瑞穂は自室に戻ると手早く着替え、帯を締め直して前へ垂らす。
早く八重の手伝いに行かねばと早足で部屋を出ようとすると、寝台前の丸い鏡から光が零れているように霞んでいるのが見えて、ぎくりと足を止めた。
陽の光が当たっているだけでこうはならない。
やわらかく包み込むようなその光は、きらきらと乱反射するきらめきではなく、花の香りを陽に透かして振りまいた、そんな穏やかさで瑞穂を手招きしているように見えた。
恐る恐る鏡を手に取る。
いつもと変わらない自分が映る──はずだった。

「……な、なに」

そこに映し出されたのは瑞穂ではなかった。

したたる白い雫。
果てなき空の彼方から差し込まれた矛が、雫を掻き混ぜどろどろの大地を成していく。
忘れ去られたように浮かぶひとつの島。
それを囲む大海原が、光を受けてちかちかと波間に瞬く。

つい先程、翡翠に呼ばれる直前まで見ていた光景と、まったく同じだ。

鏡にあるまじきものを映す鏡面を身を強ばらせて凝視していた瑞穂だが、次に映し出されたものに悲鳴をあげて取り落としかけた。

「瑞穂!」

悲鳴を聞きつけた翡翠が我先にと部屋に駆け込んでくる。
彼が目にしたのは、鏡を握りしめたまま顔を背けて目を固くつむる妹だった。

「瑞穂、どうした! 何が──」

倒れそうな背中を抱きとめて座らせ、鏡を覗き込んだ翡翠も言葉を失った。
腕の中の瑞穂は顔をひきつらせて固まっている。しかし鏡の中では、瑞穂が──対となって飛び交う鶺鴒の紋様を額に浮かべた瑞穂が──大海原にたゆたっていた。