遠堂くんの言葉の通り、外のベンチに座って待つ。暖かい日差しにうとうとしてしまっていたようで、視線がぼやけて行く。

「ミチル?」
「あれ、遠堂くん、購買で、買えた?」

 手には何も持っていない遠堂くんと、うすらぼんやりとしたピンク色の日差し。夢だ、と思った。じゃあ、さっきまでの夢が現実? でも遠堂くんは、私の恋人みたいに優しく私の隣に座るし、躊躇なく私の手を握ってくる。

「ミチル、寝てるから、俺も寝ちゃった」
「待って、どういうこと?」

 遠堂くんの言葉に、ピンッとくる。夢だけど、本物ってこと?

「本物だよ」

 言葉にしていないのに、考えていることを読み取ったかのように遠堂くんは言葉にする。

「でも、夢だからこんなこともできる」

 そう言いながら宙に可愛い猫のイラストを描いた。かと思えば、猫が実体化して私の膝に飛び込んでくる。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、私の足をふみふみしてる猫を撫でればますます、喉の音を大きくする。

「夢なのに、本物なの?」
「俺、夢を行き来できるんだよね」
「じゃあ、付き合ってることにするって言ってたのも、本当ってこと?」
「あれ、気づいてなかった?」

 遠堂くんがぺろっと舌を出して、やっちまったと笑う。昨日の夢も本物で、今日の朝からも現実で本物で。じゃあ、私は遠堂くんと付き合ってることになってる……ってこと?

「嫌だった?」
「ううん、それでも良いかもとは思った」
「よかった、嫌だったらどうしようって」

 心の中も読めるんだろうか? 夢だから?

 心の中でこっそり遠堂くんを呼んでみる。遠堂くん、聞こえる? とはっきりと思い浮かべてみれば、遠堂くんは宙に浮いた私の心の声を手の上に乗せる。でも、時間経過とともに、私の心の声はパキッと割れて地面に落ちて行く。

「見えちゃうんだなぁ」
「そうなんだ……」
「現実はすやすやタイム中だから、早く起きてご飯食おうぜ」

 心の中が見られるのも恥ずかしいから、その方がいいかもしれない。

「起きようと思いながら体に力入れて動こうとしたら多分起きれるよ」


 
 言われた通りに全身に力を入れて、起き上がろうとしたら、私はベンチから立ち上がっていた。身体中が痛いし、心臓がバクバクとしている。

「おはよ」

 購買のパンを手に持った遠堂くんがベンチに座ったまま、私を見上げていた。痛む体を無理矢理動かして、ベンチに座る。

「本当に本当の夢だったの?」
「あれ、まだ疑ってる感じ?」
「だって、おかしいよ」

 遠堂くんがあまりにも普通そうにしてるから、疑いようはないけど。夢の中を自由に動き回れるし、夢が繋がるだなんて。

「ミチルが、嫌そうだったから昨日」
「嫌だったけど……」
「俺と付き合ってるって嘘で、気が楽になるならそれで良いかなって」
「遠堂くんはそれでいいの? 私なんかと恋人と思われてるんだよ」
「俺はむしろ嬉しいかな」
「へ?」
「あぁ、いやこっちの話」

 首を横に振ってから、購買のパンを食べ始める。だから、追求はできなくて私も黙ってお弁当を開く。おばあちゃんが作ってくれたお弁当は、他の子達の可愛いお弁当とは違って煮物や照り焼きチキンなどが入っていて可愛くない。

 おいしいし、大好きだけど、みんなの前で開けるのには抵抗があった。だから、いつも蓋で隠しながら食べていた。でも、ベンチではそれも叶わない。

「うまそ、一口ちょうだいよ」

 照り焼きチキンを指さしながら、遠堂くんはあーんと口を開ける。躊躇いながらも口の中に放り込めば、もぐもぐとしてからにまぁと唇を横に薄く開いた。

「うんまっ。柔らかいし、味付け最高」
「ほんと?」
「嘘ついて何になんの。俺のパンだけど一口食べる?」
「ううん、いい」
「遠慮すんなって」

 ずいっと口元にパンを押し付けられそうになって、避ける。遠堂くんが食べてるパンは、チョコバナナ味と書かれていてバナナの果実が見えていた。

「バナナ、ダメなの」
「嘘だろ、毎朝バナナチョコ貰ってるじゃん」
「苦手だけど、断れなくて」
「はい?」
「だって、断ったら嫌われるでしょ」

 言った瞬間、遠堂くんは信じられないものを見る目で私を見つめる。そして、私を安心させようとニコォっと笑う。作り笑顔なのは分かったけど、その気持ちが嬉しいからありがたく受け取る。

「俺には素直に言ってよ、怒んないし、嫌いになんないから」

 遠堂くんにはどうしてだか、素直に言えてしまう。いつも、ずっと私の言葉を待ってくれるからかもしれない。遠堂くんは、いつも強引なくせに、私はどう思ってるか、確認してくれる。だから、嫌だと口にすることができるのかもしれない。

「ありがと」
「いえいえ、まぁ、しばらく落ち着くまでは付き合ってるふり続けてればいいんじゃない?」
「それも、ありがと」
「おう」

 遠堂くんと付き合ってるという嘘だけで、あんなにヒソヒソ聞こえていた言葉が静まるだなんて私には思い付かなかった。パンをあっという間に平らげてから、遠堂くんは、腕組みをする。

「寝る」
「え?」
「一緒に夢の世界、行く?」
「いかない!」
「じゃあ、デートは夜だな」

 決まりごとのように口にするから、頷いてしまう。だって夢の世界では猫を撫でられるし、空も飛べる。しかも、行ったことのない静恋のライブにだって行けた。

「楽しかったならよかった」
「うん」
「食べものの味はしないけど、遊び系なら何でもできるからしたいこと考えといて」

 すぐには思い付かなくて、曖昧に頷く。夜までに思いつく気もしないけど、空中散歩だけでもだいぶ楽しめそうだった。