新しい年を迎えて、寒い冬が過ぎ、暖かい風と桜が舞う季節へと移り変わる。
楓と由梨は無事に卒業し、それぞれの夢に向かって歩み始め様としていた頃だった。
突然、楓の目の前に元カノとなった妃都美が現れたのだ。

「妃都美…?」
「あ、あの、ひ、久しぶり!!元気だった?最近全然連絡してくれないから心配したんだよ?」
「……それは君が一方的に連絡を絶ったからだろう?で?何か用?俺忙しいんだけど」

楓の素っ気ない態度に妃都美は苛立ちを覚えるも必死に顔に出さない様に作り笑顔を続ける。

「ひ、ひどいなぁ。この私が心配してあげてるのにその態度なんなの?まぁいいや。それより大事な話があるの。楓にとっても大事な話なんだから」
「大事な話?」

妃都美はニヤニヤ不気味に笑いながら楓を見つめる。まるでこの世の全てを見透かしている様な表情に楓は恐怖を覚えた。
そんな青ざめている彼をよそに妃都美は言葉を続けた。

「実はぁ、あのぉ好きな人ができたってやつ、あれぜーーーんぶ嘘だったの♪」
「………は?」
「だーかーらー!全部嘘!!私と友達が一生懸命考えた嘘♪
私のことが本当に好きなのかテストしようってことになって、別の人が好きになったって嘘のメッセージを送ったの♪アンタからの必死な鬼電を無視するのすんごく面白かったぁ♪」
「……」
「でもぉ、正月から何もアクション起こしてくれないしぃ、連絡しても無視するからやり過ぎたかなぁ…って思ってぇ、焦っちゃってぇ…」
「ふぅん…」
「そろそろ頭も冷えたでしょって思って復縁してあげようってわざわざアンタに会いにきたわけ。あとは分かるでしょ?」
「……」

妃都美の身勝手過ぎる行動に楓は怒りを通り越して呆れ返っていた。こんな女性(ひと)をずっと愛していたかと思うと自分が情けなかった。
あの嘘のメッセージを受け取るまで想っていた妃都美への好意は完全に消え失せた。守ってあげたい、可愛いという気持ちも。
全く相手にしてくれなくなったと焦った彼女はきっと、まだ自分のことを愛していて絶対に復縁してくれると確信しているだろう。

「私も楓のこと大好き。離れてみて初めて分かったの。私の我儘をずっと叶えてくれたのに酷いことしたって。テストの為に別れてみてこんなに寂しいって。それは楓も同じだよね?だから…」

ジーンズのポケットに入っていた物を強く握りしめる。
それは、小さな鈴がついた赤い御守り。必勝守と縫われ、"背水の陣を敷き、負けを排除する"という意味が込められ、初詣で行った神社で由梨と一緒に買った物だ。
脳裏に由梨の笑顔が過ぎる。楓の答えはもう決まっていた。

「ごめん。それは無理」
「…………え?え?えぇ??な、な、なんで?!!!」
「無理なものは無理。もう妃都美のこと好きじゃないし、そんな風に嘘ついて人を傷つける様な女こっちから願い下げだわ」

予想していた答えと真逆のものになってしまったことに妃都美は狼狽えた。そんな筈はないと、きっと照れているのだと喚くが、楓の冷たい視線を見て彼の言葉に偽りがないと思い知らされた。

「だ、だって、これはテストだって言ってるじゃん!!確かにしばらく離れてたけど私ずっと楓の事想ってたんだよ?!!大好きなの!!もう我儘も言わないし、楓のことを悲しませたりしないからぁ…!!!」
「いろいろ限界だった。確かに妃都美のこと大好きだった。でもな、限度もあるんだよ。ずっと惨めだった。俺を否定して、馬鹿にして」
「ごめんなさい…!!謝るからぁ…!!」
「もう妃都美に留まることはやめた。俺は先に進むよ」

惨めに目から大粒の涙を流しながら楓に近づこうとする妃都美だが、躓いてしまい派手に転んでしまった。まだ付き合っていた頃ならすぐに駆け寄って助けてあげていたが、もうそんな気にはなれず、冷ややかな目で転んだ妃都美を睨みつけるだけだった。

「それ以上俺に付きまとうなら警察呼ぶし、家族とか友達に手出したらそれなりの手段には出るつもりだから」
「待ってぇ、ごめんなさいぃぃ…!!!」

その場から立ち去ろうとしたが踵を返し再び妃都美に目線を向けて、楓にニコリと幸せそうに微笑んだ。

「あぁ、これだけ言わせてよ。俺も別に好きな人ができたから。さよなら」


過去の恋に別れを告げ、楓はあの大晦日の日に自分を救ってくれた女性(ひと)の元へ急ぐ。
卒業し離ればなれなると思っていたその女性(ひと)と不思議な縁で結ばれていたのだ。
それは、あの初詣に行った時に判明した事。

「同じ大学じゃん。いろいろが偶然が重なり過ぎてる」
「あはは!!確かに。でも、さすがに学科は違うけど、私も高校卒業したら楓くんと同じ大学に行くつもり」

偶然という言葉で結ばれた楓と由梨が結ばれるのにそう時間は掛からなかった。会う回数が増えるにつれてお互いの気持ちが惹かれ合っていった。
もう、楓の中にも由梨の中にも元恋人の面影は残っていなかった。
愛する人と過ごす幸せな時間を教えてくれた人こそ運命の人なのだと、幸せにしてくれる人なのだと2人は思う。
特別な日に傷ついた2人は暖かい春の風を受けながら日向の道を歩み続けるのだった。