「ちょっと……何このいかにもな雰囲気のある断崖絶壁の上は……!」
断崖絶壁ではない。断崖絶壁だったら今頃私たちは断崖絶壁に張り付いているところよ。ちゃんと断崖絶壁のある絶壁の上の、地面よ。

「あの……!ビアンカさま……!あそこに誰かいます……!」
「え……っ!?まさかここに来て真犯人……!?それとも全ての黒幕!?待って!早まっちゃダメよ……!」
とにかく、止めねば!

断崖絶壁に向かって立つ人物に向かって叫べば、ふいにその人物がこちらを振り返る。

「え……嘘でしょう……?」
そこに、いたのは……!

『陛下!』
ついついアマリリスちゃんと一緒に叫んでしまったのは言うまでもない。

それは紛れもなく陛下。このグリーンエメラルド王国の国王陛下であった。

「どうして陛下がここに?」
まさか本当に全ての黒幕じゃないわよね。あ……待てよ……?

「陛下……お聞きしたいことがあります」
「……それは、何だ?」

姪っ子とは言えたかだか公爵令嬢の問いに怒るわけでもなく、陛下はそう返してくださる。

「その、アマリリスちゃんのことです!」
「わ、私ですか……?」
アマリリスちゃんも唐突すぎてびっくりしてるわね……。でも驚くのは……これからよ……!

「あの、お母さまから聞いたことがあるんです。陛下とお母さまには……その、異母妹がいたことがあると」
つまり、王妹殿下は2人いた。それも、陛下とお母さまとは母親の違う、王女。
しかもお母さまは……過去形で述べたのだ。

――――つまりは……既に故人と言うこと。

「ずっと気になっていました。普段から、あまり話題にも載らない方で、私もお母さまから少ししか聞いたことがありません。でも……陛下と、お母さまと同じ瞳の色をしていたのではないですか?」
グリーンエメラルド王国ではあるものの、それは『宝石出づる国』と言う意味だから色とは関係ないのだ。そして王族が代々受け継ぎ、私とお兄さまもお母さまから受け継いだのは、青い瞳。王太子は王妃さま似で瞳がエメラルドグリーンだが、王女殿下は青である。

「もしかしてその王妹殿下は……アマリリスちゃんのお母君なのではないかと思いまして」
「……えっ!?」
驚きで口がふさがらないアマリリスちゃん。

「お母さまからは……そのような話は一度も……」
でも……できなかったのではないだろうか。自分が王妹であることを知られたら、アマリリスちゃんに危険が及ぶ可能性だってある。

「根拠は?」
そして陛下ぎ厳かに問うてくる。

「陛下が……わざわざ男爵領までアマリリスちゃんを見舞ったと聞きまして」
普通両親をなくしたからといって、国王陛下がわざわざ一介の男爵令嬢を訪ねるだろうか?
そしてそうしたのは恐らく……アマリリスちゃんのお母さまの……お母さま。つまりはおばあさまの血筋が……爵位が低いか、平民。だからこそ、アマリリスちゃんのお母さまには後見がいなかった。だからこそ、秘密裏に、目立たぬところへ隠した。それでも平民として生きるには危険すぎるから、下位貴族ではあれど、男爵家に嫁がせた。だがしかし、王妹殿下は儚くなり、お父さままで、アマリリスちゃんな亡くした。そんなアマリリスちゃんの元に、遥か昔に勘当されたはずの叔母が押し寄せ、男爵家を我が物顔で乗っ取ろうとしたからこそ……陛下は叔母を捕らえさせ、自ら男爵領に赴き、ベラドンナを追い出した。そしてアマリリスちゃんを聖女として神官に見定めさせ、王都の学園にも通わせたのよ。――――ただ、アマリリスちゃんは学園で悪意に満ちたベラドンナと黒ずくめに殺されてアンデットとなってしまった。

