――――――王城・パーティーホール

「ビアンカ・ローズサファイア公爵令嬢!この私、グリーンエメラルド王国王太子ベリル・グリーンエメラルドは貴様との婚約を破棄する!」
そう豪語しながら告げたのは、金髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ絶世の美人……なのだが。

「ちょぉ……っ、ちょっと待ってくださる!?」
これはお決まりの異世界転生……であることをたった今思い出した。元地球人日本人なド庶民。でも今生ではなんと公爵令嬢よ!そう……公爵令嬢なのだ。だから私はいかにもーな婚約破棄断罪される悪役令嬢・ビアンカ・ローズサファイア。

「で……でもまず言わせて欲しいのです!」
こ、これだけは……!
「フン……っ、何をだ。また下らない嫉妬の妄言ではあるまいな」
カーッ!ムーカッつく~~っ!顔だけはいいのが特に嫌。いや、王太子の遺伝元の王妃さまは女神なようだと思ってるけれど。

「何でグリーンエメラルドなのよ!色合い的には違うけれども色の種類的には被ると思うんだけど!むしろエメラルドグリーンじゃあかんかったんかいっ!!」
「グリーンエメラルド王国とは、『宝石、出づる国』と言う意味だ。エメラルドグリーンでは断じてない……!しかし今日の君は、よく分からないことを言ってくるな……」
「……ぐっ」
ツッコまれてしまった~~!
けど、気になるじゃないグリーンエメラルドおぉぉっ!王太子は王妃さまの血で瞳はエメラルドグリーンだけど、この国の王族の瞳は元々は青なのよ……!そこもツッコミどころ~~っ!

「よく分からないと言えば……その、私もどうして王太子殿下から婚約破棄されなくてはならないのか全く分からないわ!」
「何故……だと!?決まっているではないか!そこでうつ伏せに倒れている聖女・アマリリス・ピンクォーツ男爵令嬢の死体が全てを物語っている……!」
「そ……それは……っ」
私は王太子が指差した先を見やる。そこには……ピンク色の髪を持ち、ドレスを着飾ったひとりの令嬢が……倒れていた。そう……倒れて、ピクリとも動かない。

「まさか……本当に死んでいるとでもいうの?」
この子……明らかにヒロインよね?性質的にも見た目的にもヒロインちゃんよね!?しかも聖女……っ!この選ばれし感満載な設定てんこ盛り~~っ!なのに、何で!登場したしょっぱなから死んでるのよおぉぉ~~~~っ!それも私のすぐそばでぇ……っ!!
普通は王太子殿下がぎゅっと抱き締めているもんじゃないの……!?何でもう死んでるのよ状況がおかしいいぃぃっ!!!

「何を白々しいことを……!君が殺したんだろう……!」
「え、えぇ……っ、私が!!?」
そりゃぁ前世の記憶を思い出して気が動転してる気はするけど。記憶が色々とごちゃ混ぜ状態なのだけど!?……えぇ……?マジで?私が犯人!?まさかの悪役令嬢が犯人んんんんっ!

何これ断罪以前に、悪役令嬢の華麗なる逆ざまぁする以前に殺人犯してるんですけど私ぃっ!

そして全く身に覚えないわよ何なのこの状況はぁっ!!

さらに断罪現場で既に死んでるヒロインちゃんのゲームも小説も知らんんあぁぁっ!
それでなくても、知らないわ。だって……だってこの断罪現場には……。

ふわっと黒い白衣はためかせながら、ドクタードラマの歴戦の主演のように歩いてくるのは……。
いや、黒い白衣ならもはや白衣じゃなくて黒衣じゃない。
なお、服のデザインは白衣と同じである。

「……え、誰?」
ついつい、ツッコんだのだが。
「誰って、このような断罪の場だ。来るのは魔法解剖医に決まっているだろう……!」
き……決まってるって……そうなの!?初耳、初見、初診なのだけど!

