石礫を互いに無二の宝石へと磨き上げながら、同じ私立女子高へ進み、寮生活が始まった。しかも三年間同室で寝食を共にし、更に親密度が増すと共に、『いけ好かねえ』彼女の新たな側面をも垣間見ることとなる。お互い、悩みを打ち明け合うことはもちろん、何かと支え合い、助け合い、喜びも悲しみも幾年月、苦難も分かち合い、三年間を無事全うして、付属の女子大へとエスカレーター式に進学した。
*
二人にとって現在の最大の関心事、同時に悩みの種は男である。
──さもありなん。
女の園でオンナの酸いも甘いも知り尽くしたが、オトコには縁遠く、たぶん、免疫すら備わってはいまい。それは、彼女の男との接し方を見ていれば納得できる。
七夕の笹を見上げる彼女に視線を向ける。
長い脚にピタリと張りついた黒いスキニージーンズと黒地に真っ赤なバラ一輪が“スターキング”をたたえるように鮮やかに咲き誇るプリント柄のTシャツで体の線を、本人は無自覚なれどこれ見よがしに強調し、背筋をピンと伸ばし、完熟した果実をツンと突き出してモデル体型を見せつけながら、柳のしなやかさで優雅に歩く姿は、まさしく黒い女豹だ。時折、長い黒髪をかき上げる仕種も男を挑発するに足る妖艶さを放つのだけれど、男勝りの、竹を割って切り刻み過ぎてしまった性格が災いするのか、却って近寄り難さが漂ってしまうらしい。つまり、そこが男に縁遠い所以なのだろう。
これほどの美貌の持ち主なれど合コンで声をかけられても未だ進展に至った例はない。男どもが彼女に魅力を感じぬわけはない。痩身の肢体に腰当りの蜜蜂のくびれ、陸上競技で鍛え上げたる形良いヒップ、おまけに胸元の二つの“スターキング”は老若男女を問わずウットリさせる。申し分のないプロポーションをこれ見よがしに見せつけられても、誰一人異議を唱える者などいるはずもない。無表情かつ決して口を開かなければ、の条件つきで。何も為さぬなら、そこに静かに咲いてさえいれば、蜜の在りかを求めて蜂が群がるように自ずと男は吸い寄せられる。
彼女の唯一最大のコンプレックスが180[㎝]近い高身長であること。ほとんどの男を山頂から見下ろす。
他人には174.9[㎝]との自己申告の身長は、実は177.9[㎝]なのだが、四捨五入して大雑把に180[㎝]と私がつい口走るのを制していつも茶々を入れてくる。血相を変えながら、否定するのだ。それで私が「178[㎝]じゃん」と故意に冷やかしてやると激しく首を振って、「あくまでも177[㎝]台だ」と『.9』にこだわりたがる。3[㎝]以上サバを読むのはどうかと思うが、彼女なりの苦悩は理解してやらねばなるまい。
──ま、大目にみてやろう。
何とかそれを補うべく、身を縮こまらせながら「私ってスンゴク可愛いんだから」アピールが半端じゃない。表情を柔和に繕おうとして却って眉が引きつり、目元がシャープに形作られきつくなる。声音を変え、声帯から猫撫で声を借りてきても低音のハスキーボイスが災いし、一種異様なビブラートがかかり、薄気味悪い震え声になる。まるで、男性が女性の声音を装おっているような錯覚すらする。一層相手を興覚めさせてしまうのだ。しかも、真剣に相手と向き合おうとすればするほど、にらみを利かした目が怖い。傍から見れば、鬼の形相そのものである。これではいつまで経っても彼氏の一人もできはしまい。
『為せば成る為さねばならぬ何事も』は、彼女には当てはまらない。私は懸念して『為せば去る為さねば来る男ども』と彼女にいつも助言してやるのだが、全く聞く耳を持たない。彼女ときたら、「いやいや、今に虜にしてみせる」の一点張りで、吊り上がった眉を更に吊り上げ、自信たっぷりにニタニタと笑みを漏らすのみ。
そんな彼女の隣を、ショートカットでボーイッシュな155[㎝]の小粒な体躯の私が添う。
