夏は嫌いだ。
なぜ、この国には四季があるのだろう。
いっそのこと、程良い気温のまま一年を過ごせるようになれば良いのに。
そう思い始めたのは春が過ぎたばかりの所謂初夏。
玄関を出て二歩目のことだった。
「藍、日焼け止めは塗ったか?」
「塗ったよ、行ってきまーす」
昨日と変わらず父親と同じやりとりをしては「龍野」の表札を横切り。
龍野藍/十五歳/高校一年/男。
「はぁ」
と小さく溜め息が溢れ、気温が日に日に上がることを体感しながらコンクリート製の通学路を歩き始める。
本日の空は、皮肉にも雲一つない青空から恐れ多くも日光様が直々に僕の肌を焼きに来ている。
ミーンミーンと鳴く蝉にも嫌気を感じながら、しばらく歩けば僕と同じ制服を着用した生徒たちが徐々に視界に入るようになってきた。
「おはよー」
「おはよー」
「見てこれ買ったんだ〜」
「えっ、超可愛いじゃん」
と、皆友達と合流してはこの暑さの中。笑みを浮かべ楽しそうに話をしている。
非っっっっっ情に羨ましい。
暑さの中僕は孤独でこんなにも苦しみながら、坂道を登り歩き続けているというのに。
「はぁ。まぁ」
まぁ、いつものことである。
次第に校舎が見え、「桜乱高校」と記されている校門が目に入ってくる。
初夏である今頃では皮肉にすら感じる名前だ。乱れる桜は花びら一枚すら残らず散ったと言うのに。
校門を抜けて校舎に入る手前。
変わらず主張の激しい太陽が肌を着実に焼いていることを感じつつ、校舎に入れば予想通り僕の肌は真っ赤になっていた。
「日焼け止めよ、仕事をしてくれ」
そう呟かずにはいられなかった。
日焼け止めはどこへやら。溜息が今日は尽きそうにないなと、そう思った。
そして水道で肌を冷やしていたらチャイムが鳴り響き、僕の遅刻は確固たるものになってしまった。
時は進み、昼休みの教室。
ちょうど昼食として購買で買ったサンドイッチを開封した時だった。
「ねぇ、藍くん。ちょっと悪いんだけど僕について来てくれる?」
そう爽やかに微笑む男子生徒が背後から声をかけてきた。
白銀の髪に、優しい瞳を持つ彼の名は月谷慎也。
未だに残る「スクールカースト」という暗黙の了解的な、抽象的概念において頂点に君臨している男子生徒様様である。
「うん、わかった」
そして場所は変わり体育館の2階。
「痛いし、もうそろそろやめてくれたりは?」
「うん、しないね」
笑顔でそう答える慎也。
それを聞いた別の男子生徒が待ってましたと言わんばかりの顔で。
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる男子生徒の回し蹴りを、二の腕部分に受けて僕は膝をついた。実は、慎也は僕を高校入学時から何故か虐めて来る男子生徒たちの主犯格である。
慎也は膝をついた僕の耳元で、
「今日はなんで遅刻したのかな?生意気じゃない?」
と言いながら再び立ち上がり僕の腹部へ蹴りを入れてくる。
「ぐっ」
うめき声をあげる僕を見ては集団になって笑う男子生徒たち。
それでも慎也は続く。
「まだ伸びないでね」
「……」
「え〜、無視?」
再び微笑む慎也の顔を見た瞬間、一瞬にして視界が黒く覆われた。
「ガッ?!……」
完全に背中が地面に付いて、鼻を抑える。
「慎也さん、流石に顔面はやばいですって」
「そうですよ、バレちゃいますって」
慌てる取り巻きたちの会話を聞きながら、僕の鼻からは血がポタポタと流れていた。
「あ〜……流石にやりすぎ?」
困り眉になりながら頬を指でポリポリとかいて取り巻きに聞く慎也。
続くようにあわあわしながら首を縦に振る取り巻きたち。
それを見て慎也は、僕の耳元でまた僕にだけ聞こえるぐらいの声で。
「階段から転げ落ちたってことにしておいてよ、良いでしょ?」
と再び微笑んで皆が階段を降りて行く。
最後に続く慎也は一歩降りて、
「ごめんね、藍くん」
