翌日、予定より早くライブハウスの前に到着した私たち――私、久郎君、真理亜の三人は揃って困惑していた。家を出る前に藍吾君から不穏な連絡があったが、その連絡も「詳細は会った時に話すね」と締められていてその場の誰も何が起こったのか分からなかったからだ。
 
「遅れてごめん!」
 遠くから藍吾君の声がしたので振り返ると、珍しく気が動転した様子の藍吾君と、藍吾君の肩を借りて足を引きずる木屋君が到着したところだった。

「おい、何があったんだよ」
「僕と木屋は最寄駅が同じでしょ? 駅で待ち合わせしてたら振槍第二高校のやつらに会っちゃって。何故か分からないけど気がついたら喧嘩勃発って感じで」
「木屋、お前第二高とは手を切ったんじゃなかったのかよ」
「いやあ、そのはずだったんだけどなんか向こうに因縁つけられたんだって! 突然『何睨んでんだ』とか言われてさあ!」

 木屋君は「どこもかしこも痛えよ」と顔をしかめながら足をさすった。
 いつも元気な木屋君がここまで意気消沈しているのは珍しい。
「大丈夫?」
「もう傷だらけだよ」
「ええっ、病院行った方がいいんじゃない?」真理亜も眉をひそめる。
「いや、怪我は大したことないんだよ。傷ついたのは俺の信用さ。これはどんな凄腕外科医でも治せない」

 木屋君は痛々しく笑うが、隣の藍吾君は険しい顔をしている。不思議に思っていると、木屋君が久郎君と話している間に藍吾君が私に耳打ちした。

「他校と揉めたとなると、木屋を軽音部の部長にする話は厳しいかもね」
「ええっ」
「まあ、仕方ないよ。小瀬が生徒会長になった後で木屋を正式に任命したら、もしかしたら先生も納得するかもしれないけど……」
「そっか。久郎君に後押ししてもらえばいいんだ。私からも頼んでみる」
「優しいね、伊豆出さんは」

 藍吾君は呆れたように笑うと「じゃ、行こうか」と皆を連れ立って入口へ向かった。

 ライブハウスに入ったのは初めてだった。今日は下見と手続きのために訪れたので、ステージでは今晩使用すると思われる他の誰かの機材の準備が進められている。慣れない場所に緊張感はあるけれど、その緊張感はコンクールが始まる前のドキドキと似ている。自分の知っている感情を、きっと彼らも今同じように感じているであろうと思うと、同じ思いを共有できることがとても嬉しかった。
 久郎君と藍吾君がスタッフと打ち合わせを終えて、ステージを見ながら何やら相談していたのでそちらへ近寄ると、久郎君は「ん?」と私に顔を向けた。

「やっぱり現地に来ると、本格的に楽しみになるね」
「そうだな」
「お客さん、いっぱい入るといいね」
「おう」

 緊張のせいか、いつにも増して久郎君の口数は少ない。
 私は、伝えておかなければならない事があったのを思い出した。
 
「木屋君、他校と揉めたせいで部長になれないって落ち込んでるみたい。久郎君が背中を押してあげるのはどうかな」
「いや、木屋に部長は無理だ」
「えっ」
 昨日までと真逆の判断に戸惑う。
「喧嘩しちゃったから? でもすごく反省してるみたいだし……」
 木屋君は足に負担をかけたくないのか、他のメンバーがライブハウス内を自由に見学している間も隅の方で椅子に腰掛けずっとうなだれていた。いつも明るい男なだけに、しょげかえった姿は見ているだけで痛ましい。
 
「そういう問題じゃねえ。でも木屋は駄目だ」
「そんな事言ったらかわいそうだよ。久郎君からもよく話したらきっと……」
「もうこの話は終わりにしてくれ」

 いつの間にかステージで何やら確認していた藍吾君が久郎君を手招きしたのをきっかけに、私のお願いはあっけなく打ち切られてしまった。
 なにが起こっているんだろう。なんだか嫌な予感が私の胸をよぎった。