腰まで伸ばされた暗雲の如き黒髪がゆうらりと潮風に遊ぶ。
稲光の如く青白い衣は、翻るとやはりぱちぱちと光が爆ぜて、その精悍な顔立ちを照らし出した。
雷鳴を閉じ込めたような黄金色の瞳。
携えた剣から迸らんばかりの威風を隠さずに、それは──否、彼は悠然と稲妻の鋒に腰掛けていた。
組んだ長い足が海から数尺上で優雅な姿勢を保っている。
「見つけた。幾星霜を超えても尚、我が鼓動を導くただひとり」
呆然と見上げる瑞穂を一目見て、その美丈夫は満足気に喉を鳴らした。
「葦原瑞穂。そなたこそが豊葦原の秋津国を成す要。奇しくも我が名と同じ役割を果たすとは、これも縁のなせる御技だろうか」
張りのある低い声が歌うように瑞穂の名前を口ずさむ。
ここまできてようやく瑞穂は我に返り、この数分間の己の振る舞いに戸惑った。
兄の懇願を拒み、父の言いつけを無視して邸から飛び出す──今までこんなことをしたことはなかった。
改めて稲妻に腰掛ける男を見上げて、見覚えのないことを確かめる。そして同時に彼が瑞穂に狙いを定めていることに戦慄した。彼が出雲達をここまで追い詰めた張本人なのか。
「……あ、あなた、だれなの」
瑞穂に問われると、彼は意外そうに首を傾げた。
「何も知らされていないのか。もしや記憶を奪われ只人として育ったか……酷なことよ」
男は気怠げに首を傾ける。その視線の先には瑞穂を追ってきた出雲がいた。鋭いまなざしで互いに対峙したのも束の間、男はすぐに瑞穂に向き直る。炯々と光るその瞳は瑞穂ひとりを見据えていた。
「お初にお目にかかる。我は猛き雷を司る戦の神、カナメ。日の神ヒルメ様の勅使として馳せ参じた。豊葦原への落とし子であり大八洲の要たる存在──瑞穂、そなたを譲り受けるために、な」
瑞穂が何度瞬きをしようが、目の前の光景は変わることはない。
戦の神。日の神。大八洲。
お伽話でしか耳にしてこなかった言葉の羅列はすぐに飲み込めず、消化不良を起こしそうだ。あまりに規模の大きすぎる話はちっとも現実感を伴っておらず、ただそれを口の中で反芻するだけで胸焼けがしてくる。
しかし、混乱の元凶である男は、そのまま潮風にそよぐひとすじの髪をくるりと巻き付け指で弾く。
ぱちりと光った青白い瞬きはたちまちその数を増やすと、出雲の頭上を威嚇するように忙しく爆ぜ回る。
険しい顔で知らぬ男と相対している出雲の横顔は、瑞穂の知る父親の顔をしていなかった。
「……天つ神よ、何のつもりだ」
「それはこちらが問いたい。なぜ瑞穂は己を知らずにいる」
「然るべき時に伝えるつもりでいた」
「とうに時は満ちていた筈だがな」
静かなやりとりの最中でも途切れることなくばちりばちりと爆ぜては威嚇する火花は、今にも牙を剥いて、鋭い稲妻となって父を貫きかねない。
瑞穂は父から注意を逸らそうと声を張り上げた。
「父さんを悪く言わないで! 私に用があるんでしょう。話なら私にだって聞く権利はあるはずよ」
体の横で拳を握って震えを抑える。必死に口を大きく開けて声を荒らげれば、男──カナメはあっさり出雲から視線を外して瑞穂に向き合う。
火花の爆ぜる音も同時に止んだ。
「数多の美姫と契りを交わした色男が、なさぬ仲の童を親思いの心優しき娘に育てたことには礼を言おう。大層ご立派な助力に感謝する。しかし──譲り受ける時は来たのだ」
カナメがふうと吐息を流せば、稲妻の欠片が波間に落ちて小舟となった。しかしそれはぐんぐん膨張し、この浜を飲み込まんばかりの大きさとなる。