とまた微笑みかけてくる。
そのまま降りていく様を見ながら、流石にニコニコされながらやられると腹が立ってくる。
が、実のところそこまで痛みは感じていない。
これは別に強がりなどではなく。
幼い頃から両親に武術等を英才教育という名目で外部講師なるものを雇っては学ばされていたため、本来なら反撃も当然の様にでき。この場面で言えば受け身等も問題なくこなせていた。
反撃をしないのは逆に怪我をさせてしまった場合に僕が怪我をするより大事になるためである。
そうとは知らず、楽しそうにしているのが先ほどの連中だ。
「にしても、鼻血止まらないな。どうしよ」
鼻から流れ出る血を手で拭いながら。
僕も体を起こして、次の授業の準備を行うために階段へと向かった。
体育館から出て、空を見上げると朝から一変。
雲が敷き詰められており太陽はもはや全く見えなくなっている。
雨降らないと良いけど、傘持って来てないし。
じゅるじゅる。そう僕の鼻から音がして。
やっぱり膝蹴りは偶然を装って避ければよかったなと、そう思う。
口呼吸になってしまうのがちょっと鬱陶しい。
「え、なにあれ」
「本当だ、凄いね……」
空を見上げているとどこからか女子たちの声がした。
目を向けると3人組の女子がこちらを見ている。
その中から黒髪ロングの女子生徒が、
「ちょっと、すごい怪我じゃない!」
と叫びながら駆け寄ってきた。
「え、え、君、大丈夫なの?どうしたらそんなに血が……」
「あ〜、階段から転げ落ちたんですよ」
そう問いかけてきた彼女は確か、隣のクラスの女子生徒だった気がする。
絡まれるのも面倒だし、適当に流して帰ってもらおう。
「もし心配してくれてるなら平気ですよ、これから保健室に行くところなので」
保健室。
これは学校中の怪我や病気を抱える生徒が集まる場所。
そして保健室の先生が帰宅すべき、又は病院へ診察を勧める場合は帰宅が可能なのだ。
つまり、そこには生徒教師共々保健室には信頼を置いている、ということになる。
このことから、この場合において言えば、この女子生徒に保健室の名を出せばその信頼から帰っていくことになる。
「そうなんだ、うん。そうだよね、その怪我だもんね」
「はい、なので僕の心配はせずに、次の授業の準備もあると思うので教室に戻った方が」
「んーん、心配だから私も一緒に保健室まで行くね」
「んんん???」
どうやら帰る気はないようだ。
何故だ。普通は「保健室行くなら平気だね、お大事にね」とかで済むはずなのに。
「いや、あの。僕一人でちゃんと行けるので」
「でも向かう最中に何かあるかもよ?また転んだりして悪化したらそれこそ大変じゃん?」
そう言い放った彼女は綺麗な顔をして微笑んでいた。
微笑む人たちに今日は縁があるようだ。
慎也に限っては毎平日そうだが。
あー、なんか。もう、面倒くさくなってきた。
「はぁ、わかりました。でも授業に遅れても僕のせいにしないくださいね」
「当たり前でしょ?私のことなんだと思ってるの?」
「んー……」
「え、もしかして私、面倒臭がられてる?」
「そんなことは」
と思わず視線を逸らす僕を見て、この女子生徒は疑うような目でこちらの顔を覗き込んでくる。
が、すぐ一歩下がって一息してから、
「それでも心配だから保健室の前までついて行くよ、つきっきりで中まで行くわけじゃないし文句はないでしょ?どうなの??」
この女子生徒、なんて圧が強いんだ。思わず、
「無いです……」
と反射的に言葉が出てしまった。
お手洗いにでも入って血が止まるのを待つつもりだったのに、どうしてこうなったんだ。
「じゃあ、私この人と保健室行ってくるから先教室戻ってて!」
振り返って友達へとそう告げた彼女は、「ほら、行くよ」と言わんばかりの目を向けてくる。
今回ばかりは初対面の女子生徒が目の前にいることもあり溜息を我慢しながら重い足を。
一歩、保健室へ向けて前へ踏み出した。