体の線をあまり強調したくない私は、白いTシャツの上に水色の薄手の半袖ブラウスを羽織り、風が吹く度、はだけた胸元から幼気な“アルプス乙女”が恥じらいながら覗く。下はブルーのルーズフィットジーンズに白いスニーカーといういでたちで、彼女の隣をゴムまりの弾力で飛び跳ねながら、常に彼女に手玉に取られ恰好の餌食となる。
かく言う私も似たり寄ったりの不器用者ときている。しかも、未だに彼の初恋の彦星様を慕いつつ、亡霊に取り憑かれたまま魂は救いを求めてさまよっている始末だ。いつの日か叶うことを夢見て。ゆえに、今後は突発的な事態に備えて、二人して女磨きに専心すべし、との結論に達した。だが、男抜きで女を磨くのは至難の業なのだ。男あっての女。また逆も然り、なのだと悟るに至る。
*
歩んで来た道程に思いを馳せながら、風に揺れる短冊をしみじみと見つめる。
中学の二年間は、毎年七月七日を待って想い出の場所へ赴き、彼の吐息に見立てた笹を揺らす微風を頬に浴びながら妄想を膨らませ、短冊を一枚一枚確認しては目に焼きついた筆跡を辿って彼の痕跡をさがすのだった。だがついぞ見つけることは叶わなかった。
高校の三年間は七夕祭りには一度も訪れなかった。部活や学校行事が丁度祭りの期間と重なってしまったのだ。中学三年の時以来だから、かれこれ四年ぶりということになる。
「ハラへった。メシ食いに行こう?」
感傷に浸りきって佇む私の暴走的妄想をかき乱して、“スターキング”の栽培者が腹をさすりながら顔を覗いてきた。
「色気なんて微塵もないのね」
「本能には敵わん。今は食い気」
私の目線の少し下辺りに実った“スターキング”に目は釘づけにされた。思わずため息が漏れ、己が“アルプス乙女”が激しく嫉妬する。
「かじってやりたいわ!」
「まあまあ、おぬしの“アルプス乙女”とて、かわゆい、かわゆい。味わい深いではないのかえ?」
「どういう意味よ?」
「好みは人それぞれよ。てのひらにスッポリとおさまりのいいのが好きな殿方だってこの世にはさがせばいるわいね」
「何よそれ、馬鹿にして!」
「こういうことだわよん……ウッシッシッ!」
彼女はニタニタ笑いながら私の背後に回ると、いきなり両の掌で私の健気な“アルプス乙女”を事もあろうか鷲づかみに揉み解す。
「キャー! ヤメテー!」
悲鳴と共に彼女の掌から“アルプス乙女”は転げ落ちた。私は思わず胸を両掌で防御する。やはり彼女より小さな己が掌でもスッポリおさまってしまう。泣きたくなるほど切ない。
「ん~、感度良好だな。自信ば持ちんしゃい!」
私は憮然として舌打ちしながらソッポを向くと、そのまま歩き出す。と、目の前に小学生の男の子が二人、行く手を塞ぐ。こちらを見て笑っている。
「何か……用?」
私が問いかけると二人は一層声高に笑い、いきなり指を差した。
「お姉ちゃん、かわいそうに」
「何のことよ?」
「“アルプス乙女”のおねえちゃ~ん!」
二人は顔を見合わせると同時に言い放った。
「ナ、ナニィ! この悪ガキどもが!」
悪ガキどもは尚も声高に囃し立てる。私は拳を振り上げながら威嚇する。と、彼女が両者の間に割り込んだ途端、悪ガキどもの歓声と共に拍手喝采の嵐が巻き起こった。彼女は悪ガキどもの前に仁王立ちで“スターキング”を突き出した。
「どうだ!」
「スッゲー! お見それしやしたー! ハハー!」
悪ガキどもは深く頭を垂れひれ伏すと、愉快そうに去って行った。
「“アルプス乙女”、“アルプス乙女”……ヤーイヤーイ!」
遠くからシュプレヒコールを上げる。
「テメエ、コノヤロー! セクハラで訴えたろかーっ!」
小学生にまで馬鹿にされるとは腹立たしいやら情けないやら、私は怒りの矛先を“スターキング”に向けた。激しくにらむ。
「まあまあ、そういうお年頃よ。許してやんな、アルプスのかわゆい乙女さんよ、へへへ……」
「あんたまで……バカにして!」
「バカになぞしてませんって。ただ……」
「ただ……何よ?」
「事実は変えられん、というこっちゃ! ワッハッハッ!」
