そう願った過去が、いまは遠い昔のようだった。
実家に戻ってきた姉は、私の顔を見てひどく悲しそうな顔をすると、何も言わずに姉にあてがわれた部屋に引っ込んで、私の前に顔を出そうとはしなかった。
姉のいる部屋の前に立ち尽くして、どうすればいいのだろう、と途方に暮れる。
姉の部屋からは、物音一つしない。下女が姉に食事は渡しているようだったから、生きていることは分かっていたけれど、本当にちゃんと無事なのか強引に押し入りそうになる気持ちをぐっと押しとどめた。
いま、姉を苦しめているのは、他ならない私だ。
私だって、不本意だった。私にだって、好きなひとはいる。それでも、父の言うことは絶対で、だから姉だってこの家に戻ってきて、だから私が、今度はこの家から出ていくのだ。
義理の兄だった姉の想いびとの、新しい妻として。
どうしてだろう、と思う。どうして姉ではいけなかったのだろう。私だろうと姉だろうと、父の娘であることに変わりはないのに。それとも、ここに来て母の出自の差が関わってくるとでもいうのだろうか。もうすでに、姉と義兄は結婚していて、その結婚生活だってうまくいっていたのに、わざわざ。
あんまりだ。けれど、私も姉も、自分たちがそのための道具だということをよく分かっていた。今までの幸せはきっと幻で、本当はこれから起こる出来事が正しい道だったのだ。
悔しい。悔しくてたまらない。
泣き声が、引き結んだ唇から漏れた。私が泣く資格なんて一切ないのに、姉の気持ちを考えると悲しくて悲しくて仕方がなかった。
それに、あのひとにも。私の恋人にも、どう説明すればいいのだろう。
幸せだったのだ。恋をして、愛を知って、きみと一緒に同じ時間を過ごせるだけでうれしくて。きみだったら父だって反対はしないだろうと、そう話をして、近々あいさつにだって来てもらう予定だった。
それなのに、どこで間違えてしまったのだろう。
涙があふれる。私が泣くのは違うのに、私だって悲しい、とも思う。そこにあったはずの幸せな未来は、私の指の先からするりと逃げ出して、同時に姉が掴んでいた幸せも消えてなくなってしまって。
けれど、もともとそういう未来だった。もともとそういう道だった。私が勘違いしていただけで、私の未来は決して私のものではなかった。