そういう風に、育てられた。そういう家に、生まれてしまった。

 私も彼も。そして、姉も。


「だから、ごめん。ごめん茜。……本当は、きみの前からも姿を消すべきなのに」

「それは私だって同じだよ。……お互い様なんだよ、きっと。だからもう、いいの。あの歌で、もう全部分かったから、それでいいの」


 きみが、私を想ってくれているということ。たった三十一文字で、私の言いたかったことをあっさりと理解してくれたこと。

 だから、もういい。

 姉が諦めたように、彼が諦めたように。私も、幸せな未来を諦める。自分の望んでいた幸せな未来を諦めて、姉と彼が願ってくれた、別の幸せを享受する。

 それが、私ができる、彼らへの恩返しだった。もう嫁ぎ先が決められている私にできる、精いっぱいの愛情表現だった。

 姉の大切なひとを奪い、自分の大切なひとを捨てるしかできない私にできる、唯一の贖罪だった。

 顔を上げる。彼の瞳を、まっすぐに正面から見つめる。私に触れていた彼の手がゆっくりと離れて行って、夏の少し生ぬるい風が私たちの間を抜けていった。




「大好き」




 大好き。大好きだ。

 それでも私は、彼を置いてこの場を去る。


「俺も大好きだよ、茜」


 うん、と頷いて、涙を手の甲でふき取る。その言葉だけでもう十分だ、と思って、私はきゅっと唇を引き結んだ。

 きみと、今までのようにやり取りすることはもう、出来ない。

 だから、この名を捨てよう、と思った。

 立ち上がって、踵を返す。次に彼と会うときは、兄の嫁と義理の弟という立場になる。私も彼も、もう諦めているから。

 だから、決めた覚悟は、最後まで貫かなければならない。

 私を愛してくれる、姉と彼のために。どんな未来になろうと、私はこれからの未来を幸せだと言い切ろう。

 彼に背を向けて歩き出しながら、心の中でそう、覚悟を決めて。私はもうずいぶんと暗くなりかけた黄昏の空を見上げて、ゆっくりと息を吸い込んだ。