彼女はあろうことか、私の乙女のプライドをツンツンと突っついた。
「ほっとけや!」
咄嗟に両掌で幼気な乙女をかばいながら、私は憤慨してサッサと歩を進める。
彼女は勝ち誇った顔で、あとからついて来た。
*
二人にとって現在の最大の関心事、同時に悩みの種は男である。
──さもありなん。
女の園でオンナの酸いも甘いも知り尽くしたが、オトコには縁遠く、たぶん、免疫すら備わってはいまい。それは、彼女の男との接し方を見ていれば納得できる。
七夕の笹を見上げる彼女に視線を向ける。
長い脚にピタリと張りついた黒いスキニージーンズと黒地に真っ赤なバラ一輪が“スターキング”をたたえるように鮮やかに咲き誇るプリント柄のTシャツで体の線を、本人は無自覚なれどこれ見よがしに強調し、背筋をピンと伸ばし、完熟した果実をツンと突き出してモデル体型を見せつけながら、柳のしなやかさで優雅に歩く姿は、まさしく黒い女豹だ。時折、長い黒髪をかき上げる仕種も男を挑発するに足る妖艶さを放つのだけれど、男勝りの、竹を割って切り刻み過ぎてしまった性格が災いするのか、却って近寄り難さが漂ってしまうらしい。つまり、そこが男に縁遠い所以なのだろう。
これほどの美貌の持ち主なれど合コンで声をかけられても未だ進展に至った例はない。男どもが彼女に魅力を感じぬわけはない。痩身の肢体に腰当りの蜜蜂のくびれ、陸上競技で鍛え上げたる形良いヒップ、おまけに胸元の二つの“スターキング”は老若男女を問わずウットリさせる。申し分のないプロポーションをこれ見よがしに見せつけられても、誰一人異議を唱える者などいるはずもない。無表情かつ決して口を開かなければ、の条件つきで。何も為さぬなら、そこに静かに咲いてさえいれば、蜜の在りかを求めて蜂が群がるように自ずと男は吸い寄せられる。
彼女の唯一最大のコンプレックスが180[㎝]近い高身長であること。ほとんどの男を山頂から見下ろす。
他人には174.9[㎝]との自己申告の身長は、実は177.9[㎝]なのだが、四捨五入して大雑把に180[㎝]と私がつい口走るのを制していつも茶々を入れてくる。血相を変えながら、否定するのだ。それで私が「178[㎝]じゃん」と故意に冷やかしてやると激しく首を振って、「あくまでも177[㎝]台だ」と『.9』にこだわりたがる。3[㎝]以上サバを読むのはどうかと思うが、彼女なりの苦悩は理解してやらねばなるまい。
──ま、大目にみてやろう。
何とかそれを補うべく、身を縮こまらせながら「私ってスンゴク可愛いんだから」アピールが半端じゃない。表情を柔和に繕おうとして却って眉が引きつり、目元がシャープに形作られきつくなる。声音を変え、声帯から猫撫で声を借りてきても低音のハスキーボイスが災いし、一種異様なビブラートがかかり、薄気味悪い震え声になる。まるで、男性が女性の声音を装おっているような錯覚すらする。一層相手を興覚めさせてしまうのだ。しかも、真剣に相手と向き合おうとすればするほど、にらみを利かした目が怖い。傍から見れば、鬼の形相そのものである。これではいつまで経っても彼氏の一人もできはしまい。
『為せば成る為さねばならぬ何事も』は、彼女には当てはまらない。私は懸念して『為せば去る為さねば来る男ども』と彼女にいつも助言してやるのだが、全く聞く耳を持たない。彼女ときたら、「いやいや、今に虜にしてみせる」の一点張りで、吊り上がった眉を更に吊り上げ、自信たっぷりにニタニタと笑みを漏らすのみ。
そんな彼女の隣を、ショートカットでボーイッシュな155[㎝]の小粒な体躯の私が添う。
体の線をあまり強調したくない私は、白いTシャツの上に水色の薄手の半袖ブラウスを羽織り、風が吹く度、はだけた胸元から幼気な“アルプス乙女”が恥じらいながら覗く。下はブルーのルーズフィットジーンズに白いスニーカーといういでたちで、彼女の隣をゴムまりの弾力で飛び跳ねながら、常に彼女に手玉に取られ恰好の餌食となる。