「なに、高天原まではこの天鳥船でひとっ飛びだ。そなたが望むなら少しばかり寄り道しても構わないがな」
ゆるりと口角を上げたカナメは瑞穂に向けて手を差し出す。
届くはずのない距離だが、指先から放たれた糸のように細い光が階のように砂浜にいる瑞穂と海の上にいる男を繋いだ。
「待って、私は話をしてと言ったの。貴方について行くとは行っていません」
「どちらにせよ同じことだ。もうここに居る必要はない。話ならば後でたんと聞かせよう」
階から零れた光が瑞穂を取り囲み、砂浜ごと切り離しにかかる。
ずず、と低く唸る砂浜に瑞穂は目を見張った。
「いや!」
「強情もそこまでにしておけ」
瑞穂の言うことなど歯牙にもかけぬカナメは指先に力を込めた。青白い稲妻が龍のように波間を駆ける。それが瑞穂に達する直前──龍は波に砕けて沈んだ。
「……何の真似だ」
「それはこちらの台詞でしてよ」
八重だ。
瑞穂と出雲を追ってきてくれた姉の姿に安堵する。その隣には剣を携えた翡翠もいた。
海風に蒼い薄物をはためかせてカナメを見据える彼女は、体の前で両手を組んでいた。
柏手とは真逆の打ち方で手を鳴らすと、次は稲妻の階が光の粒子だけ残して消えていく。
「……天の逆手か。小賢しい」
「順を追わずあべこべな醜い手を使っているのはどちらかしら」
要から目を離さないまま八重は瑞穂の隣まで移動すると、瑞穂を庇うように前に立つ。
「仰る通り、瑞穂は何も知らないわ。それがなんだと言うの? 幼子にすべてを知らせることの残酷さを是とするなら、高天原も落ちたものですこと」
ピクリとカナメの眉が動く。しかし八重は畳み掛けるように言葉を繋いだ。
「確かにこの子は安寧の象徴。それをおいそれと手放したのはそちらではなくって?」
「……それは」
「意思を奪って得る安寧など、禍の種よ」
そのひとことは、今まで八重が下してきた託宣で一番明瞭だった。
カナメは苦苦しげに口元を覆うと瞳を閉じる。
出雲は静かに八重の前に立ってカナメを見上げた。
「高天原よりの勅使よ。時は移ろう。我が一存だけで物事を動かせる時期は終わりを告げた。確かに私は幾度も高天原の神々に助けられ、こうして生きている。しかし、我が命はこの子らに受け継がれていく。彼らの判断は、我が意思と同じく重いものだ。そこをわかってやってくれ」
翡翠が出雲の隣にしっかりとつけて胸を張る。
八重も、背に庇われるだけでなく翡翠とは反対側の隣に立った。
瑞穂は自らの盾にならんとする三つの背中に守られている。
するとカナメは腰掛けていた稲妻からゆるりと離れ、浜辺に舞い降りた。
砂粒が彼の輪郭に沿って後ずさりするように離れていく。
「──そこをどけ。瑞穂と直接話がしたい」
出雲は頷いて横に引いた。
翡翠が刺し貫かんばかりの鋭い視線で、カナメの一挙手一投足を睨みつけている。
それを意識しているのかいないのか、カナメはそのまま真っ直ぐ進むと、瑞穂の正面で膝をついた。
「そなたはここにいるべき御方ではない」
「……どういうこと、ですか」
瑞穂が問うと、カナメは顔を上げた。ようやく視線がかちあう。
「そなたは遙か彼方の高天原におわす日の神ヒルメ様が選ばれし、ただひとりの天つ乙女。この国の礎となる母たる資格、穢れなき豊穣の証をお持ちだ」
「豊穣の証……? なに、それ、そんなの、見たこと……」
