高校最後の冬休み。満月が昇る大晦日の夜。
凍える風と丸い満月が登った夜空の下を辻楓は苛立ちながら飼い犬と共に歩いていた。
その理由は、前日の真夜中に彼のスマホに届いたあるメッセージが原因だった。
《楓、ごめん。私楓以外の人で好きな人ができた。だから別れてほしい。本当にごめんね》
楓は突然の別れ話に驚き慌てて返事をするも、既読スルーのままで何も返ってこなかった。当然電話もかけたが着信拒否されているのか繋がることはなかった。
そこに追い打ちをかける様に、楓はたった1人で大晦日を迎える羽目になってしまった。
父は仕事で以前から海外転勤で家に居らず、母は友人と抽選で当たった有名歌手の年越しライブに泊まりがけの旅行、社会人の姉の陽華は婚約済みの彼氏とテーマパークで年越しを過ごすことになった。
つまり、受験生の楓とペットの雄の柴犬ポンの1人と1匹だけ家に残ることになってしまったのだ。
(惨め過ぎる…)
苛立ちと憂鬱さで全然勉強に力が入らない。家にたった1人になるといろいろ思い出が脳裏蘇ってしまう。
特に恋人だった妃都美との思い出が変に思い出してしまうのだ。
楓は少しでも気を紛らわそうとポンの遅めの散歩という名目で外へ繰り出すことにした。
(今までずっとアイツのワガママ聞いてやってたのになぁ…。俺の何が悪かったのかな?その好きな人ってどんな人なんだろうな…)
楽しそうに夜の散歩を楽しむポンとは対照的に、楓のテンションはダダ下がりだった。考えることは突然大晦日という年の最後の日の前夜に別れを告げてきた妃都美のことだ。
幼馴染だった2人は遊び相手から交際相手へと変化するという流れを辿っていた。
けれど、それは楓が思い描いていた恋人関係とはまるっきり違うものとなってしまった。
幼馴染であることをいいことに妃都美は楓を振り回し続けた。
物の要求は勿論、自分の思い通りにならなかったり少しでも別の女性と話すとヒステリックを起こした。しかも、彼女は言葉巧みに味方を付け、孤立した楓を追い詰めたりもした。
疲れ果てた楓が少しでも別れ話を切り出そうものなら「私に死ぬからね!!!!」と叫び自殺を匂わす様な言葉を発したり、目の前で自傷行為もした。
それでも付き合い続けたのは楓が妃都美の事を心の底から愛していたからだろう。
だが、今回の彼女からのメッセージによって遂に心が折れてしまったのだ。しかも、自分以外の人間を愛してしまったという理由が更に追い討ちをかけた。
(1人だから余計にキツい)
白い息を吐く。ため息ばかりつく楓はトボトボと愛犬と歩みを進める。
数少ない友人宅に行こうかと一瞬迷うが、こんな日に押しかけて迷惑かけるわけにもいかないと取りやめた。
空を見上げると、真ん丸の満月が楓とポンを優しい光で照らしている。
(大晦日にこんな綺麗な月が見られたんだから何かいい事起きればいいのに)
そう思いながらまたため息を吐きながら首を下げる。
年末にいろいろあったのだから、何か一つでも良い事が起きて欲しいと満月に皮肉的に願う。
妃都美との復縁は今は考えられない。彼女に迫る気もない。
もう、彼女の悪役になるのに楓は疲れ限界を迎えた。
次の恋愛はそんな思いをしないものにしたいと考えていた時だった。
さっきまで静かに歩いていたポンが、目の前から感じる気配に吠えた。威嚇や怯えからくる吠え方ではなく、まるで親しく大好きな友人に対しての吠え方だった。
「楓くん?あとポンくんだよね?」
そこに現れたのは同じクラスメイトの上村由梨だった。ポンは嬉しそうに由梨に近付く。
由梨は近付いてきたポンの視線の合う様にしゃがみ込みよしよしを小麦色の毛を嬉しそうに撫で回した。
