その週末の早朝、自宅の呼び鈴が鳴った。
朝食を済ませたばかりの私が玄関のドアを開けると、キリンの首がぬうっとドアの隙間から割り込んで、「支度して。出かけるよ」といきなりけしかけた。
呆気にとられ目をパチクリしていると、「早くして!」と号令が下ったものだから、体は反射的に従って二人して外出したのだった。
「どこへ行くの?」
「彦星をさがしに」
咄嗟に足止めを食らった。『いけ好かねえ』背中をしばらく見送る。と、彼女は振り向き様引き返して私の手を取った。私は手を引かれ、強引に連れ去られた。
お手々つないで横目で彼女をうかがいつつ歩調を合わせていると、突然険しい眼光が放たれた。
「従姉をさがしてみる!」
有無も言わせぬ迫力で凄む。
その日、数少ない手がかりを元に私たちは彦星の従姉の家をさがしたのだ。
同じ中学の同窓生。現在、県立普通科高校(通称:ケンリツ)三年生。この二点以外手がかりはない。
目的の家を捜索中、彼女は、私の知らぬ間に、「任務を遂行していた」と明かした。
「──任務……?」
怪訝な顔を向け、殆ど無意識に問いかけた途端、いきなり物凄い険相で詰め寄って来たので思わずのけ反った。
顔面スレスレで一瞬冷淡な目つきを突き刺して舌打ちすると、視線を逸らしながら呆れ気味に首をゆっくり横に振る。最早こちらからは何も聞けなくなった。が、聞くまでもなく、彼女は自ら事の成り行きを語り始めた。
*
『いけ好かねえ』彼女は、三年前の、つまり現在の高校三年生が写った卒業アルバムをクラスメイトから入手すると、それを手がかりに聞き込みを開始していたのだ。入手経路は単純で、その年の卒業生に兄か姉を持つ生徒に当たればいいだけの話。まずクラスメイトにターゲットを絞り、片っ端から調べ上げるつもりでいたが、捜査開始直後、それに関してはすぐに判明したようだ。灯台下暗し。彼女の席から右斜め後ろに視線を滑らせると、まだあどけなさが抜け切らぬクラス一小柄で気弱でひょうきんな人気者。いつも女子にいじくられ可愛がられていたモンチッチ男子を、自らも手玉に取るだけで事足りた。「兄貴が“ケンリツ”の三年生だ」と呆気なく白状して後日アルバムを持参したのだった。因みにこの男子、現在身の丈190[㎝]の巨漢で柔道三段の猛者。大学ではアメフト部で活躍している。モンチッチからゴリラへと人類史上類稀な進化を遂げた。
まずは独力で任務を遂行していった。卒業生数百人のうち女子生徒のみ、写真と名前を照合しながら、目ぼしい人物を絞ってゆく。我がクラスを皮切りに、全学年全ての教室を回り、“ケンリツ”へ進学した卒業生を特定していった。
学区内の県立普通科高校といえば最も伝統のある“ケンリツ”以外には思い当たらぬ。他の県立普通科校とは格段の差で、伝統も格式も知名度もずば抜けていて、一番の名門だ。二番手は私立の共学で、“ケンリツ”からあぶれた者の受け皿となっていた。が、ここも中々の名門なので優秀な生徒が毎年集まる。とにかくこの二校の生徒の大半は我が校出身者で占められていた。だから“ケンリツ”と言えば他校を差し置いて、当該県立普通科高校を指す代名詞との暗黙の了解が我が校では罷り通っていた。
“ケンリツ”に絞っての捜索ゆえ、容易く見つかるのでは、との期待で事に当たったらしいのだが、我が中学からの“ケンリツ”への進学者は学区内随一で毎年七十名ほど。殊の外多い。それが難点だ、と漏らしながら、県内有数の進学校だから、勉強が得意そうな、分別臭さ漂う理屈っぽい優等生的な顔つきで判断したと言う。眼鏡は最大の判断ポイントだとも。彼女の独断と偏見で、それについては異論もないではない。いささか反論したいところだが、もちろんそういう立場ではないことぐらいわきまえていたので、口をつぐんで静観するに留めた。因みに、自分自身についてはどう思うか興味本位で問うてみると、「私はあんな優等生ぶった嫌味な顔はしてないわ」と自信たっぷりに突っぱねられた。誰も身のほどはわからぬものだ、とつくづく思う次第である。