なぜ、この国には四季があるのだろう。
いっそのこと、程良い気温のまま一年を過ごせるようになれば良いのに。
そう思い始めたのは春が過ぎたばかりの所謂初夏。
玄関を出て二歩目のことだった。
「藍、日焼け止めは塗ったか?」
「塗ったよ、行ってきまーす」
昨日と変わらず父親と同じやりとりをしては「龍野」の表札を横切り。
龍野藍/十五歳/高校一年/男。
「はぁ」
と小さく溜め息が溢れ、気温が日に日に上がることを体感しながらコンクリート製の通学路を歩き始める。
本日の空は、皮肉にも雲一つない青空から恐れ多くも日光様が直々に僕の肌を焼きに来ている。
ミーンミーンと鳴く蝉にも嫌気を感じながら、しばらく歩けば僕と同じ制服を着用した生徒たちが徐々に視界に入るようになってきた。
「おはよー」
「おはよー」
「見てこれ買ったんだ〜」
「えっ、超可愛いじゃん」
と、皆友達と合流してはこの暑さの中。笑みを浮かべ楽しそうに話をしている。
非っっっっっ情に羨ましい。
暑さの中僕は孤独でこんなにも苦しみながら、坂道を登り歩き続けているというのに。
「はぁ。まぁ」
まぁ、いつものことである。
次第に校舎が見え、「桜乱高校」と記されている校門が目に入ってくる。
初夏である今頃では皮肉にすら感じる名前だ。乱れる桜は花びら一枚すら残らず散ったと言うのに。
校門を抜けて校舎に入る手前。
変わらず主張の激しい太陽が肌を着実に焼いていることを感じつつ、校舎に入れば予想通り僕の肌は真っ赤になっていた。
「日焼け止めよ、仕事をしてくれ」
そう呟かずにはいられなかった。
日焼け止めはどこへやら。溜息が今日は尽きそうにないなと、そう思った。
そして水道で肌を冷やしていたらチャイムが鳴り響き、僕の遅刻は確固たるものになってしまった。
時は進み、昼休みの教室。
ちょうど昼食として購買で買ったサンドイッチを開封した時だった。
「ねぇ、藍くん。ちょっと悪いんだけど僕について来てくれる?」
そう爽やかに微笑む男子生徒が背後から声をかけてきた。
白銀の髪に、優しい瞳を持つ彼の名は月谷慎也。
未だに残る「スクールカースト」という暗黙の了解的な、抽象的概念において頂点に君臨している男子生徒様様である。
「うん、わかった」
そして場所は変わり体育館の2階。
「痛いし、もうそろそろやめてくれたりは?」
「うん、しないね」
笑顔でそう答える慎也。
それを聞いた別の男子生徒が待ってましたと言わんばかりの顔で。
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる男子生徒の回し蹴りを、二の腕部分に受けて僕は膝をついた。実は、慎也は僕を高校入学時から何故か虐めて来る男子生徒たちの主犯格である。
慎也は膝をついた僕の耳元で、
「今日はなんで遅刻したのかな?生意気じゃない?」
と言いながら再び立ち上がり僕の腹部へ蹴りを入れてくる。
「ぐっ」
うめき声をあげる僕を見ては集団になって笑う男子生徒たち。
それでも慎也は続く。
「まだ伸びないでね」
「……」
「え〜、無視?」
再び微笑む慎也の顔を見た瞬間、一瞬にして視界が黒く覆われた。
「ガッ?!……」
完全に背中が地面に付いて、鼻を抑える。
「慎也さん、流石に顔面はやばいですって」
「そうですよ、バレちゃいますって」
慌てる取り巻きたちの会話を聞きながら、僕の鼻からは血がポタポタと流れていた。
「あ〜……流石にやりすぎ?」
困り眉になりながら頬を指でポリポリとかいて取り巻きに聞く慎也。
続くようにあわあわしながら首を縦に振る取り巻きたち。
それを見て慎也は、僕の耳元でまた僕にだけ聞こえるぐらいの声で。
「階段から転げ落ちたってことにしておいてよ、良いでしょ?」
と再び微笑んで皆が階段を降りて行く。
最後に続く慎也は一歩降りて、
「ごめんね、藍くん」
とまた微笑みかけてくる。
