裕里子の心は凪いでいる。この上もない幸福の只中にいた。
波濤にのまれたあと、魂の平安を取り戻し、最早恐れなど微塵もない。目の前には未来が見えるだけだ。希望に満ちあふれた未来が。
命を全うし切った者にとって、死は単なる過程に過ぎない。新たなる生への回帰なのだ。魂の終わりを告げるものではない。
風が立った。揺れる窓に視線をやる。
「姉さん……開けてほしいの」
ベッドの横に腰かけていた姉は、頷いて静かに立ち上がり、窓を全開にしてくれた。
八月の風が頬をなぞった。肉体の輪郭を風が描く。今、魂は風と一体化し、かき回され、大自然の中で溶け合う瞬間が訪れたことを裕里子は悟った。
何と心地いいのだろう。風に心の奥底までをも愛撫され、形容し難い平安がこの身に舞い降りた。
病室の白い壁は七色の色彩であふれ、裕里子の元にだけ眩い光の道が天高く延びてゆく。
裕里子は起き上がり、一歩を踏み出した。この道の果てに幸福はある。熱望すればいい。求め念じるだけでその場所へと辿り着けるのだ。
ベッドを取り囲むように親しい人たちの顔が見える。父もいた。母も嗚咽する姉をそっと抱き締めている。裕里子は前を向き、射し込む光に向かって微笑んだ。
──あの虹の門をくぐろう。
ひたすら目指すのだ。一直線に延びる光の道を、迷いなく……
今、全てを脱ぎ捨てた。数多の肉体的苦痛を置き去りにして昇ってゆける。喜びが心に芽生え始めたとき、ついに願いは叶った。
見下ろせば、ヒマワリ畑が無限に広がっていた。無数に咲き誇るうちの、黄金色に輝く一本だけが裕里子を見つめている。
温かな眼差しに包まれた裕里子は、幸福の場所へと心穏やかに歩むのだった。
波濤にのまれたあと、魂の平安を取り戻し、最早恐れなど微塵もない。目の前には未来が見えるだけだ。希望に満ちあふれた未来が。
命を全うし切った者にとって、死は単なる過程に過ぎない。新たなる生への回帰なのだ。魂の終わりを告げるものではない。
風が立った。揺れる窓に視線をやる。
「姉さん……開けてほしいの」
ベッドの横に腰かけていた姉は、頷いて静かに立ち上がり、窓を全開にしてくれた。
八月の風が頬をなぞった。肉体の輪郭を風が描く。今、魂は風と一体化し、かき回され、大自然の中で溶け合う瞬間が訪れたことを裕里子は悟った。
何と心地いいのだろう。風に心の奥底までをも愛撫され、形容し難い平安がこの身に舞い降りた。
病室の白い壁は七色の色彩であふれ、裕里子の元にだけ眩い光の道が天高く延びてゆく。
裕里子は起き上がり、一歩を踏み出した。この道の果てに幸福はある。熱望すればいい。求め念じるだけでその場所へと辿り着けるのだ。
ベッドを取り囲むように親しい人たちの顔が見える。父もいた。母も嗚咽する姉をそっと抱き締めている。裕里子は前を向き、射し込む光に向かって微笑んだ。
──あの虹の門をくぐろう。
ひたすら目指すのだ。一直線に延びる光の道を、迷いなく……
今、全てを脱ぎ捨てた。数多の肉体的苦痛を置き去りにして昇ってゆける。喜びが心に芽生え始めたとき、ついに願いは叶った。
見下ろせば、ヒマワリ畑が無限に広がっていた。無数に咲き誇るうちの、黄金色に輝く一本だけが裕里子を見つめている。
温かな眼差しに包まれた裕里子は、幸福の場所へと心穏やかに歩むのだった。