無理矢理、顔に笑顔を貼り付けて、制服に着替える。制服さえ、どこか私に合ってない気がしてきた。学校に行きたくないからかもしれない。重たい体を引きずって、登校すれば昨日のことが嘘のようにクラスメイトたちはいたって普通の表情で私に話しかけてくる。
「おはよ、みっちゃん」
「え、う、ん、おはよ?」
いつも一緒に過ごしている友達も、昨日のことは忘れ去ったようにお菓子を差し出してくれた。
「みっちゃん、これ食べる?」
「う、うん、食べる」
あまり好きじゃないバナナチョコレートを美味しそうに頬張った瞬間、思いもよらない言葉に吐き出しかけてしまった。
「早く言ってよね、遠堂と付き合ってるなら」
「へ?」
「好きな人いないとか言って、ちゃっかり付き合ってたんでしょ?」
「おとなしそうな顔してみっちゃん、やるよねぇ」
「っていう私たちに黙ってるなんて、ひどいじゃん」
口々に「おめでとう」と隠してたことへの非難が続く。けど、私には何の話かわからない。
「私が、遠堂くん、と?」
「昨日遠堂くんがグループラインに送ったの見てないの?」
友達の言葉にスマホを慌てて開けば、相田くんから「付き合ってる人いたのにごめん」というメッセージが届いていた。そして、グループラインはすごい未読数になっていて追いかけるのが大変そうだ。
それでも意を決して開いて遡る。未読の一番上には、遠堂くんのメッセージが載っていた。私と遠堂くんが付き合ってるけど、恥ずかしくて隠してたという内容が書かれている。
事実無根だと訂正しようと思ったけど、クラスメイトや友達の反応に、訂正したらまた昨日に逆戻りかと思って言えない。
「おっす」
「きたー! 遠堂ー!」
「おぅ」
「ほら、みっちゃん、遠慮せずいいから」
私を無理矢理引き起こして、遠堂くんに方に背中をドンッと強く押し付けられる。よろめいて、遠堂くんにぶつかりかければ、遠堂くんはカバンをポイっと放り出して私を抱き止めてくれた。
「あっぶねーだろ!」
「ひゅーさすが、彼氏」
「これが嫌で黙ってたのに」
「エスっぽい顔して優しいんだねー遠堂!」
私を置いてけぼりにしてクラスメイトたちは、盛り上がって行く。遠堂くんも否定もせず、私の心配をしてる。
「ミチル、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だけど、えっと」
「大丈夫ならよかった」
昨日の夢が現実になってしまった、ってこと? でも、私はそれも良いかもと思っただけで、頷いてはいない。遠堂くんも当たり前のことのように、私の名前を呼んでるし、なんだか不思議な気分だ。
「遠堂くん」
「なに?」
名前を呼べば、少し屈んで目線を合わせてくれる。なに? の聞き方がいつもと違って、柔らかい。まるで本当に恋人みたいな……くすぐったくて、ちょっぴり嬉しくて、確認も否定もできなくて、首を横に振った。
「なんでもない」
「そっ」
「じゃあ、また放課後」
「えー? お昼とかも一緒に食べなよー! せっかくもう言ったんだからさ! うちらは良いから!」
「そうそう、うちらと無理に一緒にたべなくていいって」
友達の言葉に、「いらない」と言われてるようで胸が痛い。どんな表情なのか、顔を見るのも怖い。だって、本当にいらなくて押し付けられてたら、私はどんな表情をしたらいいの……?
「おー、じゃあそうする?」
「え、うん……」
こくんっと頷けば、遠堂くんは嬉しそうに目を細める。その仕草すら私を本当に好きな仕草に見えて、困惑してしまう。もしかして、今が夢? だから、こんなことになってるの?
お昼時間、嬉しそうな友達に見送られながら遠堂くんの席に近づく。私のことを追い出したいわけではなく、本当に善意でやってるらしいことが分かった。私としてはこの夢が早く覚めてほしい気持ちでいっぱいなのに、いつまで経っても覚める気配はない。
「遠堂くん」
「あ、飯? 俺購買で買わなきゃ」
「そっか」
「外のベンチで待っててよ」
「へ?」
「一緒に食べるんじゃないの?」
「た、食べるよ」
「おう」
頭をポンっと優しく撫でてから、また少し屈んで目線を合わせて微笑む。遠堂くんはいつも、私と話す時は屈んでくれる。優しい人だな、とはずっと思っていた。これが恋心かと言われれば、離れたくないとも思わないし、誰かと話してて嫉妬もしないから違う気もする。