「どうしたの?ポンくんの散歩にしては少し遅くない?」
「んー…ちょっとな…いろいろあってね…。そう言う上村さんはどうしてこんな時間に出歩いてるわけ?」
「年越し蕎麦買ってなかったからコンビニにお蕎麦のカップ麺買いに行こうとしてたところ。今親いなくて家に居るの私とルナだけだから暇になっちゃって」
ルナとは由梨の家で飼われている黒柴でポンの親しい友人。由梨はその飼い主。
「俺と同じじゃん。俺のところも旅行やらなんやで俺とコイツだけなんだ」
「あはは!同じだね!ねぇ、私んち来ない?一緒に年越ししようよ」
「え、いいの?」
「だって、私とルナだけじゃ寂しいもん。ね?いいでしょ?」
どうせ家に帰っても1人と1匹で年を越すことになる。
幾ら親しいとはいえ、女子の家に上がり込んでいいのか少し葛藤したが、ポンが嬉しそうに撫でられている姿を見て由梨の提案を承諾することにした。
「……俺もまだ蕎麦食ってないから一緒にいいか?」
「うん!!じゃあ決まりね!!ポンくんもいいよね?」
ポンはワンっととても嬉しそうに吠えた。
由梨が立ち上がると同時に、楓は再び歩み始めた。彼女も彼の隣を歩く。
「上村さんのお陰で寂しい年越しにならずにすみそうだよ」
「え?何かあった?」
「……今日、彼女に振られた。一方的にメッセージだけでな。なんか別に好きな奴ができたって。情けねーよな」
楓のその言葉に由梨は目を大きく開いた。
「え!そこも同じなの?!!」
「へ?同じ?」
「私も彼氏に振られたの。気になる子がいるからって。しかもクリスマスイヴにね。写真も見せてきてさぁ〜」
「へ、へぇ〜」
由梨の場合は直接言われたらしいが恋人に振られた時期もほぼ被っていた。彼女も楓と同じ傷を負っていたのだ。
まだ一方的に振られて納得いっていないらしいが少しずつ吹っ切れ始めたらしい。楓も早く自分もそうなりたいと願った。
「写真の子、すごく可愛くてね、そりゃ好きにもなるわって思っちゃった。だから、結構早めに吹っ切れてきてるのかもね」
(俺の場合は何も見せてもらえなかったな…)
納得できるモノがあるかないかでこんなに差があるのか。
そう考えてしまうと楓のため息は更に増える。由梨の様に何か証拠の様なモノがあればこんなに苛立つこともなかったのにと。
「実はこんな夜に散歩してるのも、なんか家族も旅行に行っちゃったから悲しくなっちゃったのもあるわけ。1番はお腹がすいたからだけどね」
「そうか……なんつーかさ、俺らいろいろ共通点がある気がする。大晦日の夜に散歩に出てるのも、恋人に振られたところも」
「本当にね」
「後、お互い腹減ってるところも」
「あはは!!確かに!!」
楽しそうに話し合う楓と由梨の姿にポンもどこか喜んでいる様子で歩く。
気持ちが沈んでいた主人を見るのはポンも心苦しかったのだろう。由梨と会い、話し合ったことでようやく笑顔を見せ始めた楓にポンは嬉しそうだった。
2人はコンビニに向かいながら元恋人の愚痴を言い合ったり、同じ趣味であることも判明しその事でとても盛り上がったりした。
それぞれの推しのマスコットキャラクターに対しての愛や設定への考察等を熱く語り合った。
楓にとって楽しく誰かと話したのは本当に久しぶりだった。こんなに時間を忘れて語り合うなんて妃都美と付き合っている時には味わう事なんて一度もなかった。
そうこうしているうちに目的地のコンビニに到着する。
ポンをペット専用のポールフックに繋げてからコンビニに入店した。
「楓くんどれにする?私、コレにする」
「んー…コレにしようかな?後何か買う?」