かく言う私も似たり寄ったりの不器用者ときている。しかも、未だに彼の初恋の彦星様を慕いつつ、亡霊に取り憑かれたまま魂は救いを求めてさまよっている始末だ。いつの日か叶うことを夢見て。ゆえに、今後は突発的な事態に備えて、二人して女磨きに専心すべし、との結論に達した。だが、男抜きで女を磨くのは至難の業なのだ。男あっての女。また逆も然り、なのだと悟るに至る。
*
歩んで来た道程に思いを馳せながら、風に揺れる短冊をしみじみと見つめる。
中学の二年間は、毎年七月七日を待って想い出の場所へ赴き、彼の吐息に見立てた笹を揺らす微風を頬に浴びながら妄想を膨らませ、短冊を一枚一枚確認しては目に焼きついた筆跡を辿って彼の痕跡をさがすのだった。だがついぞ見つけることは叶わなかった。
高校の三年間は七夕祭りには一度も訪れなかった。部活や学校行事が丁度祭りの期間と重なってしまったのだ。中学三年の時以来だから、かれこれ四年ぶりということになる。
「ハラへった。メシ食いに行こう?」
感傷に浸りきって佇む私の暴走的妄想をかき乱して、“スターキング”の栽培者が腹をさすりながら顔を覗いてきた。
「色気なんて微塵もないのね」
「本能には敵わん。今は食い気」
私の目線の少し下辺りに実った“スターキング”に目は釘づけにされた。思わずため息が漏れ、己が“アルプス乙女”が激しく嫉妬する。
「かじってやりたいわ!」
「まあまあ、おぬしの“アルプス乙女”とて、かわゆい、かわゆい。味わい深いではないのかえ?」
「どういう意味よ?」
「好みは人それぞれよ。てのひらにスッポリとおさまりのいいのが好きな殿方だってこの世にはさがせばいるわいね」
「何よそれ、馬鹿にして!」
「こういうことだわよん……ウッシッシッ!」
彼女はニタニタ笑いながら私の背後に回ると、いきなり両の掌で私の健気な“アルプス乙女”を事もあろうか鷲づかみに揉み解す。
「キャー! ヤメテー!」
悲鳴と共に彼女の掌から“アルプス乙女”は転げ落ちた。私は思わず胸を両掌で防御する。やはり彼女より小さな己が掌でもスッポリおさまってしまう。泣きたくなるほど切ない。
「ん~、感度良好だな。自信ば持ちんしゃい!」
私は憮然として舌打ちしながらソッポを向くと、そのまま歩き出す。と、目の前に小学生の男の子が二人、行く手を塞ぐ。こちらを見て笑っている。
「何か……用?」
私が問いかけると二人は一層声高に笑い、いきなり指を差した。
「お姉ちゃん、かわいそうに」
「何のことよ?」
「“アルプス乙女”のおねえちゃ~ん!」
二人は顔を見合わせると同時に言い放った。
「ナ、ナニィ! この悪ガキどもが!」
悪ガキどもは尚も声高に囃し立てる。私は拳を振り上げながら威嚇する。と、彼女が両者の間に割り込んだ途端、悪ガキどもの歓声と共に拍手喝采の嵐が巻き起こった。彼女は悪ガキどもの前に仁王立ちで“スターキング”を突き出した。
「どうだ!」
「スッゲー! お見それしやしたー! ハハー!」
悪ガキどもは深く頭を垂れひれ伏すと、愉快そうに去って行った。
「“アルプス乙女”、“アルプス乙女”……ヤーイヤーイ!」
遠くからシュプレヒコールを上げる。
「テメエ、コノヤロー! セクハラで訴えたろかーっ!」
小学生にまで馬鹿にされるとは腹立たしいやら情けないやら、私は怒りの矛先を“スターキング”に向けた。激しくにらむ。
「まあまあ、そういうお年頃よ。許してやんな、アルプスのかわゆい乙女さんよ、へへへ……」
「あんたまで……バカにして!」
「バカになぞしてませんって。ただ……」
「ただ……何よ?」
「事実は変えられん、というこっちゃ! ワッハッハッ!」
彼女はあろうことか、私の乙女のプライドをツンツンと突っついた。
「ほっとけや!」
咄嗟に両掌で幼気な乙女をかばいながら、私は憤慨してサッサと歩を進める。
彼女は勝ち誇った顔で、あとからついて来た。