目ぼしい人物を数人だけ特定するには至ったものの、予想通り、全て在校生の姉であり、しかもこちらの条件に添う者はない。つまり、県外に中一男子と小4女子の従弟妹はいなかった。
「あんたの姉以外の本校卒業生に、現在“ケンリツ”三年生の女子生徒をご存知ないかね?」
捜査の手を広げようと試みたものの、個人情報を聞き出す作業は困難を極めた。皆、口を揃えて「知らぬ、存ぜぬ」との返答しかなかった、などと彼女は嘆いた。
そこで彼女は、他力本願に救済を求めた。モンチッチを引き連れて“ケンリツ”へ自ら赴き、“兄貴”を呼び出させた。“兄貴”をも手玉に取る策に打って出たのだ。“兄貴”が校門に現れた途端、眼鏡を外し、上目遣いにて乙女の色香で迫りながら事情を説明すると、二つ返事で快諾し、情報を集めてもらう約束を取りつけた。数日後、モンチッチから極秘資料はまんまと彼女の手に渡る。
己が美貌に自信を深めたような口振りで語っていた彼女だが、それには疑問が残る。恐らく、弟の変てこなガールフレンドの希望を仕方なく聞いてやっただけ、全て兄弟愛の為せる業に過ぎないのだと私は疑わない。だが、またもや言及は避けた。不機嫌のとばっちりは御免被りたいから。
七十人ほどの中から三年女子生徒十一人分の『住所、氏名、電話番号』の情報がもたらされた。その内、明確に条件に符合しない者は三人。残り八人を調べ上げればいい。大収穫であろう。早速、片っ端から電話をかけ捲り、条件に符合する人物を特定していった。が、全滅。収穫なし。
絶望を味わった彼女だが、全くもってめげない。すぐに気を取り直すと、次なる手を模索する。と、担任教師に聞くことを思いつく。教師からの受けが良い彼女だから、担任も無下に拒絶はしなかったようだ。しかして、我が校出身、現在“ケンリツ”三年女子生徒全員、計三十二名の名簿を難なく入手できたのだ。何とも奇跡的だ。「初めからこの手で事を起こすべきであった」と述懐しながら、遠回りしたことに彼女は悔しさを滲ませ、こちらに向くと顔を顰める。
名簿を参照しながら十一人を除外した残り二十一人に連絡を取り、名を一人ずつ赤ペンで潰してゆく。この作業に、彼女は存外「ワクワクした」と漏らした。いささか興奮気味に語る横顔をそっと覗くと、頬が薄ら紅潮している。彼女の孤独で異様な作業風景を想像するにつけ、私は心の中で「変なヤツ」と呆れつつその精神状態を訝ったが、表情には決して出さない。私の学習能力はすこぶる高いのだった。
これで人物特定は百パーセント叶うものと確信したものの、その段階でもまたもや成果は芳しくはなく、結局連絡の取れなかった七人を残して今日を迎えたのだ。要するに、これからこの七人の自宅訪問との運びとなったわけだ。
*
広範囲を徒歩での巡礼なれど、予め地図にて所在地を突き止めておいてくれたので迷うこともないし、すんなり事は解決するに相違ないとお互い高を括っていた。
最初の四軒は難なくクリアした。条件にそぐわず、サッサと退散。
残り三軒、彼女は私を引き連れて、エッサッサ、エッサッサと家々を渡り歩いて励んだ。一軒一軒玄関先で家人に問うてみる。「お休みのところ、申し訳ありません」「お忙しいところ、恐縮です」彼女が、馬鹿丁寧に頭を垂れ、私もつられて彼女に倣う。好印象を与えたところを私は肘で小突かれ、すかさず要件を捲し立てる。
「隣県に、中学一年生の男の子と小学四年生の女の子の御兄妹の御親戚はいらっしゃいませんか?」
