走った道も半ば、閑静な住宅街を過ぎ、二羽(ふたり)はさっきより少し高い建物が立ち並んでいる賑わった通りに入った。そこは打って変わって、数えきれないほどの天使たちがあちらこちらに入り乱れていた。
 
「わぁ!こんなにたくさん天使初めて見た!ようやく都市部に来たって感じね!」
「ハニエ、、ちょっと待ってよ...」
 
 走り続けて息を切らしたフォルンには、幼馴染の興奮が伝わってこないのか、その斜め後ろで「はぁはぁ」とへばる声をあげるので精いっぱいの様子だった。そんな情けない姿を見て幼馴染は威張るようにこう言った。
 
「だから言ったでしょ。女の子は成長が早いのっ!」
「いつの、はなしだよ...」

 とは言いつつも、今までウリルも含めた三羽(さんにん)で暮らしてきた彼らにとって、その他の天使を見るのはまさに”生まれて初めて”のことでもあった。前にも横にも知らない天使たちの顔がはびこっている街が、今までの何よりも大きく二羽には見えたが、それ以上に奥に立っている彼らの”目的地”のほうが、圧倒的に彼らの目に映った。
 
「あともう少しで。フォルン、早く行こ!!」
「ふえ~ん」と泣き目のフォルンの手を引っ張りながら、雑踏の中を走り始めた。
 
 ◇◇◇
 
 一方、そんな活気づいた街の一方の道にて、フォルン達と別に”もう一組”、息を切らしながら疾走する二羽がいたのであった。


「もーーー!なんでこんなぎりぎりにならなきゃいけないのよ!」

 雑踏をかき分けながら叫ぶパープルヘアーの少女の後ろには、少年の天使があくびをしながらへらへらと一緒に走っていた。
 
「ははは、ほんとだ。俺ら近くに住んでるのになんでだろーな」
「あんたが寝坊したのが原因でしょうが!」
 少女が足を止めて彼の緑色に染まった頭を殴ると、「痛て!」と頭を押さえた。

「ほら、さっさと行くわよ!」
 とは言いつつも目的地はすでに間近に見えており、あとは彼女らの目の前の角を曲がればすぐに到着というところだった。少女が手を引っ張りながら再度走り始めると、それに連れ去られながら少年も前へと足を動かし始めた。
 
――よし、ここを曲がれば...
 
 二羽が全速力で角を曲がったその時だった。
 
「うわ!?ちょ、あぶな――」
 
 ゴチン!

 横から飛び出してきた天使に、互いに反応はしたものの勢いよく激突した。前方の二羽はもちろん、後ろで手をつながれていたもう二羽も付随してバランスを崩し、四羽(よにん)はちょうど川の字のように倒れこんだ。

「いたたた.....」
「痛ってぇ...」
 
 少年たちが悶えている横で、少女たちは上体を起こす。彼女たちは互いの目を見るや否や、すぐに互いに口を開いた。
 
「ご、ごめんね。今私たち急いでて、ここ来るのが初めてだったから道が分からなくなっちゃってて...」
「別に全然平気よ、こっちもちゃんと前を見てなかったんだし」
 
 ピンクの髪をした少女は申し訳なさそうに両手を合わせた後、不安そうに奥の高い塔を見つめていた。そんな様子を見かねたもう一方の少女は伺うように口を開く。
 
「ねぇ、もしかしてあそこに行きたいの?ちょうど私たちもあそこに向かってるところだから、よかったら案内しようか?」
 指をさしながら言う彼女の言葉に、まだ街に新しい少女はこれでもかというくらいに目を輝かせた。
 
「ほんとに!?ありがとう、私たち方向音痴だったから助かった!そういえば名前、聞いてなかったね」
「私はヨエルよ。後ろで(もだ)えてるのはサリル」
「私はハニエ!後ろで痛そうにしてるのは私の幼馴染のフォルン!」

 二羽が握手を交わしている後ろでは、悶えていた少年たちがようやく起き上がったというところだった。彼らも互いの顔を見ると、すぐに口を開き始めた。

「へぇ、君たちずっとここに住んでる天使なんだぁ。僕たち森から出たことなかったから、なんかすごい新しい気分なんだよね~」
「まじか、そんなやついたのか。それは大層な()()()()だな!」
「えっ...あ、えっと、『サリル』ってかっこいい名前だね。誰がつけてくれたの?」
「な!かっこいいだろ?俺が生まれた時から街のみんながそう呼ぶんだよ。にしても、『フォルン』って変な名前だな!ハハハ!」
「えぇ..」

 思いもよらない”悪口”に、困惑の表情が隠せないフォルン。ゲラゲラと笑っているサリルは、背後から忍び寄る足音に気付かず、『ゴツン!!』と大きな音に頭を襲われると、そのまま地面へと崩れ落ちた。
 
「ごめんね。”こいつ”やたらデリカシーのないこと言うんだけど、悪気があるわけじゃないから仲良くしてやってね」
 
 申し訳なさそうに詫びるヨエルの足元で、サリルは再び悶え始める。
「痛ってぇーー!!」
「う、うん。大丈夫...?」
「きゃははっ!都市部の天使って、すっごく面白いのね」

 忙しい雑踏が周りを埋め尽くすなか、四羽が倒れこんでいるこの場所だけは、幼い子供たちの無邪気な空気が流れ込んでいたのであった。