「聖女の誕生の兆しを確かめにいっただけだ」
それは……そうかもだけど。聖女が目覚める予兆は、神殿から発表されるから。

「ですけど……アマリリスちゃんの叔母が作った借金も……アマリリスちゃんは聖女のお務めで返すつもりだったんでしょうが、それで本当に賄えるでしょうか?」
いくら聖女だからって、貴族の予算を賄えるほど稼げるわけではない。むしろ、聖女の給料は慈善事業だとか言われて削られることだってあるのだ。神殿め、許すまじ。

「陛下が……王妹殿下の娘のアマリリスちゃんのために、立て替えたのではないですか?」

「……そうか……そうとったか……。だが、国王である以上、もし仮にその娘の母親ぎ王妹だったとしても、俺がそれを立て替えることはあり得ない」
……ん?何かさっき、陛下の口調に違和感があった気がするのだが。

「アマリリス嬢の叔母については、自ら働かせて返させる」
「でも……亡くなったって……あ、まさか、アンデットですか」
「そうだな。罪人の一生の働きでも賄えない額だ。だからこそ、アンデットなら通常の人間よりも力があるし、稼げんだろ」
鬼畜――――……だけど、でもやったことがやったことだものね。因果応報……かしら。

「だからお前の予想は外れたな」
うぐ……っ。

「でも……真実なら、アマリリスちゃんが私の従姉妹だと認めて欲しいです」
「認めたところで、どうする?アマリリス嬢は既にアンデット。ピンクォーツ男爵家はお家断絶。全てが国庫に返還される」

「いるじゃないですか。そのピンクォーツ男爵家の縁者が。私たちが従姉妹なら、ローズサファイア公爵家ぎ縁者として、その土地を吸収することもできるのでは?」
もちろんそれには陛下の許可が必要だ。そしてピンクォーツ男爵夫人が何者であったのかの公表が。

「ローズサファイア公爵家が吸収してどうするつもりだ」
「アマリリスちゃんが、いつでも帰りたい時に、ピンクォーツ男爵領へ帰れるように、です」
その他にも、ご両親と過ごした思い出のつまった領主邸だってあるはずだ。

「……なるほど」

「アマリリスちゃんは、どう?」
「本当に……そうしていただけるのであれば、ありがたいですが……でも私はもうアンデットなので……領民のみなさんはいい顔をしないかも」
そ……その懸念があったか……。

「だけど……私がもし、男爵領の地を踏めなくても……ビアンカさまのご実家が守ってくださるのなら、こんなに嬉しいことはありません」

「……そうか……」
陛下はアマリリスちゃんの顔をじっとみると、顔を背けた。アマリリスちゃんも……お母さま似なのかしら……。そう言えば。陛下は違うけれど、私とアマリリスちゃんはどちらも赤毛である。

「なら、ローズサファイア公爵に、話しておこう」

「……はい。あと、陛下……もうひとつだけ……いいでしょうか?」
「……何だ?」

「陛下って……死霊術師(ネクロマンサー)……ですよね?」

「……それは……国家機密だ」
そう陛下が漏らした途端……視界が歪む。

「ちょ……っ、何これ……っ!?」

しかし次の瞬間には、私たちは本に囲まれた空間にいた。

「ここは……」
「事務所」
そう、トールが教えてくれる。そういやコイツ、陛下の前ではやけに無口だったわね。

「ねぇ……陛下とアンタってどういう関係なの?」

「どういう……?」

「その……似てるのよ」

「……」

「髪の色も黒っぽい……瞳の色は違うけど……話し方とか、似てるし」
いつもの国王陛下らしい話し方でもなかった……あの口調は……。

「知りたいの?」

「あ、当たり前じゃないの……!先に告ってきたの、そっちよ!?」
「確かに」

「添い遂げようとか言ってきたのアンタでしょ!?隠し事ばかりする人とは添い遂げるのは考えさせていただきます……!」
「それはダメだ……!」
「それなら……っ!」

「……あの、私、お邪魔でしたら……外に……」
ひゃーっ!?アマリリスちゃんが戸惑ってた――――っ!!