予め彼女が用意しておいてくれた定型文を暗唱したに過ぎない。道すがら、スラスラ言えるまで彼女の指導を受けた賜物で、無意識に口を衝いて出た。彼女は、何から何まで抜け目ないのだった。私は彼女の行動力に呆気にとられながら従っただけだ。
結果は……全滅。彼女の折角の行為も徒労に終わる。
仕方なく帰途に就くことにして、駅へ向かう。最早一駅たりとも歩きたくはない、との利害の一致を見た。拒否権を発動するに至る。
重い足を引きずりながら、彼女は渋い顔をした。
「三十二名全滅とは釈然とせん!」
強い口調で激しく首を横に振る。
「うん……」
相槌を打つ。
「何か見落としはないか!?」
「い……いいえ……」
鋭い目つきで迫る彼女の尋問にたじろいだ。と、彼女は視線を逸らすと、腕を組んでうつむき加減で首を捻りながら黙り込んだ。お互い無言のまま歩を進める。
私たちは、ヘトヘトに疲れ切った体を電車に引きずり込むと、座席にて事切れ、任務完了。
「全滅とは……まったく……わけ……わかんねえ……?」
彼女を見ると、また腕組みして考えあぐねた様子で何やらブツクサ独り言ちていた。
「よくやるわねえ……」
感心して思わず口を衝いて出た言葉が彼女の逆鱗に触れる羽目になる。
「信じられん。名前も住所も何にも明かさず別れるとは……普通、自己紹介ぐらいし合うだろうが。トンマ過ぎる!」
一喝された。
「な、なにもそこまで……何で、あんたが私の恋路に関わり合うのよ」
恐る恐る顔色をうかがいつつ言い放つ。と、彼女は急に体ごとこちらに向き直り、眉を引きつらせてにらむ。
「悲しむ姿をさらした悲劇のヒロイン気取りのヤツを見捨てられるか? そんな薄情な人間がどこの世界にいる? それが、親友というもんだろうが!」
かくして、私は『いけ好かねえ』ヤツの親友に仕立て上げられたのである。
朝食を済ませたばかりの私が玄関のドアを開けると、キリンの首がぬうっとドアの隙間から割り込んで、「支度して。出かけるよ」といきなりけしかけた。
呆気にとられ目をパチクリしていると、「早くして!」と号令が下ったものだから、体は反射的に従って二人して外出したのだった。
「どこへ行くの?」
「彦星をさがしに」
咄嗟に足止めを食らった。『いけ好かねえ』背中をしばらく見送る。と、彼女は振り向き様引き返して私の手を取った。私は手を引かれ、強引に連れ去られた。
お手々つないで横目で彼女をうかがいつつ歩調を合わせていると、突然険しい眼光が放たれた。
「従姉をさがしてみる!」
有無も言わせぬ迫力で凄む。
その日、数少ない手がかりを元に私たちは彦星の従姉の家をさがしたのだ。
同じ中学の同窓生。現在、県立普通科高校(通称:ケンリツ)三年生。この二点以外手がかりはない。
目的の家を捜索中、彼女は、私の知らぬ間に、「任務を遂行していた」と明かした。
「──任務……?」
怪訝な顔を向け、殆ど無意識に問いかけた途端、いきなり物凄い険相で詰め寄って来たので思わずのけ反った。
顔面スレスレで一瞬冷淡な目つきを突き刺して舌打ちすると、視線を逸らしながら呆れ気味に首をゆっくり横に振る。最早こちらからは何も聞けなくなった。が、聞くまでもなく、彼女は自ら事の成り行きを語り始めた。
*
