散々泣いたまま、日常は滞りなく進んでいく。先生たちも何かあったのは気づきつつも、触れはしない。お昼の時間が、あっという間に訪れる。

 昨日は、遠堂くんと二人で食べたベンチに四人でぎゅっと固まってお弁当を開く。るいちゃんのお弁当は……お弁当というか……

「るい、バナナ食べ過ぎ」
「冷凍したらお昼にはちょうどいいし、ヨーグルトとハチミツと混ぜるとおいしいんだって! あ、無理に食べなくていいからね、みっち」
「うん」
「るいのバナナは、よくてさ。みっちの遠堂くんが好きって急にどしたの?」

 まーちゃんが、パクッとサンドイッチを頬張りながら私の言葉を待つ。るいちゃんもリカちゃんもお弁当を食べながら、私の言葉が出るのを耳を澄ませて待ってくれていた。

「嘘なの……」
「へ?」
「遠堂くんとは付き合ってなくて」

 この三人なら真実を知っても起こりはしない。リカちゃんが相田くんのことが好きだったから、言いづらい気持ちは少しだけあるけど。

「付き合ってない……の?」
「相田くんに告白されて、困ってたら、俺と付き合ってることにしようって言ってくれて」
「待って、相田に告白されて困ってたの?」

 バナナヨーグルトを食べていたはずの、るいちゃんがスプーンを落としそうになって慌ててキャッチしている。リカちゃんは、まーちゃん越しだから表情はわからない。

「だって、私なんか」
「はい、その()()()禁止! みっちが自信ないのはわかるけどね」
「相田くんと話すのは普通に楽しいけど、好きってわからなくて、恋って分からなくて。相田くんは人気者だし、みんなに、変に思われて嫌われるかなって、実際空気、あの日、死んでたでしょ?」

 シーンっと静まり返った空気の中、ヒソヒソと何かを囁き合う声だけが響く。思い返すだけで、胃がひっくり返ってしまいそうだ。

「そうだったっけ?」
「リカは、ショック受けてずっと上の空だったのは覚えてる」
「だって、相田くん好きだったんだもんー! ビジュいいし、面白いし?」
「はいはい、わかったわかった。それよりみっちの話だよ」

 リカちゃんの反応はあっけらかんたしていて、今では好きでも何でもないです、みたいな言葉の選び方だ。もしかしたら、私に気を遣ってくれているのかもしれないけど。

「もしかして、私が気にしすぎだったってこと?」
「うん、多分そう。だってみんな、みっちのこと好きだからね、うちのクラスの人たち」
「そうそう」
「好き……なの?」

 そんな自信は一ミリもなかった。確かに優しくしてくれる人も多くいたけど、それはこのメンバーの中に居るからだと思っていたし、嫌われてないにしろ、カースト的には一番下くらいの。

「え、だって優しいじゃん! みっちいつも率先して先生のお手伝いしてくれるし、みんなが嫌がる掃除とかも、普通に私やるよとか言い出すじゃん」

 だって、私にはそれぐらいしか、価値がないと思っていたから。こんな私ができることは、それくらいだと。

「みっち、聞いて」

 考えているうちに、まーちゃんが私の肩をガシッと掴んで目を見つめる。リカちゃんやるいちゃんは、くすくす横で笑ってた。嫌な笑いではないけど……。

「あんた、自己肯定感低すぎ! みっちは、いい子よ。私たちの可愛い可愛い素敵な友達。わかるまで毎日言うわ」
「まーちゃん」
「私だって、るいだって、そう思ってるよー」

 二人がそっと手を伸ばして私の手を握りしめる。湿った暖かい優しさに触れて、また泣き出しそうだ。

「また泣く? もしかして今まで泣くのも我慢してたの? 泣き虫? 泣き虫なの?」

 混乱したように、るいちゃんが笑いながら、私の背中を撫でる。あまりの幸せに、もしかしたら、これが夢なのかもしれない。それにしては、おにぎりはおいしいし、るいちゃんの手は温かい。

 ジーンっと染み入る空気を、リカちゃんが壊すよう、身を乗り出して私の方をじいっと見つめる。

「話が逸れちゃったじゃん! で、遠堂くんが嘘告、ではないか、嘘のカップルになって、何? 好きになったの?」
「遠堂くんと、デートみたいなことは、してて。優しくて、楽しくて……それで、みんなが言ってたことを思い出したの」

 急に恥ずかしくなってきて、手のひらを見つめる。こう言う時の答えも、正解も、自信の出し方もどこにも書いていない。けど、聞いて欲しくてしょうがなかった。みんなよ言ってたことが、本気でわかったよ、って。
 