不安げに瞳を揺らす瑞穂の惑う手がカナメに引っ張られて、視界ががくんと落ちる。鼻先が触れるほどの近さで稲妻色の瞳がきらめいた。
「失礼する」
カナメは瑞穂の前髪をよけると、額に唇を押しつけた。
翡翠と額を合わせた時とは異なる感触。
男の熱を肌で感じて、瑞穂の顔がカッと熱くなる。
「貴様!」
掴みかかろうとする翡翠を出雲が制する。
唇が離されると翡翠は、あっと声を上げた。
「な、なに? 翡翠兄さん、私見えなくて」
「これならば見えるか」
カナメはまたもやぐいと顔を寄せる。眼前の輝く瞳に映る自分を見て、瑞穂はぱっと手で額を覆った。
「……これ!」
手で覆われてもそこからは光が漏れ出ている。
鏡で見たものと同じ紋様だ。
円の中で二羽の鶺鴒が踊る。
夢でも、鏡でもなく、遂に我が身に刻まれた高天原の紋様に、瑞穂は泣きそうな顔でおろおろと辺りを見回した。
その様に小さく口角を上げたカナメだが、即座に凛々しく唇を引き結ぶと恭しく頭を垂れる。
「その輝きこそが揺るがぬ証。そなたこそヒルメ様の愛し子。このカナメ、血から産まれた戦の神の誇りにかけて、この生命に替えても守り抜こう」
朗々と歌い上げるように宣言されて瑞穂は目を丸くする。
押し寄せる真実に指先から体温が抜け落ちていくが、額だけは火が灯ったように熱が燻ったままだ。
まるでそれを感じ取ったかのようにカナメが瑞穂の手を取る。わななく指先が熱く固い皮膚の武骨な手にぎゅうと包まれて、震えが吸いとられていくようだった。
「あ……」
「斯様にお支えできるのも我が誉れ。ただ、この手に応えてくださるだけで良いのだ」
握られたままの手の甲に唇が寄せられる。
伏せられた睫毛の影を認識できる距離に、瑞穂が狼狽えるもされるがままになっていると──
稲光の如く青白い衣は、翻るとやはりぱちぱちと光が爆ぜて、その精悍な顔立ちを照らし出した。
雷鳴を閉じ込めたような黄金色の瞳。
携えた剣から迸らんばかりの威風を隠さずに、それは──否、彼は悠然と稲妻の鋒に腰掛けていた。
組んだ長い足が海から数尺上で優雅な姿勢を保っている。
「見つけた。幾星霜を超えても尚、我が鼓動を導くただひとり」
呆然と見上げる瑞穂を一目見て、その美丈夫は満足気に喉を鳴らした。
「葦原瑞穂。そなたこそが豊葦原の秋津国を成す要。奇しくも我が名と同じ役割を果たすとは、これも縁のなせる御技だろうか」
張りのある低い声が歌うように瑞穂の名前を口ずさむ。
ここまできてようやく瑞穂は我に返り、この数分間の己の振る舞いに戸惑った。
兄の懇願を拒み、父の言いつけを無視して邸から飛び出す──今までこんなことをしたことはなかった。
改めて稲妻に腰掛ける男を見上げて、見覚えのないことを確かめる。そして同時に彼が瑞穂に狙いを定めていることに戦慄した。彼が出雲達をここまで追い詰めた張本人なのか。
「……あ、あなた、だれなの」
瑞穂に問われると、彼は意外そうに首を傾げた。
「何も知らされていないのか。もしや記憶を奪われ只人として育ったか……酷なことよ」
男は気怠げに首を傾ける。その視線の先には瑞穂を追ってきた出雲がいた。鋭いまなざしで互いに対峙したのも束の間、男はすぐに瑞穂に向き直る。炯々と光るその瞳は瑞穂ひとりを見据えていた。
「お初にお目にかかる。我は猛き雷を司る戦の神、カナメ。日の神ヒルメ様の勅使として馳せ参じた。豊葦原への落とし子であり大八洲の要たる存在──瑞穂、そなたを譲り受けるために、な」