『いけ好かねえ』彼女は、三年前の、つまり現在の高校三年生が写った卒業アルバムをクラスメイトから入手すると、それを手がかりに聞き込みを開始していたのだ。入手経路は単純で、その年の卒業生に兄か姉を持つ生徒に当たればいいだけの話。まずクラスメイトにターゲットを絞り、片っ端から調べ上げるつもりでいたが、捜査開始直後、それに関してはすぐに判明したようだ。灯台下暗し。彼女の席から右斜め後ろに視線を滑らせると、まだあどけなさが抜け切らぬクラス一小柄で気弱でひょうきんな人気者。いつも女子にいじくられ可愛がられていたモンチッチ男子を、自らも手玉に取るだけで事足りた。「兄貴が“ケンリツ”の三年生だ」と呆気なく白状して後日アルバムを持参したのだった。因みにこの男子、現在身の丈190[㎝]の巨漢で柔道三段の猛者。大学ではアメフト部で活躍している。モンチッチからゴリラへと人類史上類稀な進化を遂げた。
まずは独力で任務を遂行していった。卒業生数百人のうち女子生徒のみ、写真と名前を照合しながら、目ぼしい人物を絞ってゆく。我がクラスを皮切りに、全学年全ての教室を回り、“ケンリツ”へ進学した卒業生を特定していった。
学区内の県立普通科高校といえば最も伝統のある“ケンリツ”以外には思い当たらぬ。他の県立普通科校とは格段の差で、伝統も格式も知名度もずば抜けていて、一番の名門だ。二番手は私立の共学で、“ケンリツ”からあぶれた者の受け皿となっていた。が、ここも中々の名門なので優秀な生徒が毎年集まる。とにかくこの二校の生徒の大半は我が校出身者で占められていた。だから“ケンリツ”と言えば他校を差し置いて、当該県立普通科高校を指す代名詞との暗黙の了解が我が校では罷り通っていた。
“ケンリツ”に絞っての捜索ゆえ、容易く見つかるのでは、との期待で事に当たったらしいのだが、我が中学からの“ケンリツ”への進学者は学区内随一で毎年七十名ほど。殊の外多い。それが難点だ、と漏らしながら、県内有数の進学校だから、勉強が得意そうな、分別臭さ漂う理屈っぽい優等生的な顔つきで判断したと言う。眼鏡は最大の判断ポイントだとも。彼女の独断と偏見で、それについては異論もないではない。いささか反論したいところだが、もちろんそういう立場ではないことぐらいわきまえていたので、口をつぐんで静観するに留めた。因みに、自分自身についてはどう思うか興味本位で問うてみると、「私はあんな優等生ぶった嫌味な顔はしてないわ」と自信たっぷりに突っぱねられた。誰も身のほどはわからぬものだ、とつくづく思う次第である。
目ぼしい人物を数人だけ特定するには至ったものの、予想通り、全て在校生の姉であり、しかもこちらの条件に添う者はない。つまり、県外に中一男子と小4女子の従弟妹はいなかった。
「あんたの姉以外の本校卒業生に、現在“ケンリツ”三年生の女子生徒をご存知ないかね?」
捜査の手を広げようと試みたものの、個人情報を聞き出す作業は困難を極めた。皆、口を揃えて「知らぬ、存ぜぬ」との返答しかなかった、などと彼女は嘆いた。
そこで彼女は、他力本願に救済を求めた。モンチッチを引き連れて“ケンリツ”へ自ら赴き、“兄貴”を呼び出させた。“兄貴”をも手玉に取る策に打って出たのだ。“兄貴”が校門に現れた途端、眼鏡を外し、上目遣いにて乙女の色香で迫りながら事情を説明すると、二つ返事で快諾し、情報を集めてもらう約束を取りつけた。数日後、モンチッチから極秘資料はまんまと彼女の手に渡る。
己が美貌に自信を深めたような口振りで語っていた彼女だが、それには疑問が残る。恐らく、弟の変てこなガールフレンドの希望を仕方なく聞いてやっただけ、全て兄弟愛の為せる業に過ぎないのだと私は疑わない。だが、またもや言及は避けた。不機嫌のとばっちりは御免被りたいから。
七十人ほどの中から三年女子生徒十一人分の『住所、氏名、電話番号』の情報がもたらされた。その内、明確に条件に符合しない者は三人。残り八人を調べ上げればいい。大収穫であろう。早速、片っ端から電話をかけ捲り、条件に符合する人物を特定していった。が、全滅。収穫なし。