「私たち、なんか言ったけ……?」
「離れたくないな、って、バイバイする時が悲しくて、でも、胸がキューンとして」

 るいちゃんたちが語っていた内容を、思い返しながら言葉にすれば、三人が黙り込む。怖くなって顔を上げれば、三人は口元を押さえて、ニヤニヤとしてる。

「めっちゃ好きじゃん」
「みっちが乙女なんだけど」
「うちらのみっちが、可愛すぎる」

 三人が同時に天を仰ぎながら、それぞれ、変なことを言う。

 めっちゃ好きなのかもしれない。これが乙女心……? 可愛いかは、わからないけど。

「でも、遠堂くんは、私のことどうとも思ってないの! 片想いなんだよね。付き合ってるフリだけなんだぁ、私たち」

 言葉にして、胸に染み込んで悲しみを引き起こした。私たちは付き合ってるフリだけの友人で、片想いだ。初恋の片想いってだけで難易度が高いのに、付き合ってるフリをしてるって難易度さらに爆上がり。

「本当にそうかなぁ?」

 リカちゃんが食べ終わったお弁当を片付けながら、ぼつりと口にした。まーちゃんも、るいちゃんも同意するように頷いている。私だけ、三人の言葉の意味がわからない。

「本当に、そうだよ?」
「違う違う、遠堂も、みっちのこと好きだと思うんだよね」
「ないよ」

 あったら、どれくらい幸福なことだろう。でも、ありえないんだ。だって、遠堂くん、好きな人いないから大丈夫って言ってたんだから、

「どうして、そんなに自信持って言えるの?」
「付き合うフリするってなった時、好きな人いないの? って聞いたら、いないよって即答だったから」
「そっかぁ」

 リカちゃんがため息混じりに相槌を打ったかと思えば、ぽちぽちっとスマホに何かを打ち込む。素早い指の動きにいつだって、私は叶いそうにないなという感想が出てくる。

「やっぱ、名前で呼んでみるのがいいんじゃない?」
「名前?」
「告白もありだけど、さすがにみっち告白はできないでしょ」
「告白は、無理。かな? 名前を呼ぶとか、告白とか、急に何?」
「両思いになるために、ってこと!」

 ピシッと私に人差し指を突きつけて、リカちゃんが唇を綻ばせる。両思いになりたい、の、かな、私は。そんなこと思ってもいいのかな。

「好きなんでしょ!」
「好き、だけど」
「だけどはいらん!」
「始まったよリカの恋愛講座……」
「でも、みっちには必要かもね」

 まーちゃんもるいちゃんも、リカちゃんの暴走を止めることなく、うんうん首を縦に振っている。

「今日の目標は下の名前で呼ぶこと! なんか言われたら、付き合ってるフリしてるんだからって言う!」
「でも」
「でも、もいらん! 返事はイエスか、はい!」
「は、はい!」
「リカもほどほどにね、みっちは嫌って言いにくいんだから」
「そうそう、嫌いなバナナを毎日我慢して食べちゃうくらいの可愛い子なんだからね」

 まーちゃんが横からぎゅっと私を抱きしめて、リカちゃんから庇うように腕の中にしまい込まれる。嫌な気持ちは全然してないよ、と首を振ろうとしたら、リカちゃんは、真剣な顔をして私たちを見つめた。

「わかる、わかってるよ、でも私は、みっちの初恋を成就させるためなら、なんだってするんだから! もういっそのこと、ハグしちゃおう! 手も繋ごう!」
「は、はい!」
「いやいや、みっち、はいじゃないのよ、そこは」
「今なら何言っても、はいって答えるんじゃない?」
「確かに! みっちは可愛いよね?」
「それはさすがに……」
「あ、ダメだった。でも、可愛いのよ、自覚しなさい。見た目云々じゃなくて、毎日我慢してバナナを食べちゃうところとか、めちゃくちゃ可愛いのよ。無理しなさいってことじゃなくて、私たちのことを思ってそう言うことできるのが可愛くてたまんないの!」
「まーちゃんの言う通り!バナナはもう食べさせないけど、そう言う思いやりが、いじらしくて、可愛いんだからそこは、はい! って答える! はい、みっちは可愛いよね?」

 三人の波に飲まれて、小さく、本当に小さく「はい」と声にする。

「遠堂くんの下の名前を呼ぶ、そして、手を繋ぐ、がミッションです」
「手を繋ぐも、なんか、増えてるよ」
「大丈夫、いける! とりあえずは、名前ね」

 私のために言葉にしてくれてるのは、わかるけど。さすがに難易度が高すぎる。嫌がられて、遠堂くんと疎遠になってしまったら……それこそ、私は耐えられないかもしれない。

「絶対、大丈夫だから」
「私も言うわ、大丈夫よ」
「うんうん、私も同意見。絶対。これだけは言い切れる、大丈夫」

 三人が「大丈夫」と言うから、心の中でポカポカと暖かい何かが光ってる。遠堂くんの「大丈夫」といい、三人の「大丈夫」といい、どうしてこんなに力強いんだろう。暖かいんだろう。本当に大丈夫な気がしてきてしまうんだから。