そのまま降りていく様を見ながら、流石にニコニコされながらやられると腹が立ってくる。
が、実のところそこまで痛みは感じていない。
これは別に強がりなどではなく。
幼い頃から両親に武術等を英才教育という名目で外部講師なるものを雇っては学ばされていたため、本来なら反撃も当然の様にでき。この場面で言えば受け身等も問題なくこなせていた。
反撃をしないのは逆に怪我をさせてしまった場合に僕が怪我をするより大事になるためである。
そうとは知らず、楽しそうにしているのが先ほどの連中だ。
「にしても、鼻血止まらないな。どうしよ」
鼻から流れ出る血を手で拭いながら。
僕も体を起こして、次の授業の準備を行うために階段へと向かった。
体育館から出て、空を見上げると朝から一変。
雲が敷き詰められており太陽はもはや全く見えなくなっている。
雨降らないと良いけど、傘持って来てないし。
じゅるじゅる。そう僕の鼻から音がして。
やっぱり膝蹴りは偶然を装って避ければよかったなと、そう思う。
口呼吸になってしまうのがちょっと鬱陶しい。
「え、なにあれ」
「本当だ、凄いね……」
空を見上げているとどこからか女子たちの声がした。
目を向けると3人組の女子がこちらを見ている。
その中から黒髪ロングの女子生徒が、
「ちょっと、すごい怪我じゃない!」
と叫びながら駆け寄ってきた。
「え、え、君、大丈夫なの?どうしたらそんなに血が……」
「あ〜、階段から転げ落ちたんですよ」
そう問いかけてきた彼女は確か、隣のクラスの女子生徒だった気がする。
絡まれるのも面倒だし、適当に流して帰ってもらおう。
「もし心配してくれてるなら平気ですよ、これから保健室に行くところなので」
保健室。
これは学校中の怪我や病気を抱える生徒が集まる場所。
そして保健室の先生が帰宅すべき、又は病院へ診察を勧める場合は帰宅が可能なのだ。
つまり、そこには生徒教師共々保健室には信頼を置いている、ということになる。
このことから、この場合において言えば、この女子生徒に保健室の名を出せばその信頼から帰っていくことになる。
「そうなんだ、うん。そうだよね、その怪我だもんね」
「はい、なので僕の心配はせずに、次の授業の準備もあると思うので教室に戻った方が」
「んーん、心配だから私も一緒に保健室まで行くね」
「んんん???」
どうやら帰る気はないようだ。
何故だ。普通は「保健室行くなら平気だね、お大事にね」とかで済むはずなのに。
「いや、あの。僕一人でちゃんと行けるので」
「でも向かう最中に何かあるかもよ?また転んだりして悪化したらそれこそ大変じゃん?」
そう言い放った彼女は綺麗な顔をして微笑んでいた。
微笑む人たちに今日は縁があるようだ。
慎也に限っては毎平日そうだが。
あー、なんか。もう、面倒くさくなってきた。
「はぁ、わかりました。でも授業に遅れても僕のせいにしないくださいね」
「当たり前でしょ?私のことなんだと思ってるの?」
「んー……」
「え、もしかして私、面倒臭がられてる?」
「そんなことは」
と思わず視線を逸らす僕を見て、この女子生徒は疑うような目でこちらの顔を覗き込んでくる。
が、すぐ一歩下がって一息してから、
「それでも心配だから保健室の前までついて行くよ、つきっきりで中まで行くわけじゃないし文句はないでしょ?どうなの??」
この女子生徒、なんて圧が強いんだ。思わず、
「無いです……」
と反射的に言葉が出てしまった。
お手洗いにでも入って血が止まるのを待つつもりだったのに、どうしてこうなったんだ。
「じゃあ、私この人と保健室行ってくるから先教室戻ってて!」
振り返って友達へとそう告げた彼女は、「ほら、行くよ」と言わんばかりの目を向けてくる。
今回ばかりは初対面の女子生徒が目の前にいることもあり溜息を我慢しながら重い足を。
一歩、保健室へ向けて前へ踏み出した。