翌朝――。

「ほえぇ〜。アリア〜、もう食べれないよぉ〜」

 私は爆睡していた。

 モルデン砦の割り当てられた部屋には、王都同様ベッドがある。
 ポワンとルグレと修行していた時には、藁や葉の上で寝ていたこともあって、ベッドの寝心地は私にとって最高なモノだ。

 山と違って動物や魔物もいないから、安心して寝れるしね。
 修行してた頃は、ポワンの教えもあって熟睡できる時なんてそうなかったもん。

「ヒメナ!! いる!?」

 ルーナが扉を開き、勢いよく入って来る。
 寝ていた私は思わぬ音に体が勝手に反応し、【瞬歩】を使ってルーナの喉元で貫手をギリギリで止めていた。

「……ほえぇ〜。ルーナ、どうしたのぉ〜?」

 寝起きでまだ頭がハッキリ回らないけど、ルーナは冷や汗をかいていた。
 それで私は自分がルーナにしていることに気付く。

「あっ! ごめん、ルーナ! 修行の時の癖でつい……」

「どんな修行してきたらそうなるの……?」

 山で自然と生活してたら勝手になったんだけど。
 やっぱ変なんだ。

「それで、ルーナ。どうしたの? こんな朝早くに」

「……そうだ!」

 まだ陽が昇りきっていない。
 真面目なルーナがこんなに早くに起こしに来たってことは、それなりに訳があるはずだ。


「アリアとブレアとエマがいないの!!」


 その言葉を聞き、私は即座に【探魔】を発動する。

「確かに私の【探魔】の範囲内にはいない……外かも」

 目が見えないアリアが一人で慣れない場所の外に行けるはずがない。
 ブレアとエマが連れ出した……?
 でも、何のために?

「他の皆も起こして探しに行きましょう」

「うんっ!!」

 メイド服に着替えた私は、ルーナと一緒にフローラとベラも起こす。
 二人もメイド服に着替え終わった頃、砦の外から沢山の人のざわめきが壁越しに聞こえてきた。

「何だろう?」
 
「分からないけど……三人がいないことと何か関係しているかも知れないわ。行きましょう」

 私達は闘気を纏い、闘気を纏えないフローラを抱えて、急いで人が集まる所へと向かった――。


 城壁の外に出ると、百人以上の人が群がっていた。
 そんなに群がって、何があったんだろう?
 三人がいないことと関係があるのであれば、何だか……嫌な予感がする。

「ちょっと、通してっ!!」

 私達は人の海をかき分け、騒ぎの中心へと向かう。
 じりじりと進み、ようやく人の海の中央へとたどり着いた。

 そこには――。

「嘘……何これ……?」


 凍らされ、粉々にされたエマの死体があった。


「エマ……?」

 私達冥土隊は凍らされたかのように固まる。

 嘘だ……粉々にされて分かりにくいから……エマに勘違いしちゃったんだ……。
 きっと、いつもみたいに飄々としながら、面倒臭そうに何処かから現れるよね……?


「エマァァ!!」


 ベラが粉々にされた死体の元へと泣きながら駆ける。
 粉々になって抱けない死体の代わりにベラが抱いたのは、両刃の槍。
 フローラが作った、世界に一つしかない魔法具の槍だ。

 それがここに落ちていることが意味するのは、間違いなく目の前の粉々の死体はエマのモノだということ。

「何で……こんなことに……?」

 ルーナも私と同じで動揺している。
 そんな中、フローラは思考を巡らせていた。

「凍らされて殺されたってことは……殺した犯人はー!?」

 そうだ……死体があるってことは、殺した人間がいるってことだ。
 エマを凍らせて割った人物――心当たりは、一人しかいない。

「……ブレア」

「しかないよねーっ!! あいつ、どこ行きやがったー!?」

 思わずルーナが呟き、フローラは答える。

「アリア……アリアはどこ……!?」

 エマらしき死体はあるけど、アリアらしき死体はない……。
 ブレアのヤツ……エマを殺してまでアリアをどこに連れ去ったのよ……!?