瑞穂が何度瞬きをしようが、目の前の光景は変わることはない。
戦の神。日の神。大八洲。
お伽話でしか耳にしてこなかった言葉の羅列はすぐに飲み込めず、消化不良を起こしそうだ。あまりに規模の大きすぎる話はちっとも現実感を伴っておらず、ただそれを口の中で反芻するだけで胸焼けがしてくる。
しかし、混乱の元凶である男は、そのまま潮風にそよぐひとすじの髪をくるりと巻き付け指で弾く。
ぱちりと光った青白い瞬きはたちまちその数を増やすと、出雲の頭上を威嚇するように忙しく爆ぜ回る。
険しい顔で知らぬ男と相対している出雲の横顔は、瑞穂の知る父親の顔をしていなかった。
「……天つ神よ、何のつもりだ」
「それはこちらが問いたい。なぜ瑞穂は己を知らずにいる」
「然るべき時に伝えるつもりでいた」
「とうに時は満ちていた筈だがな」
静かなやりとりの最中でも途切れることなくばちりばちりと爆ぜては威嚇する火花は、今にも牙を剥いて、鋭い稲妻となって父を貫きかねない。
瑞穂は父から注意を逸らそうと声を張り上げた。
「父さんを悪く言わないで! 私に用があるんでしょう。話なら私にだって聞く権利はあるはずよ」
体の横で拳を握って震えを抑える。必死に口を大きく開けて声を荒らげれば、男──カナメはあっさり出雲から視線を外して瑞穂に向き合う。
火花の爆ぜる音も同時に止んだ。
「数多の美姫と契りを交わした色男が、なさぬ仲の童を親思いの心優しき娘に育てたことには礼を言おう。大層ご立派な助力に感謝する。しかし──譲り受ける時は来たのだ」
カナメがふうと吐息を流せば、稲妻の欠片が波間に落ちて小舟となった。しかしそれはぐんぐん膨張し、この浜を飲み込まんばかりの大きさとなる。
「なに、高天原まではこの天鳥船でひとっ飛びだ。そなたが望むなら少しばかり寄り道しても構わないがな」
ゆるりと口角を上げたカナメは瑞穂に向けて手を差し出す。
届くはずのない距離だが、指先から放たれた糸のように細い光が階のように砂浜にいる瑞穂と海の上にいる男を繋いだ。
「待って、私は話をしてと言ったの。貴方について行くとは行っていません」
「どちらにせよ同じことだ。もうここに居る必要はない。話ならば後でたんと聞かせよう」
階から零れた光が瑞穂を取り囲み、砂浜ごと切り離しにかかる。
ずず、と低く唸る砂浜に瑞穂は目を見張った。
「いや!」
「強情もそこまでにしておけ」
瑞穂の言うことなど歯牙にもかけぬカナメは指先に力を込めた。青白い稲妻が龍のように波間を駆ける。それが瑞穂に達する直前──龍は波に砕けて沈んだ。
「……何の真似だ」
「それはこちらの台詞でしてよ」
八重だ。
瑞穂と出雲を追ってきてくれた姉の姿に安堵する。その隣には剣を携えた翡翠もいた。
海風に蒼い薄物をはためかせてカナメを見据える彼女は、体の前で両手を組んでいた。
柏手とは真逆の打ち方で手を鳴らすと、次は稲妻の階が光の粒子だけ残して消えていく。
「……天の逆手か。小賢しい」
「順を追わずあべこべな醜い手を使っているのはどちらかしら」
要から目を離さないまま八重は瑞穂の隣まで移動すると、瑞穂を庇うように前に立つ。
「仰る通り、瑞穂は何も知らないわ。それがなんだと言うの? 幼子にすべてを知らせることの残酷さを是とするなら、高天原も落ちたものですこと」
ピクリとカナメの眉が動く。しかし八重は畳み掛けるように言葉を繋いだ。