「ま……まほ……?か、解剖医は、分かるけど……何で頭に『魔法』が付いているのよ」

「はんっ、王太子妃教育もまともにしない、公務もまともにしない君だから、そんなことも知らないのだ」
「いやぁ、だって……私……」

「彼らは元は解剖医。それゆえに通常の解剖もするが、魔法を使った魔法解剖、拷問解剖も行うのだ!」

「ちょま……っ、魔法解剖は分かったわよ。でも最後の何?拷問解剖ってちょ、恐……っ!一体何する気よ、それ!」

「ふん、悪女の君らしいな」
「私悪女なの?悪女ポジなのマジかよ。悪役令嬢?まぁ……その、イメージ的にはあり得るけども」

「あぁ……そんなことまで認識していないなんて……まごうことなき悪役だ」
「はいはい、悪女でも悪役令嬢でもいいから、結局拷問解剖って何?」
そりゃぁ前世の記憶を取り戻す前の私は……王族貴族が通わされる学校の2年の頃から急に王太子や高位令息を侍らし始めたアマリリスちゃんに、今まで以上にアタリがきつかったと思う。

因みに今はみんな卒業して、20歳前後である。
でも……やっぱ拷問解剖って何よそれ……!?
断罪現場に魔法解剖医がいる原作なんて全く知らないからあああぁぁ……っ!

しかし、その時。

「え……興味があるのか……?あなたは……、いや……君はまごうことなき俺の同志です」
「……は?」
いつの間にか魔法解剖医が私の目の前で、私の手を握ってるうぅぅ!?
黒髪黒目、全身黒ずくめな魔法解剖医は……顔立ちだけは整っているのだが……ぶっちゃけ不気味。

「あぁ、初めて理解者に出会えた……!」
「いや、理解はしていないかと……」
思うのだが、何か断りづらいわね。

「俺……こんな魔法解剖医だから……色んな令嬢に血飛沫を浴びたエプロン姿を見られただけで悲鳴を上げて恐がられて……逃げられて。でも君は違うんだね……!」
「はい?」
いや
そりゃぁ血の染み込んだエプロン見たらみんな逃げるでしょうよ……!そして解剖医ってそんなに血ぃ浴びるの!?は……っ、まさか……拷問解剖~~~~っ!!?

――――――っと、考え事してたらいつの間にか彼の顔が真ん前に……!?

「それに……とても美しい……!」
「えーと……。何これ、口説いてるの?あなた。一応礼は言わせてもらうわ、ありがとう」
まぁ、確かに私、ビアンカ・ローズサファイアは流れるような赤髪に、お母さま譲りの青い瞳を持つとびっきりの美人よ。ただしツリ目、悪役顔似合いすぎの悪の女王さま風ですけど……!?でも陛下はお母さまにそっくりってめっちゃ褒めてくださったもの……!

「……と言うかその、アマリリスちゃんはそのままでいいのかしら。てか何でこの場に魔法解剖医がいるわけ?」

「はん、何も知らぬのだな、君は」
「んー、言い方がちょっとイラっとくるけど聞きましょうか?」
王太子の言葉に仕方なくそう答えれば。

「拷問解剖しようか?」
「何でそーなんのっ!」
この魔法解剖医は……っ!思考が物騒すぎる……っ!

「昨今の婚約破棄&断罪劇ブームは……」
「ブームなの?この世界、婚約破棄と断罪劇流行ってんの?」

「時には捜査機関を抱える騎士団、近衛騎士団、聖騎士団をも当事者になるのだら」
「あー……うん?」
3種類もあってヤバイが、一応それぞれに管轄の捜査区域があるのだ。近衛騎士団が王族、城関係、聖騎士団は神殿関係。あと全部、騎士団。

「だからこそ、この断罪ブームに一切乗らない魔法解剖医が、断罪劇が行われた現場に真っ先に駆け付け、断罪の原因を究明するのだ」
「いや、それで何で魔法解剖医……」
――――が、抜擢されるわけ?

