心は躍った。恋の訪れを心待ちに全てが今日、この瞬間のためだけにプロデュースされたかのように。
 鋭角に射し込む陽を受けて次第に影がのびる。斜光を浴びた目を細めながら池を望んだ。水面を掠めて渡る風が西へ時を見送ると同時に夕映えを迎えに出る。葉擦れを聞きながら薄らと暗がりを落とし始めた足元に視線を移した。
 陽子は人の気配を感じる度に反射的にそちらを向いた。園内の遊歩道沿いの街灯にも灯が入り、残照が今日の名残を惜しんでいた。
 待てど暮らせど彼は来ない。
 薄暮から夕闇へと移ろう時間を越えたとき、胸底深く凍てついた風がシクシクと疼きをもたらして吹いた。陽子は決心して立ち上がる。後ろ髪を引かれつつもベンチの傍を離れると、重い足取りで帰途に就いた。ついぞ訪れぬ恋心を置き去りにして。