「君達を置いて連れ去るなら、行き先は帝国軍だろうね」

 私の疑問に答えたロランが野次馬が道を開けさせ、私達に近づいて来る。

「予想外だったよ。まさかブレアちゃんが裏切るとは」


*****


 昨晩――。
 ブレアはエマを殺した後、アリアを抱えて帝国軍のキャンプ地へと向かっていた。

「ブレア……何があったの……!? エマはどうしたの……!?」

「ちぇっ! うるせー!! 黙ってろ!!」

 状況が理解しきれていないアリアの疑問に答えることなく、二人は帝国軍のキャンプ地にたどり着いた。

「何者だ!?」

 見張りの帝国兵の前に、現れるブレア。
 ブレアが辺りを見渡すと、帝国軍はモルデン砦の侵攻はやめ、準備を終えた者から順々に撤退していたが、まだ撤退しきれてはいなかったように見える。

「炎帝アッシュ・フラムか震帝カニバル・クエイクはどこだ!? 交渉に来た!!」

「帝国軍に交渉……!? ブレア……どういうこと!?」

 肩に担がれたアリアが困惑するも、大声で叫んだブレアは無視した。

「早くしろ!!」

「何なんだ……この水色のチビ……!!」

 見張りの帝国兵は持っていた槍を構え戦闘体制を取った、その時――。

「一体何だ? 騒々しいぞ」

 現れたのは、炎帝アッシュ・フラム。
 ヒメナの……冥土隊の宿敵だ。

「アッシュ……!!」

 ブレアはアッシュを見て、金槌を力強く握る。
 積年の恨みがあるのだ。当然だろう。

「抱えているのは……歌姫か。何をしに来た?」

「……アリア……歌姫を帝国軍に引き渡す。その代わり条件付きだがな」

「!? ブレア!?」

 ブレアが何故そんな行動を取るのか、理解できないアリア。
 しかし、そんなアリアを置いてけぼりにし、ブレアとアッシュは話を続けた。

「条件とは何だ。言ってみよ」

「一つ、あたいをそれなりの地位で帝国軍に入れろ。二つ、ヒメナの相手はあたいにさせろ。三つ、王国との戦争が終わった時、お前と一体一で殺し合いをさせろ」

「……ほう」

 アッシュは興味深そうな顔をし、考え始める。
 ブレアはスパイではないのか、ブレアに裏の狙いはないのか。
 だが、猪突猛進な闘い方をするブレアが、わざわざ絡め手を使って来るとも思えないという結論に至った。

 それに、まるで獣のような目が嘘ではないと語っている。

「……よかろう。気に入った。我の部下として使ってやる。来い」

 アッシュは振り向き、歩く。
 ブレアはその後ろを、アリアを担いだままついて行った。

「ブレア……どうして……?」

 アリアの疑問は解けないままだ。
 エマに何かをし、帝国に自分を売る。
 何がブレアをそうさせたのか理解できずにいた。

「今なら仲間を売ったメラニーの気持ちが分かんぜ……自分より大切なモノなんてこの世にねぇ……」

 ブレアにここまでさせたのは、ヒメナの存在だ。
 仲間を守るために、何も奪われないために、誰よりも強くあろうとしたブレア。

 その信念はいつからか、自分自身の強さにのみ、存在意義を感じるようにさせてしまう。
 ブレアにとっての闘いは、国が利益を得たり守るために、争い、奪い、犯し、殺し合う戦争をする中、誰かより自分が強いということを証明するためだけの手段となった。

 しかし、ヒメナが帰って来てからと言うもの、ヒメナには適わず、ヒメナの足手纏いとなり、エミリーの仇のアッシュには相手にすらされない。
 ヒメナに嫉妬し、そんな自分すら嫌い始めていた。
 今までの自分を全て否定された気がしたのだ。

「あたいにとっては、あたいの強さだけが誇りなんだ。気にいらねぇヤツは全員ぶっ殺す」

 一連の行動は、ヒメナと一対一の本気の命のやり取りをするため。
 自身を気にしてくれたエマを殺してまで、自身の強さへのこだわりを通したブレア。

 自身の心すら凍てつかせた【氷結】の氷は、白氷へと昇華する――。