇った太陽が今日も世界を照らす。何気なく見た窓の外の景色は平和な街と活気のある人々。

 そんな現実とは正反対の悪夢で俺の1日は始まった。

 一体何度この夢を見たのだろう。あの日の直後は毎日この夢を見た。もう眠るのが嫌になった事もあったな。

 だが人間の体は良く出来ているというか何というか……。家族が死んで絶望の中を彷徨っているにも関わらずしっかりと腹は減るし喉も乾くし眠くもなる。無意識の内に体や脳が慣れてきているのか、あれだけ毎日見ていた夢も月日と共に回数が減っている。
 
 どれだけ月日が経っても勿論忘れる事など永遠に無い。
 だけど、この夢が減るにつれて不安も増える。こんな魘される夢なんて見たくない筈なのに、体の何処かで、何でもいいから家族との繋がりを残しておこうとしている……。

 悪夢より、何も無いと言う“無”を俺は1番恐れているんだきっと――。

「マリア……俺はどうすればいい……」