絶望を味わった彼女だが、全くもってめげない。すぐに気を取り直すと、次なる手を模索する。と、担任教師に聞くことを思いつく。教師からの受けが良い彼女だから、担任も無下に拒絶はしなかったようだ。しかして、我が校出身、現在“ケンリツ”三年女子生徒全員、計三十二名の名簿を難なく入手できたのだ。何とも奇跡的だ。「初めからこの手で事を起こすべきであった」と述懐しながら、遠回りしたことに彼女は悔しさを滲ませ、こちらに向くと顔を顰める。
名簿を参照しながら十一人を除外した残り二十一人に連絡を取り、名を一人ずつ赤ペンで潰してゆく。この作業に、彼女は存外「ワクワクした」と漏らした。いささか興奮気味に語る横顔をそっと覗くと、頬が薄ら紅潮している。彼女の孤独で異様な作業風景を想像するにつけ、私は心の中で「変なヤツ」と呆れつつその精神状態を訝ったが、表情には決して出さない。私の学習能力はすこぶる高いのだった。
これで人物特定は百パーセント叶うものと確信したものの、その段階でもまたもや成果は芳しくはなく、結局連絡の取れなかった七人を残して今日を迎えたのだ。要するに、これからこの七人の自宅訪問との運びとなったわけだ。
*
広範囲を徒歩での巡礼なれど、予め地図にて所在地を突き止めておいてくれたので迷うこともないし、すんなり事は解決するに相違ないとお互い高を括っていた。
最初の四軒は難なくクリアした。条件にそぐわず、サッサと退散。
残り三軒、彼女は私を引き連れて、エッサッサ、エッサッサと家々を渡り歩いて励んだ。一軒一軒玄関先で家人に問うてみる。「お休みのところ、申し訳ありません」「お忙しいところ、恐縮です」彼女が、馬鹿丁寧に頭を垂れ、私もつられて彼女に倣う。好印象を与えたところを私は肘で小突かれ、すかさず要件を捲し立てる。
「隣県に、中学一年生の男の子と小学四年生の女の子の御兄妹の御親戚はいらっしゃいませんか?」
予め彼女が用意しておいてくれた定型文を暗唱したに過ぎない。道すがら、スラスラ言えるまで彼女の指導を受けた賜物で、無意識に口を衝いて出た。彼女は、何から何まで抜け目ないのだった。私は彼女の行動力に呆気にとられながら従っただけだ。
結果は……全滅。彼女の折角の行為も徒労に終わる。
仕方なく帰途に就くことにして、駅へ向かう。最早一駅たりとも歩きたくはない、との利害の一致を見た。拒否権を発動するに至る。
重い足を引きずりながら、彼女は渋い顔をした。
「三十二名全滅とは釈然とせん!」
強い口調で激しく首を横に振る。
「うん……」
相槌を打つ。
「何か見落としはないか!?」
「い……いいえ……」
鋭い目つきで迫る彼女の尋問にたじろいだ。と、彼女は視線を逸らすと、腕を組んでうつむき加減で首を捻りながら黙り込んだ。お互い無言のまま歩を進める。
私たちは、ヘトヘトに疲れ切った体を電車に引きずり込むと、座席にて事切れ、任務完了。
「全滅とは……まったく……わけ……わかんねえ……?」
彼女を見ると、また腕組みして考えあぐねた様子で何やらブツクサ独り言ちていた。
「よくやるわねえ……」
感心して思わず口を衝いて出た言葉が彼女の逆鱗に触れる羽目になる。
「信じられん。名前も住所も何にも明かさず別れるとは……普通、自己紹介ぐらいし合うだろうが。トンマ過ぎる!」
一喝された。
「な、なにもそこまで……何で、あんたが私の恋路に関わり合うのよ」
恐る恐る顔色をうかがいつつ言い放つ。と、彼女は急に体ごとこちらに向き直り、眉を引きつらせてにらむ。
「悲しむ姿をさらした悲劇のヒロイン気取りのヤツを見捨てられるか? そんな薄情な人間がどこの世界にいる? それが、親友というもんだろうが!」
かくして、私は『いけ好かねえ』ヤツの親友に仕立て上げられたのである。