フォルンを40分間なだめ続けた後、それで疲れをきたした二羽のためにもう十数分ほど休憩の時間をとっていた。うなだれているハニエを横に、ウリルが上体を起こすと、目の先には樹葉の先端で突っ立っているフォルンの姿があった。何かをするわけでもなく、ただこれから飛ぼうという方向を年齢の割に大人しく眺めていた。
「フォルン。もうそろそろ行こうかの」
そばで声をかけるも、その目は振り返らず、ずっと前を向き続けていた。彼が眺める場所からは、星上界のすべてが一望できた。手前には彼らの住む森、そしてその奥には、この楽園の天使の大半が住んでいる”都市部”があった。建物が有象無象に立ち並び、静かな森とは正反対な場所であった。そしてその都市部の最も奥に、この大樹と対をなすように大きく立つ塔のような建造物、「これからの目的地」があった。
ウリルもつられるように眺めていると、フォルンが口を開いた。
「あのさ、ウリル。最後に一個だけ聞いてもいい?」
振り返った少年天使は真剣なまなざしで、けれどどこか純粋さを含み透き通った目で問う。
「ウリルってさ、いつも上を向いて、なにを見てるの?」
時間が止まったような空間に、音を立てずに風が流れた。二対の翼がほんの少しだけ揺らぐ。
「僕たちが離れて遊んでるとき、いつも顔を上に向けて、ずっと動かさないじゃん。だから僕もひとりでいるとき、あの丘でずっと見上げてるんだけど、ずっと真っ暗で何にも見えないからさ。教えてよ。こんな真っ暗闇を見て何が楽しいの?ウリルみたいに年をとったらさ、こんな景色でも楽しめるようになれるの?」
唇を噛みながら聞いていた老天使は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあな、フォルン。何があったら楽しいと思う?どうしたら、お前はずっと眺めてられるんじゃ?その何もない宙を、お前はどうしたいんじゃ?」
「どうしたい...?それは――」
答えにならない質問返しで、けれど真剣な目で聞かれたフォルンは、首をかしげて少しの間考えていた。
二羽が立ち尽くしていると、傍らで寝ていたピンク色の幼馴染が起き上がった。
「あ、!もう時間じゃない?早く行かなきゃ!」
「それもそうじゃな。ふたりとも、早くわしのもとに来なさい」
二羽を腕に抱えると、ウリルは大きな翼をはためかせてあっという間に大樹を飛び去った。
◇◇◇
三羽はあっという間に野を越え丘を越え、地方の森も終盤まで差し掛かってきた。抱えられたハニエは今まで感じたことのない爽快さに興奮していた。
「いやっほーーー!やっぱりすごいね、こんなに速く飛んでるのは初めて!ね、フォルン?」
一方、今まで妙に黙りこくっていたフォルンは幼馴染に声をかけられても何の反応も返さなかった。
「フォルン...?」
「なあに、速すぎて怖がっとるんじゃろう」
「なあんだ。そういうことか」
いじらしくクスクスと笑う二羽の声を遮るように、少年天使はやっと口を開いた。
「ねえ。さっきの話だけどさ、実はもう僕とハニエは考えついてるんだ」
「え?なんの話?」
「この空がずっと真っ暗なだけならさ、きらきらした、光る点々でいっぱいにすればいいんだよ。そうすれば、ぼく絶対に飽きないよ」
そういえば百年前くらいにそんな話したな、と思い返すハニエ。それを抱えながら目を大きく開いたウリルは何かを確認するように見上げる。すると、次第に口元がにやけてきたかと思うと、老天使とは思えないほどに明るい笑顔で、口をかっぴらいて盛大な声で笑い始めた。
「...ふふふ。はぁーはっはっはっはっ!!!」
ウリルが笑うと同時に二羽を抱えた体が大きく揺れ、その羽ばたきはなんとも軽快になった。その振動に抱えられた幼い二羽は翻弄される。
「ちょっと!ウリル、いきなりそんなに揺れたら落ちちゃうって!!」
ハニエが苦情を呈しても、彼はまったく聞いてない様子だった。
「そうかそうか。それが一番似合うと思うんじゃな」
「うん。いつかさ、僕がもっと大きくなったらさ、それで埋め尽くしてみたいんだ」
