「よっ」
遠堂(とおどう)くん……」
「落ち込んでんの?」

 教室で一人きり立ってる私に、遠堂くんは近寄ってきて屈んで目線を合わせてくれる。その優しさに泣き出しそうだった。クラスメイトたちはみんな真っ黒なモヤが掛かっているのに、遠堂くんだけ、はっきりと見える。

「落ち込んでる、かも」
「相田のこと?」
「そう……」
「じゃあさ、俺と付き合ってることにしちゃえばいいよ」
「なにそれ」

 不意な提案に、ついクスッと笑ってしまう。遠堂くんが私を心配して言ってくれてるのが分かったから。遠堂くんは、仲のいいクラスメイトで、気にせず話せる相手。どんなに私が迷っても、私が答えを出すまで横で待っていてくれるような人だ。

「俺はいいよ」
「遠堂くんは好きな人いないの?」
「いないよ」
「じゃあ……」

 それでも良いかな、は口にできなかった。遠堂くんの優しさにそこまで甘えるのはどうかと思う。私の心の葛藤が目に見えたのか、遠堂くんは他の話題に変えてくれる。

「そういえば! 静恋(しずこい)活動再開だってな」
「そうなの!」

 静恋は私と遠堂くんの共通の好きなアーティストだ。静かなる恋、略して静恋。静恋は、活動休止を発表してから2年近く経っていた。その静恋が今年、なんと復活を宣言したのだ。

「新曲楽しみだね」
「だよな、歌詞が良いもんな」

 日常生活をテーマにした恋の歌が、私は大好きだった。好きな人もいないくせに、と言われそうだけど。でも、静恋は自信のない女の子が、恋をきっかけに成長して行くストーリーで、いつだって勇気を貰っていた。

 だから、たまたま静恋のキーホルダーをつけてる私に気づいた遠堂くんが話しかけてくれて、仲良くなったんだ。

「ライブ行こうぜ」

 そう言って遠堂くんは私の手を引く。ふわりと体が宙に浮いて、空を飛んだ。遠堂くんが連れてきてくれた、広い公園の真ん中にはステージがあって、静恋のメンバーがライブを開いている。

「ライブ初めてかも」
「ずっといきたいって言ってたもんな」
「よく覚えてるね」
「覚えてるに決まってるだろ」

 遠堂くんと空から静恋のライブを眺める。私が一番好きな「恋の詩」がちょうど掛かった。

 ところで、目が覚めた。どうしてあんな夢を見たんだろう。相田くんの告白から、クラスで一人ぼっちになってしまったことは、ショックだったけど。遠堂くんが出てきた理由は、いまいち分からない。

 私の大好きな「恋の詩」を目覚ましにセットしていたから、静恋の夢を見たのかもしれない。スマホのアラームを切って、起き上がる。憂鬱な一日が始まってしまう。