私なんてちっとも美人じゃない。
 親戚連中は「十人並みが一番よ」なんて無責任な(なぐさ)め方しかしない。
 ──十人並み?
 ──普通ってこと?
 美人でもないし、ブスってわけでもない。どちらかというと、美人でないほうの部類という意味だわ。そんなこと本人が一番知ってることよ。わざわざ面と向かって言わなくたって……。余計に傷つくというもの。
 ──私ってそんな慰められ方されるほど酷いの? 
 私はまたウインドーを覗き込んだ。薄ぼんやりとガラスの向こうに浮かぶ相手を睨みつけてみる。擦れ違った男どもが皆振り返るほどの美貌なんて要らない。もてたいなんて思わない。だけど少なくとも彼が気に入ってくれる程度で満足する。私は心の中で神様に両手を合わせた。
 確かに色気なんて、まだない。男に()びるなんてのも嫌。こんなに色白じゃない。目だって大きいし、鼻だって低いけど結構可愛らしい。唇だってセクシーとは言い難いが、そこそこ形いいのがちゃんとついてる。脚だって長い美脚、とはお世辞にもいえない。胸だって小振り。けど、全体的には細身でなかなかスタイルはいいほうだわ。
 私は大きく深呼吸した。「よし」と回れ右をして、自分の虚像と決別した。
 ──自信を持ちなさい、弘美!
 もう一度医院の時計を見た。四時半を少し回っている。私の目の前を様々な影が()き立てるような早足で擦れ違ってゆく。めまぐるしく流れ去る波から目を背けたら、どこからともなく焼き魚の匂いが漂ってきた。
(さば)の塩焼きね」
 つぶやいて匂いの源流をさぐる。たぶんこの通りに面したスーパーの惣菜屋からだろう。その匂いを辿って、視線を向かいのビル群の右端のほうへ滑らせた。交差点で信号待ちのバスが目に留まった。こちらにくるのか、それとも左右どちらかに曲がるのか。もしかして、あのバスに彼は乗ってはいまいか。だが、しばらくすると、バスは進行方向を左に折れ、視界から消えてしまった。私の鼻腔(びこう)に焼き魚の匂いがこびりついて空の胃袋が鳴った。ふと母を思う。