三浦正樹少年が忘れて行ったハンカチをタンスの引き出しから取り出した。過日、イニシャルの刺繍の横に裕里子自ら新たな刺繍を施した。その箇所をしばらく見つめると、机の前に腰かけ、机上の宝石箱のフタを開ける。オルゴールの音色が淡い想い出を語りかけてきた。静かに目を閉じ、ハンカチを胸にあてがい、面影を瞼の裏に焼きつけた。メロディを奏で終えると同時に目を開け、ハンカチを箱に収めてフタをした。
 それを済ませ、居間で家族と団らんのひと時をすごしていたら、急に意識が遠退いて、夢の世界をさまよっていた。
 少年が目の前に現れたと思ったら、そこは少年の家の玄関先だった。裕里子が訪れたときは一面田んぼが広がっていた同じ場所だった。夢の中ではそこは見知らぬ住宅街で、景色は一変していた。少年は裕里子に話しかけてきた。が、その途端、また別の場所に裕里子はいた。大池公園のベンチに座っていた。ときめきをもたらした少年の横顔を十七歳の裕里子は見つめていた。そして、先日、自分に近寄り、恋人のように接してきた彼が同じ場所に現れた。夢は目まぐるしく目の前に展開した。
 目覚めると、裕里子はベッドの上だった。見知らぬ部屋を見回してみる。意識が徐々に鮮明になってくる。家族の顔が自分を覗き込んでいた。
 裕里子は病室にいた。あのとき、倒れて意識をなくして救急車で搬送され、三日三晩生死の境をさまよった挙句、命は取り留めたのだと、姉から教えられた。
 夢から覚めた直後、裕里子は悟った。七歳、十七歳のときに出会った少年。そして先日、裕里子の前に現れ、一緒にヒマワリの種を撒いた彼。三浦正樹に間違いない。だが、彼は現世の人ではない、と魂はしきりにそう告げるのだ。

        *

 退院し、彼と約束を交わした再会の日。宝石箱からヒマワリをかたどったお気に入りのペンダントを携えて待ち合わせの場所に赴いた。
 夕日を反射して煌く金色のヒマワリのペンダントを見つめながら、ベンチに座って彼を待つ。
 ほどなくして彼は現れた。裕里子の隣に腰かけると、一度お互い笑みを交換して黙って池を望んだ。穏やかな時間を共有したあと、もう一度ペンダントに視線を移し、用意してきた想いを彼に告げた。
「お願いがあるの。私の二十七歳の誕生日にあなた自身の手でこれを首にかけてほしいの」
 ペンダントを手渡すと、裕里子は正面を向いて目を閉じた。映像が裕里子の意志を無視したかのように流れ始める。
 未来の光景が現れた。──彼は気づかれないように背後から近づき、首にそっとペンダントをかけた。──現世では決して叶わぬ恋人同士の甘い時間は、裕里子の胸を永遠に焦がし続けることだろう。
 裕里子は悟るのだった。彼は不憫な裕里子を慮って神様が使わしたのだと。
「運命の人!」
 裕里子は未来に向かってささやきかけた。