目が覚めて、カーテンから差し込む日差しに瞬きを繰り返す。遠堂くんも目を覚まして、起き上がったところかな。

 恋だなんて気づきたくなかった。だって、遠堂くんとこれからどうやって接すればいいの? 付き合ってることになってるけど、私の一方的な、初恋だなんて。

 スマホを開けば、遠堂くんからおはようのメッセージスタンプが届いている。

「ずるすぎるよ」

 本当の恋人みたいじゃん。

 登校すれば、いつもと変わらないざわめきに教室は支配されてる。相田くんの一件以来、教室に入る一歩目がやっぱり怖い。

「おはよーみっち!」

 いつもの仲の良い子たちはもう勢揃いしていて、今日もバナナチョコを食べている。最近の流行りだか、知らないけどみんな本当にバナナ好きなのかな。

「みんな、おはよう」

 いつものようにみんなの話題を邪魔しないように、適当に相槌を打つ。彼氏が欲しい、恋がしたい、誰それがかっこいい。相田くん、今チャンスだよね。なんて恋の話題ばかりが流れていく。

 バナナチョコと、恋の話題のせいで、遠堂くんが脳内に浮かんで、顔が熱くなる。

「遠堂のこと思い出してた……?」
「なんで?」
「顔真っ赤だよ」
「そんなに好きだったんだね、全然見せないから知らなかったよ」

 いつもだったらみんなの反応を窺ってから、言葉にするのに。今日は、昨日の遠堂くんの言葉のせいと、遠堂くんへの想いに気づいてしまった焦った気持ちのせいで、つい言葉にしてしまった。

 バナナが好きじゃない、とか色々いつも思ってることはあるのに、言いたくなった自分の本当の気持ちは、遠堂くんへの想いだった。

「ねぇ、どうしよう」
「なになに、なんかあったの?」
「私、遠堂くんのこと、好きみたい……」
「は?」
「え、付き合ってるんだよね?」

 三人がピタリと固まって、私の顔を覗き込む。付き合ってることになってるけど、とは言えないし。考えなしに言葉にしたことを今更後悔しても遅い。

「付き合ってるんだけど、付き合ってはいるんだけど……こんなに好きだなんて思ってなかったの」

 言い訳を言葉にすれば、三人はニヤリと笑って私の背中や腕をパシパシ叩く。

「なになに、初恋なの? 自覚なかったけど、告られて付き合ったとか?」
「待って、みっち可愛すぎない? ちょっと詳しく聞かせなさいよ」
「二人とも一気に話しかけたらみっちだって……でも私もめちゃくちゃ聞きたい!」

 わぁああっと盛り上がったのがわかって、ふっと力が抜けた。私の話なんて聞いてくれないかと思ってたのに。

「水くさいじゃん、言ってよ、私たちに」
「まーちゃん、るいちゃん、リカちゃん、聞いてくれる?」
「当たり前でしょ、みっちがいつも聞き専に徹してたから無理には聞かなかったけどさ。私たちだって、みっちの話聞きたいんだよ」

 まーちゃんの言葉に顔をあげる。三人の顔をまじまじと見つめたのは、久しぶりな気がした。

「よっす」

 遠堂くんが、きゃあきゃあ言ってる私たちの輪に飛び込んでくる。

「おはよ、遠堂。今日はごめん、昼休み、みっちはうちらが借りるから」
「なんで?」
「お話があるんですー!」
「そうそう、みっち時々は返してもらうんだから」
「いじめんなよ?」
「は? いじめるわけないじゃん、意味わかんな」

 真っ赤に染まった私を隠すように三人が囲んで、遠堂くんにガルガルと吠える。私がバナナが嫌いなんてことも言えないとか、言っちゃったから。心配されてる?

 三人の隙間から遠堂くんを、ちらりと見れば、目がばっちり合ってしまう。

「顔真っ赤だぞ、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、だから、今日のお昼はごめんね」
「なら良いんだけど……バナナ言えたの?」
「バナナ?」
「言ってないけど、いいから、またね! また後で!」

 遠堂くんをなんとか追い払って、両手で顔を覆う。どうやって顔を見たらいいかわからない。

「バナナって何?」
「実は、苦手、なんだよね」
「えっ、早く言ってよ! いつも食べさせてたじゃん」
「ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめん」

 あっさりとした反応に、涙が出てきた。どうしてこんな簡単なこと、私は一人で自信がないからって悩んでたんだろう。

「泣くほどやだったの? 嘘でしょ!」
「ほら、るいちゃんがバナナになんてハマるから!」
「私のせい? まじでごめん、ごめんね、みっち」

 背中を優しく撫でてくれる、るいちゃんの手の暖かさが体に染み込んでいく。リカちゃんはニコニコと私たちを見つめているし、まーちゃんは、るいちゃんの手の上から私を抱きしめてくれた。

 こんなに優しい人たちに、私は、自信がないからという理由で……申し訳なさから気絶しそう。

 ぐっと歯を食いしばって三人の顔を見て、もう一度謝罪の言葉を口にする。今まで、ずっと信じきれなくてごめんね。自分のことしか、見つめてなくてごめんね。色々な意味の混ざった「ごめんね」だった。

「ごめんね」
「私たちが無理に食べさせてたんだから、みっちが謝らないの!」