周りにはさっき吹いていたような風はなく、上空には楽しそうに飛ぶ三羽の姿以外になにもなかった。
「そうか、それはきっと、、とてもきれいなんじゃろうな....」
「フォルン。もうそろそろ行こうかの」
そばで声をかけるも、その目は振り返らず、ずっと前を向き続けていた。彼が眺める場所からは、星上界のすべてが一望できた。手前には彼らの住む森、そしてその奥には、この楽園の天使の大半が住んでいる”都市部”があった。建物が有象無象に立ち並び、静かな森とは正反対な場所であった。そしてその都市部の最も奥に、この大樹と対をなすように大きく立つ塔のような建造物、「これからの目的地」があった。
ウリルもつられるように眺めていると、フォルンが口を開いた。
「あのさ、ウリル。最後に一個だけ聞いてもいい?」
振り返った少年天使は真剣なまなざしで、けれどどこか純粋さを含み透き通った目で問う。
「ウリルってさ、いつも上を向いて、なにを見てるの?」
時間が止まったような空間に、音を立てずに風が流れた。二対の翼がほんの少しだけ揺らぐ。
「僕たちが離れて遊んでるとき、いつも顔を上に向けて、ずっと動かさないじゃん。だから僕もひとりでいるとき、あの丘でずっと見上げてるんだけど、ずっと真っ暗で何にも見えないからさ。教えてよ。こんな真っ暗闇を見て何が楽しいの?ウリルみたいに年をとったらさ、こんな景色でも楽しめるようになれるの?」
唇を噛みながら聞いていた老天使は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあな、フォルン。何があったら楽しいと思う?どうしたら、お前はずっと眺めてられるんじゃ?その何もない宙を、お前はどうしたいんじゃ?」
「どうしたい...?それは――」
答えにならない質問返しで、けれど真剣な目で聞かれたフォルンは、首をかしげて少しの間考えていた。
二羽が立ち尽くしていると、傍らで寝ていたピンク色の幼馴染が起き上がった。
「あ、!もう時間じゃない?早く行かなきゃ!」
「それもそうじゃな。ふたりとも、早くわしのもとに来なさい」
二羽を腕に抱えると、ウリルは大きな翼をはためかせてあっという間に大樹を飛び去った。
◇◇◇
三羽はあっという間に野を越え丘を越え、地方の森も終盤まで差し掛かってきた。抱えられたハニエは今まで感じたことのない爽快さに興奮していた。
「いやっほーーー!やっぱりすごいね、こんなに速く飛んでるのは初めて!ね、フォルン?」
一方、今まで妙に黙りこくっていたフォルンは幼馴染に声をかけられても何の反応も返さなかった。
「フォルン...?」
「なあに、速すぎて怖がっとるんじゃろう」
「なあんだ。そういうことか」
いじらしくクスクスと笑う二羽の声を遮るように、少年天使はやっと口を開いた。
「ねえ。さっきの話だけどさ、実はもう僕とハニエは考えついてるんだ」
「え?なんの話?」
「この空がずっと真っ暗なだけならさ、きらきらした、光る点々でいっぱいにすればいいんだよ。そうすれば、ぼく絶対に飽きないよ」
そういえば百年前くらいにそんな話したな、と思い返すハニエ。それを抱えながら目を大きく開いたウリルは何かを確認するように見上げる。すると、次第に口元がにやけてきたかと思うと、老天使とは思えないほどに明るい笑顔で、口をかっぴらいて盛大な声で笑い始めた。
「...ふふふ。はぁーはっはっはっはっ!!!」
ウリルが笑うと同時に二羽を抱えた体が大きく揺れ、その羽ばたきはなんとも軽快になった。その振動に抱えられた幼い二羽は翻弄される。
「ちょっと!ウリル、いきなりそんなに揺れたら落ちちゃうって!!」
ハニエが苦情を呈しても、彼はまったく聞いてない様子だった。
「そうかそうか。それが一番似合うと思うんじゃな」
「うん。いつかさ、僕がもっと大きくなったらさ、それで埋め尽くしてみたいんだ」
周りにはさっき吹いていたような風はなく、上空には楽しそうに飛ぶ三羽の姿以外になにもなかった。
「そうか、それはきっと、、とてもきれいなんじゃろうな....」