お風呂にゆっくりと浸かったから、ばっちり眠れるはずだ。ベッドに潜り込んで目を瞑る。結局、やりたいことは思いつかなかったから、空中散歩に連れて行ってもらおう。

 うとうととしているうちに、世界の輪郭がぼやけて、目の前に遠堂くんが現れる。

「よっ、したいこと決まった?」
「空中散歩?」
「星でも見ながら? ロマンチックだねぇー、おいで」

 私に両手を開いて待ってくれるから、遠堂くんの手を掴もうと伸ばせば、手が触れる。暖かい気がするのは、夢だから気のせいだろうか。

 触れたところからふわりと体が浮いて行って、星が近づく。手で掴めそうなくらい近くまで体が浮き上がってる。だって、私の家も学校も、はるか下に見えた。

「星が好きなの意外だったな」
「そう? キレイだから好きだよ」
「俺の前では素直に言えるんだから、友達の前でも言えばいいのに」

 そんなことしたら、どう思われるかわからないじゃん。遠堂くんは前からずっと待っててくれるけど……と考えたところで気づいた。これも全部、お見通しだ。

 私には遠堂くんの心の中は、見えないのに。

「俺だけ特別なの」
「あーもう、見ないで!」
「しょうがないだろ、ミチルの周りに浮かんでるんだから」

 心臓がバクバクして、遠堂くんが気になり始めてるというのも浮かんでしまうんじゃ……と考えてる瞬間に浮かんでしまってることに気づいてしまった。

「違うの、違うの」
「ふーん?」
「なにその顔!」

 知らんぷりしてるくせに、頬がにまぁと緩んでいる。遠堂くんも、本当は私のことが好きで、あんな提案をしたの? 聞きたくて、言葉にできなくて、でも、考えちゃったから浮かんでるよな。

 あ、でも……好きな人いないって言ってたか。じゃあ、関係ないか。ただの優しさから。

 ちくんっと一ミリくらい胸が痛んで、首をブンブン横に振る。遠堂くんが声を見る前に、両手で目をふさぐ。

「見ないで!」

 どれくらいの時間が経ったかわからない。でも、さすがに声は落ちただろう。手を外せば、遠堂くんは、ため息混じりに笑う。

「見られたくないやつは見ないって」
「でも考えたら浮かんじゃうんでしょ!」
「じゃあ、ずっと喋ってようよ。そしたら、考えられないだろ」

 賢い! 遠堂くんは頭がいいなぁ。たしかに、それならこうやって考えることもできない。

「じゃあ、何の話しよう」
「んーミチルの好きなもの?」
「好きなもの……?」

 星、猫、静恋……せっかく遠堂くんが話を振ってくれたのに、脳内でポンポン思い浮かべてしまう。星空にイメージが浮かんでいく。

「脳内映像派なんだな、ミチル」
「なにそれ」
「文章で浮かぶ人とか、聞こえる人とか、色々いるんだってさ」
「へー、知らなかった! 遠堂くんは?」
「俺も映像派」
「一緒だね」

 もう一度、ご近所のなかなか触らせてくれない猫を想像すれば、イメージから飛び出して、私たちの前をとてとてと歩き始めた。

「出てきた!」
「夢の中だからな」
「遠堂くんが好きなものは?」
「俺……?」
「そう、遠堂くんが好きなものも出そうよ!」

 むぅっと眉間に皺を寄せて、遠堂くんが考え始める。そんなに難しい質問だった、だろうか。私には好きなものを聞くくせに?

「俺のはいいんだよ」
「えー」
「空中散歩以外には? ないの?」
「んー、じゃあ、遊園地」
「遊園地かよ」

 子供っぽいかもしれない。でも、今まで行ったことがない。だって、親に迷惑掛けてしまうから。ずっと我慢していた。

 本当はみんなみたいに遊園地に行ってみたかった。ジェットコースターに乗ったりとか、観覧車やメリーゴーランドだって。乗ってみたい。

「よし、任せろ!」

 私の手を引いてぐんぐん進んでいく。遠堂くんはきっと、行ったことがあるんだと思う。だから、迷わず進めるんだ。