「リア充爆死しろおおぉぉぉ――――――――……っ!」
――――モテないのか。そうか、魔法解剖医。
つまり婚約破棄、断罪劇からも一線を引いていると。まぁ魔法解剖医が断罪劇に出てくるなんて……前世のエンターテイメントでも皆無だったわよ。

「私もこうして、君に婚約破棄を告げた」
「あ――……そのことなんだけども」

「これも断罪劇だからな。魔法解剖医も真っ先に駆け付けると言うもの」
「いや、聞けよ」

「そして私は婚約を破棄させてもらう……!この原因を……魔法解剖医が解明するのだ……!分かりきっているがな」
「いや、なら良くない?魔法解剖医もそんなにヒマじゃないんじゃ……」
魔法解剖医を見やれば。

「うん、国内に200人くらいしかいないし……忙しいんだけど……」
「忙しいんだけど?」
王命だから?王命入ってるのかしら。だってこのグリーンエメラルド王国は絶対王政なの。

「でもこう言う現場はウキウキワクワクする……!」
「ミーハーかよ、大好きかよ断罪もの……!」
「そして死体があればなおのことよ~~~~し……っ!」
「いや、よしなんかいそれえぇぇっ!」
今回の断罪現場もまさかの死体あり。死体ありなのよね、魔法解剖医が大喜び。

「あ……申し遅れました。魔法解剖医のトール・ブラッドストーンです」
「ほんと今さらね……!?あ、でもお名刺は頂戴します」
何か……黒いカードに金色で名前と赤いバラが描かれている。
妙にここだけおしゃれね……!?

「あー、とにかくよ。アマリリスちゃんを何とかしないと……」
「その前にビアンカ嬢、私との断罪劇と途中だが?」
「断罪劇のチケットなんて買ってももらってもいませんけど……っ!?」

「……あの……!俺も……いや、私もビアンカ・ローズサファイア公爵令嬢との婚約を破棄したい!」
そう告げたのは銀髪にマゼンタのメッシュの入った派手な髪、緑の瞳を持つメガネッコである。
「……え、誰?」
「拷問解剖する?」
「いや、アンタどんだけ拷問解剖したいの、やめなさいよ。と、トールさま?」
「トールでいいよ、ビアンカ」
どいつもこいつも馴れ馴れしいなおい。

「あーうん、トール」
ことがややこしくなりそうだし、今はいい。

「それよりも誰よあなた」
むしろこんな派手なひと、見かけたら忘れないと思うのだが……残念ながら私の……ビアンカの眼中には収まっていなかったのよね。……残念ながら。

「そうだぞ。断罪劇に於いては自分自身の名乗りも非常に重要なのだ」
そこじゃねぇよ。王太子殿下は一体何の指南をしているのよ。

「申し遅れました!」
「うん、遅れたも何も誰よアンタ」

「アゲート伯爵令息、ミシェル・アゲート。騎士団長の息子です……!」

「あ――……、ヒロインちゃんからしたらテンプレの攻略対象よね。でも伯爵令息……は、公爵令嬢とは婚約できないと思うわよ」
よっぽどのことがなければ。

「そんな……っ、あれだけ俺の心をもてあそんでおいて、伯爵令息だからと切り捨てると言うことですか!?」
「いやそもそも切り捨てる前に拾ってないわよ!それからいつ私があなたの心をもてあそんだのよ、それぶっちゃけあなたたちを侍らせていたアマリリスちゃんじゃないの!?」

「何て悪女なんだ……さすがに言葉を失ったよ」
「いや、何でこう次から次へと出てくんのよ。第3の男。でもあなたは知ってるわ。ヴィンセント・ホーリーストーン公爵令息。聖騎士よね」
オレンジの髪に深紫の瞳の青年である。しかしその瞬間。

「聖騎士リア充ぶちのめす呪ってやるうぅぅぅぅ――――――――っ!」
「いや、やめなさいよトール!」
何で聖騎士ワードに目ぇ血走らせてんのこの人は!

「な……なんて、ことを……っ」
何故か跪いて崩れ落ちるヴィンセント。

「ぼくの口上がぁぁっ!とられたぁぁっ!!」
「え……?その、そんなにやりたかったの?その……ごめんなさい。ついついスキップ機能使おうとしちゃったからよね……でもちょっと面倒くさくなってるの私。だってあなたは3人目」
「ぼくだって、第1にしたかったのに……でも、王太子殿下の立場は立てなくてはならない……っ」
ヴィンセントが悔しげに顔を歪める。

「あぁ、順番守ったのね。偉い、偉……あれ?あなた確か伯爵令息よね」
私はハッとしてミシェルを見やる。

「あ……っ」
次の瞬間顔が青くなるミシェル。そしてぐわりとミシェルを寝目付けるヴィンセント~~っ!