「確かにこの子は安寧の象徴。それをおいそれと手放したのはそちらではなくって?」
「……それは」
「意思を奪って得る安寧など、禍の種よ」
そのひとことは、今まで八重が下してきた託宣で一番明瞭だった。
カナメは苦苦しげに口元を覆うと瞳を閉じる。
出雲は静かに八重の前に立ってカナメを見上げた。
「高天原よりの勅使よ。時は移ろう。我が一存だけで物事を動かせる時期は終わりを告げた。確かに私は幾度も高天原の神々に助けられ、こうして生きている。しかし、我が命はこの子らに受け継がれていく。彼らの判断は、我が意思と同じく重いものだ。そこをわかってやってくれ」
翡翠が出雲の隣にしっかりとつけて胸を張る。
八重も、背に庇われるだけでなく翡翠とは反対側の隣に立った。
瑞穂は自らの盾にならんとする三つの背中に守られている。
するとカナメは腰掛けていた稲妻からゆるりと離れ、浜辺に舞い降りた。
砂粒が彼の輪郭に沿って後ずさりするように離れていく。
「──そこをどけ。瑞穂と直接話がしたい」
出雲は頷いて横に引いた。
翡翠が刺し貫かんばかりの鋭い視線で、カナメの一挙手一投足を睨みつけている。
それを意識しているのかいないのか、カナメはそのまま真っ直ぐ進むと、瑞穂の正面で膝をついた。
「そなたはここにいるべき御方ではない」
「……どういうこと、ですか」
瑞穂が問うと、カナメは顔を上げた。ようやく視線がかちあう。
「そなたは遙か彼方の高天原におわす日の神ヒルメ様が選ばれし、ただひとりの天つ乙女。この国の礎となる母たる資格、穢れなき豊穣の証をお持ちだ」
「豊穣の証……? なに、それ、そんなの、見たこと……」
不安げに瞳を揺らす瑞穂の惑う手がカナメに引っ張られて、視界ががくんと落ちる。鼻先が触れるほどの近さで稲妻色の瞳がきらめいた。
「失礼する」
カナメは瑞穂の前髪をよけると、額に唇を押しつけた。
翡翠と額を合わせた時とは異なる感触。
男の熱を肌で感じて、瑞穂の顔がカッと熱くなる。
「貴様!」
掴みかかろうとする翡翠を出雲が制する。
唇が離されると翡翠は、あっと声を上げた。
「な、なに? 翡翠兄さん、私見えなくて」
「これならば見えるか」
カナメはまたもやぐいと顔を寄せる。眼前の輝く瞳に映る自分を見て、瑞穂はぱっと手で額を覆った。
「……これ!」
手で覆われてもそこからは光が漏れ出ている。
鏡で見たものと同じ紋様だ。
円の中で二羽の鶺鴒が踊る。
夢でも、鏡でもなく、遂に我が身に刻まれた高天原の紋様に、瑞穂は泣きそうな顔でおろおろと辺りを見回した。
その様に小さく口角を上げたカナメだが、即座に凛々しく唇を引き結ぶと恭しく頭を垂れる。
「その輝きこそが揺るがぬ証。そなたこそヒルメ様の愛し子。このカナメ、血から産まれた戦の神の誇りにかけて、この生命に替えても守り抜こう」
朗々と歌い上げるように宣言されて瑞穂は目を丸くする。
押し寄せる真実に指先から体温が抜け落ちていくが、額だけは火が灯ったように熱が燻ったままだ。
まるでそれを感じ取ったかのようにカナメが瑞穂の手を取る。わななく指先が熱く固い皮膚の武骨な手にぎゅうと包まれて、震えが吸いとられていくようだった。
「あ……」
「斯様にお支えできるのも我が誉れ。ただ、この手に応えてくださるだけで良いのだ」
握られたままの手の甲に唇が寄せられる。
伏せられた睫毛の影を認識できる距離に、瑞穂が狼狽えるもされるがままになっていると──