「いや、別にいい」
トールが……そう言うのなら。

「一緒に聞きましょ。だって私たち、従姉妹だし」
友だち以上に深い関係になってしまったから、なおさら。
「はい、ビアンカさま……!」

「俺は……先王の庶子だ」

『え――――――――っ!!?』
想像していた答えとちょっとずれていたその答えに、貴族令嬢であることを、忘れてアマリリスちゃんと叫んでしまった。

「……んなに大声出すなよ」
「あはは……ごめん、ごめん」

「先王は……アマリリスの母親と同じように、身分の低い女に手を出していた」
あれ?今トール……アマリリスちゃんのことを名前で……?

「その目的は……影の傭兵を作ること。それもただの傭兵じゃない。黒魔法を自在に操るアンデットの兵士。アンデットなら、筋力も魔法もストッパーから解き放たれた強力な力を発揮し、もう死なないからこそ何度だって蘇る。残念ながらアマリリスの母親は身体が弱かったから、捨てられるようにして放って置かれた。……まぁ、秘密裏にローズサファイア公爵夫人が保護してたがな」
お母さまが……。そしてだからこそ、お母さまはアマリリスちゃんのお母さまの話を……私にしてくれたんだ。

「だが一方で、多くの血が流れたのも事実。そして遂に先王の最高傑作として生まれたのが俺だよ」
トールが……?

「あれ、でもそうならトールは……」
アンデットなのではないか。

「一度アンデットにされたよ。肉体はガキなのに大人の身体にさせられ、後は先王のやりたい放題、裏の仕事をやらされた」
それが何なのか……分からないはずがない。

「それに業を煮やしたのが、陛下だ。陛下は……先王が抱えていたどの死霊術師や黒魔法使いよりも強かった。俺に全てを押し付けて堕落を貪っていた先王たちを、いつの間にか追い越していた。だからこそ、全てを終わらせて自分が王位に就いたんだ」
先王の時代にそんなことがあったのね……。歴史では習わない、この国の秘匿された真実。

そして、陛下は自らも黒魔法使いで、死霊魔法も使えたから、適切に黒魔法使いや死霊魔法使いを管理するシステムを作った。それが魔法解剖医の正体だ。

そして解剖医たちの下には、見習いや部下の黒魔法使いたち、死霊魔法使いたちがいる。

「それから陛下は……俺を、蘇生させた」
「蘇生……?元々アンデットなのに……アンデット蘇生?」
「いや……生きている人間に……蘇生させたんだ」
「はい……っ!?できるの……!?」

「……陛下の母親……故王太后が特殊な方でな……代々黒魔法を生業としてきた一族の血を引いていた。先王はその技術と黒魔法使いの確保のために結婚したらしいが……故王太后は何を考えたのか、陛下を立派な黒魔法、死霊魔法使いに育てるし」
……だから陛下は黒魔法や死霊魔法を扱えるようになったのね。

「一子相伝の、蘇生魔法を授けた。陛下はそれを俺に使ったんだ。だから俺は生き返った。だが……この術はおいそれと使えるものじゃない。魔力も膨大な量を持ってかれるし……生身の肉体の再構築のために年数もかかる。あとは冥界の神に認められなければ、使った術師は冥界に引きずり込まれる」
ひぃっ!?

「陛下はその危険を犯してまで俺を助けたんだ……まぁ、途中で予期せず見られたらしいが」
「み、見られた……?」

「でもま、無事に死霊魔法の才覚満載でうちの国に引き取れたからいいか」
ちょま……うちの国に引き取れて……再起……死霊魔法の才覚満載ってアリアさまじゃない――――っ!アリアさまが昔見たって言うのは陛下の死霊魔法~~~~っ!!