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいヴィンセントさまぁ~~っ!」
断罪劇の最中、発言する順番を間違えると言うまさかの失態に、ミシェルは平謝りである。断罪劇も……ただやればいいってもんじゃない。家格順にしゃべらなくてはならないなんて……今、学んだわ。

「まぁ、そんなに気を落とすな、ヴィンセント」
と、ここで華麗に切り出す王太子殿下。あのー、あなたはこの断罪劇の案内人か何かなのかしら。さっきから気遣いがすごいわね。気遣いされる側なのに。

「もう一度……口上を述べればいい」
「でん……かっ」
王太子殿下に両手で手を握って見つめられるヴィンセント。何この2人の熱い友情みたいなシーンは……っ!?
今よく分からない断罪劇の最中ですけど……!

「では、改めてビアンカ・ローズサファイア公爵令嬢!」
「あー、はい。ヴィンセント・ホーリーストーン公爵令息」

「がはぁっ!また口上を……」
「あ、ごめんなさい、つい」

「こら、ビアンカ嬢!ちゃんと彼の口上を聞きたまえ!」
「いや、何の拷問だよこれ」
「拷問……っ」
ひっ。ついつい口から滑り落ちた言葉に、拷問解剖大好き魔法解剖医が食い付いてしまったぁっ!!

「いや、今はヴィンセント・ホーリーストーン公爵令息の口上シーンだから……あ、また言っちゃった……!」

「あう……えっぐ……うぐ……っ、ぼ、ぼくは……ヴィヴィ~~ンセントおぉぉっ、ほ、ひっぐ。ほーりー、すとぉん……こうしゃ……っ、令息ぅ……」
つーか既に泣き出しちゃったんだけど!?聖騎士さま公爵令息~~っ!

「ほ~ら、頑張るんだヴィンセント!もう少し!もう少しでゴールだぞ!!」
「ふれっふれっ、ヴィンセントさまっ!」
しかもほかの2人に応援されてるし……!

「ぼくはビアンカちゃ……ビアンカ・ローズサファイアとの婚約を、破棄ずるぅぅぅ――――――っ!」
「あの、一瞬『ビアンカちゃん』って……呼ぼうとしました?公爵家の子女同士交流はあるとはいえ……『ちゃん』……」
「ゆってないもん……!」
駄々っ子か――――――いっ!

「まぁ、それならそれでいいとはいえ……その、あなたたち、ちょっと私からも言いたいことがあるのですけど」

「ふん……どんな言い訳を並べたところで、この婚約は破棄されるべきものだ」
「いや、破棄も何も……」

「もう陛下にも許可を得た」
「え、本気なの?本当に陛下に?陛下はなんて……」

「私の新たな婚約を祝福すると。来なさい、アリア」
「はい。ベリルさま」
そしてやって来たのは薄紫の髪にライトブルーの瞳のとても美しい少女だ。ここに来て……誰――――――っ!?
ちょっと……あなた、アマリリスちゃんといい感じ何じゃなかったの!?断罪破棄して婚約宣言するんじゃなかったの……っ!?

「ブルーサファイア王国王女、アリア・ブルーサファイアと申します」
まさかの隣国ブルーサファイア王国の……王女おぉぉっ!?断罪劇と言ったら男爵令嬢がテンプレなのに、またすんごい大穴引っ掻けてきたわね、王太子殿下!

「私は……彼女と婚約をする!」
「お……おめでとうございます……?」

「いや、その……ありがとう」
何か素直ね。

「だが……!」
そうは問屋が卸さないのかしら。

「君は婚約破棄をされているのだと言うことを忘れてはならない……!」
「いやだからそれは……!」
説明しようとしたその時。視界のはしで何かが動いた……?

『あぁぁぁぁぁ――――――――っ!?』
ひぃ……っ!?

「死体が……動いたぁ――――――――っ!?」
もうこんな断罪現場、いや――――――――――っ!私……無事に乗り切れるのかしら……この修羅場……殺人断罪現場……。でも……せっかく前世の記憶も戻ったわけだし何としても乗り切って、生き延びたい……。