丼に顔を突っ込み、ものの数分で啜り上げ、ダシを飲み干した私たちは店をあとにして駅へと向かう。夕方のクライマックスまでにまた落ち合うことにして、お互い一旦自宅に戻ることにした。
 駅への道すがら、異様に胸がざわめいてしようがない。さっき擦れ違った男性の影がチラついてどうしても脳裏から離れてくれない。
「どげんかしたとな?」
 敏感な彼女のセンサーが作動した。
「──さっき、擦れ違った人……」
「男か?」
「うん、白いポロシャツ……ブルージーンズの……」
「それが……?」
「──いいえ、まさか、ありえないわよね……」
 ボソッと口走り、自嘲した。
「何なんだ? じれってえ。ハッキリ言ってみんしゃい!」
 私は彼女の方を向いて「ん~ん~」と唸り出す。しばらくにらめっこして己の疑問をぶちまける。
「違うよね? ただ、あのときのいでたちと同じってだけ……だもの」
「あのとき……って? あのときか?」
「ええ」
「どのときの……あのときなんだ?」
 彼女は素っ頓狂な問いかけをたまにする。
「だから、中一の七月七日の……」
「ああ、名前も素性も知らぬ男に恋焦がれたトンマな女の子が泣いた、あのときか!」
「また、バカにする!」
「は~ん、なーるほど。あのときの彦星様かも、ってか? 男に飢えた妄想処女の願望というわけか……フムフム」
「ヴァージンなのはお互い様でしょうに! 彼氏に寄り添って夜景でも眺める……な~んてロマンティックな経験もないくせに、バーカ!」
 彼女の二の腕に軽くパンチを食らわしながら(ののし)る。
「知らぬは織姫ばかりなり……ウッシッシッ」
 彼女は得意げに言い放った。
「あんた、まさか……いつ!?」
 いやいや、そんなはずはない。コイツの所業は全てお見通しだ。男と二人っきりで会うなんてあり得ない。そんな状況に陥った途端、「どうしよう、助けて」と泣きついてくるのが落ちだ。彼女の性格を骨の髄まで知り尽くした私が言うのだから間違いあろうはずはない。親友に仕立て上げられ早六年、そのうち三年間、伊達や酔狂で同じ屋根の下で苦楽を共にしたわけではないのだ。
 ──ハッタリ言いやがって!
 私はしつこく視線を突き刺して「フンッ!」と鼻先であしらってやる。と、観念したらしく、天を仰いで大きく息を吸い込み、豪快に「あー!」と雄叫びを上げる。こちらに向き直り、ヘラヘラ笑いかけてくる。
「あのときの彦星様……とな?」
「へへへ……ちょっぴり……じゃないかって。違うよね」
 私は肩を(すく)める。
 ──そんなことあり得ない。
 ──会いたいと思う気持ちが、期待を生んだだけだ。
 自分に言い聞かせながら、思いを断ち切るように大股で歩を進めた。
 彼女の口から言葉が途切れた。だんまりを決め込んで私の横を渋い表情でついて来る。
 急に首根っこをつかまれた。私の体は巨大な力に抗えず180度方向転換を余儀なくされた。
「直感をバカにするもんじゃなかよ!」
 しげしげと彼女の顔を見上げると、物凄い形相の鬼が現れた。私をにらむ血走ったお目々が背筋に悪寒を走らせる。
「な、なに!」
「引き返すぞ!」
「どこに?」
()の地へ!」
 依然首根っこを押さえられ、私の体は否応なく彼女の意のままに操られた。
「いいよ。そこまでしなくても……」
「バッカヤロー! オメエにとって、今日が一世一代の晴れ舞台かもしれんのじゃ! 今を逃したら、オメエには一生訪れねえかもしれんだろうが!」
 有無も言わさぬ迫力で私は引きずられた。
「わ、わかったわよ……は、離して! 痛いってば!」
 ようやく魔手は外され、私は首をさすりながら素直に従った。