「まぁそんなわけで、俺もその蘇生魔法は受け継いでいるが……お前は望むか?アマリリス」
そうだ……!その話が本当なら、トールはアマリリスちゃんも蘇生することができる。対価は重たい。もしかしたら冥界の神に……いや、トールなら大丈夫そうな気はするけど。

「いえ……私は……今のこの身体が気に入っていますから……!」
そう、まっすぐな瞳でトールを見上げるアマリリスちゃん。

「それに、私のあの身体なんですが……ベラドンナが初めてじゃないんです」
「……と、言うと……?」

「何度も何度も、私じゃない何かが私の中に入って来ようとする。私を私じゃなくさせようとする……果てはベラドンナに殺されて無理矢理乗っ取られましたが……」
こ……恐いわね……それ。それともアマリリスちゃんをヒロインちゃんとして攻略しにきた憑依型ヒロインたち~~……?いや、そんなまさかね。解剖医が断罪現場にいる攻略モノなんてあるわけないじゃない。

「この身体は、静かで、私が私でいられるので!」
それでも……アマリリスちゃんはその身体になって、もう二度と自分じゃない誰かに脅えることはないのね。

「たりめぇだ。俺が自ら作ったアンデットホムンクルスだぞ?そうやすやすと乗っ取らせるわきゃぁねぇ」
もしかして……トールはそのためにアマリリスちゃんの魂をこの身体に……?でも、魂の選択はできないはずなのでは……。

「俺は色々とチートなの。何たってアンデット歴があるからね」
私の考えを読んだようにニィッと笑うトール。

「ほんとね」
クスクスと、自然と笑みがこぼれる。穏やかな魔法解剖医の事務所に……お兄さまが乗り込んできたのはそんな頃で。

「うわあぁぁぁぁぁぁ――――――――んっ!!!ビアンカあぁぁぁぁっ!陛下が、陛下がぁっ!」
「ちょ、どしたのよ、お兄さま!陛下に何かあったの……!?」
蘇生魔法まで使っちゃう陛下よ!?
偽物の影さんまでアンデットにしてしまった陛下……!いや、実際に片付けたのは本物の影さんたちなのだが……アンデットにして牢屋にぶちこみ罪を償うまで働くよう命じたのは陛下らしい。
トールから聞いたのだけど……トールったら情報早いわね。独自の情報網か何かかしら……?
ベラドンナの方はアリアさまが命じたらしいけれど。
――――――とは言え、お兄さまは何をそんなに急いで……。

「ハァハァ……陛下がビアンカの婚約を認めたって……」
「はぁ?私が誰と……」
「……トール・ブラッドストーン」
「……トール!?」

「そうそう、俺。俺の運命のおひとって言ったら賛成してくれてねぇ」
陛下もブラコンかい……っ!いや……血筋的にはコイツは王弟。公爵令嬢を娶る分には家格も釣り合っているし、魔法解剖医と言う国家公務員でもある。

「俺はビアンカと添い遂げるよ」
さらりと言ってくるトール。
「しょうがないわね」
そう微笑めば、バックでお兄さまが崩れ落ちる声が聞こえたのだが……お兄さまは早く、結婚してほしいと切に思った。

その後私たちは結婚し、アマリリスちゃんはトールの秘書を務めているのだが。

「新婚旅行先はどこがいいだろうか?」
ふと、トールが。

「旧ピンクォーツ男爵領はどうかしら?」
ローズサファイア公爵領に併合されたかの地は、故男爵夫人の身分が明かされたものの、アマリリスちゃんがアンデットとしてまだこの地上にいることは内緒だから……。お家断絶となったものの、姉である私のお母さまが妹のためにとその領地を引き受けたかたちで公爵領に併合されたことに、領民たちの不満はなく、むしろ感謝されまくっているらしい。

「アマリリスちゃんも久々の故郷を楽しめるし……でも……顔はさすがに隠した方がいいかしら……?」
「闇魔法で姿を変えりゃぁいい」
うちの旦那さまがオールマイティーすぎるのだけども。

「じゃぁ、決まりね」

――――しかし、変装したアマリリスちゃんの正体を旧ピンクォーツ男爵領を守ってきた代官の家令にはすぐに見破られてしまった。

彼は今もなお、この旧ピンクォーツ男爵領を任されている……のは言いとして……!

こっそりとアマリリスちゃんとの再会の時を楽しんでもらったのは……余談である。


【完】