翌日の放課後、「今日はヤボ用があるから帰るね」と私の後方の席から声をかけると、さっさと彼女は席を離れた。
「体調でも悪いの?」
 その背に向かって問うと、振り向きもせず右手を振って教室から消えた。
 彼女にしては珍しく部活まで休んでのヤボ用とは何か、頭を巡らせても思い当たらない。今日一日、別段変わった様子もなく、体調も優れぬ風でもなかった。
 私はすぐさま追いかける。四階から一階まで一気に階段を駆け下りた。
 丁度、下駄箱前で靴を履き替えたばかりの彼女の左腕を私の右手がつかまえると、上目遣いに目で問いかける。それだけで事足りる。最早言葉など不要。以心伝心、ツーと言えばカーの仲なのだから。
 彼女をとらえた私の右手を彼女の歯が噛んだ。
 その突飛な行為に思わず手を引っ込め、ひるんであとずさる。
「ビックリした!」
「じゃあな」
 彼女はニヒルに笑って(きびす)を返すと、私の前から小走りで去って行った。