「海人君、私と付き合ってください!」
 放課後、教室に残っててほしい。
 高校に入学して3ヶ月ほどたったあたりからこんなことが増えた。
 そんなことを現実とはどこか遠いところで考える。中学の時も3年生になってから告白されることが増えたけど、それは相変わらず継続中らしい。
 兄貴からはそんな話聞かないのに、どうして俺だけこうなんだろう。あるいは、兄貴も俺に言わないだけで似たようなことやってるんだろうか。
「ど、どうかな……?」
 目の前の女子が不安そうに俺を見ている。同じ学年らしいけど知らない相手だった。告白される前に名乗っていたけど、既に覚えていなかった。
 どうしようか。答えは決まっているのだけど、その後涙をこらえて逃げるように走っていかれるのも、急に怒って俺のことを悪者にし始めてくるのも苦手だった。無難にやりすごしたいけど、未だに正解が見つからない。
「あ、いたいた。天野君、今日の練習場所だけど……っ」
 そんなとき、同じクラスの弓削朱音が教室に入ってきた。今どんな状況か気づいたようで入ってきたところでガチリと固まる。
 あ、そうだ。いいこと思いついた。
 固まったままの弓削のところに駆け寄ってその腕をとる。驚いたように弓削がビクリと震えたけど、今はそのまま押し通す。
「ごめん。俺、朱音と付き合ってるんだ」
 さっき俺に告白した女子は信じられないとでも言いたげに俺と弓削を交互に見る。
 固まったままの弓削の腕を掴むと、その意を察してくれたようで弓削の首が上下に動く。少し壊れたおもちゃっぽくて吹き出しそうになったのは必死に堪えた。
 告白した女子はまだ疑うような気配が残ってたけど少しだけ瞳を潤ませながら何も言わずに教室を出て行って、それでようやく一息つけた。
「天野君、腕、放して」
 緊張した弓削の声に慌てて手を離す。
「悪い、弓削。助かった」
「別にいいけど。あ、今日の練習場所変更だって」
 どうやら弓削はそれを伝えに来てくれたらしい。弓削は同じクラスでかつ陸上部のチームメイトでもある。俺が短距離で弓削は長距離だから部活での絡みはそう多くないけど。
 でも、陸上に一本集中って感じで弓削の印象は悪くない。今年の県総体は間に合わなかったけど、来年は先頭争いをしてもおかしくない実力だとも思う。
 それで、ふと思いついた。こういった呼び出しを回避する方法を。
「あのさ、弓削。せっかくだしこのまま付き合ってる振り続けてくれないか?」
「なにそれ。せっかくだし?」
 弓削の瞳が不満そうに細められる。慌てて俺は首を横に振る。
「頼むよ。俺、兄貴に勝ちたくて、今は練習に集中したいんだ」
 監督にも見せないくらい深々と頭を下げると弓削がひるむ気配を感じた。もう一押し、と思いながら頭を下げ続ける。
「ちょ、ちょっと。天野君、顔上げてって」
「頼む、弓削! この通り!」
 この前の県大会、兄貴は更に速くなっていた。このままやってても追いつけない。だから今は余計なことに煩わされずに陸上に向き合っていたかった。
 下げ続けた頭の上から深々としたため息が聞こえてくる。ちらっと様子を伺うと弓削は腕を組みながら呆れたようにこちらを見ている。
「わかったから。フリだけでしょ。いいわよ、やってあげるから」
「マジか! サンキュ、弓削!」
 顔を上げて弓削の手を取る。弓削は少しだけ居心地を悪そうにしながら視線を彷徨わせていた。