「プリンとか甘いの買ってこうよ。後お菓子とか」
楓は妃都美の時はこんな風に買い物した事ないなと思い返す。いつも一方的に決めて、楓が欲しい物は全て却下し自分が選んだ物しか買えなかった。
由梨と話していた時も感じた感覚。こんなに異性と過ごして楽しかったっけ?と楓は思う。
(さっきまでイライラしてたのにもう全然感じない)
「私、先に会計行くね」
「あ、ああ、俺も買いたい物入れたし行くよ」
カップ麺やスイーツをカゴに入れ会計に向かう。
持ってきたエコバッグはいろんなモノが入ってふっくら膨らむ。
2人がコンビニから出ると外はさっきまで降っていなかった雪が降り始めていた。外で待っていたポンの毛に白い雪がちらほら付いていた。
「あはは。ポンくん雪まみれだね」
「ごめんごめん。さっきまで降ってなかったのにな」
大人しく待っていたポンは2人に撫でられ上機嫌。ポールフックからリードを外し、2人と1匹は由梨の実家に向かう。
「あのさ、明日、初詣一緒に行かないか?」
「行きたい!行きたい!一緒におみくじ引こうよ!!」
側から見たら恋人同士に見える。けれどまだ話が合うクラスメイト止まりで、恋人に振られた同士の2人。
さっきまで登っていた満月の光と、夜空を舞う白い雪に祝福されている様にも見える2人と1匹は一生忘れることのない楽しい年越しを迎える。
楓の中の未練がゆっくりを幸せに書き換えられ始めていた。
凍える風と丸い満月が登った夜空の下を辻楓は苛立ちながら飼い犬と共に歩いていた。
その理由は、前日の真夜中に彼のスマホに届いたあるメッセージが原因だった。
《楓、ごめん。私楓以外の人で好きな人ができた。だから別れてほしい。本当にごめんね》
楓は突然の別れ話に驚き慌てて返事をするも、既読スルーのままで何も返ってこなかった。当然電話もかけたが着信拒否されているのか繋がることはなかった。
そこに追い打ちをかける様に、楓はたった1人で大晦日を迎える羽目になってしまった。
父は仕事で以前から海外転勤で家に居らず、母は友人と抽選で当たった有名歌手の年越しライブに泊まりがけの旅行、社会人の姉の陽華は婚約済みの彼氏とテーマパークで年越しを過ごすことになった。
つまり、受験生の楓とペットの雄の柴犬ポンの1人と1匹だけ家に残ることになってしまったのだ。
(惨め過ぎる…)
苛立ちと憂鬱さで全然勉強に力が入らない。家にたった1人になるといろいろ思い出が脳裏蘇ってしまう。
特に恋人だった妃都美との思い出が変に思い出してしまうのだ。
楓は少しでも気を紛らわそうとポンの遅めの散歩という名目で外へ繰り出すことにした。
(今までずっとアイツのワガママ聞いてやってたのになぁ…。俺の何が悪かったのかな?その好きな人ってどんな人なんだろうな…)
楽しそうに夜の散歩を楽しむポンとは対照的に、楓のテンションはダダ下がりだった。考えることは突然大晦日という年の最後の日の前夜に別れを告げてきた妃都美のことだ。
幼馴染だった2人は遊び相手から交際相手へと変化するという流れを辿っていた。
けれど、それは楓が思い描いていた恋人関係とはまるっきり違うものとなってしまった。
幼馴染であることをいいことに妃都美は楓を振り回し続けた。
物の要求は勿論、自分の思い通りにならなかったり少しでも別の女性と話すとヒステリックを起こした。しかも、彼女は言葉巧みに味方を付け、孤立した楓を追い詰めたりもした。
疲れ果てた楓が少しでも別れ話を切り出そうものなら「私に死ぬからね!!!!」と叫び自殺を匂わす様な言葉を発したり、目の前で自傷行為もした。
それでも付き合い続けたのは楓が妃都美の事を心の底から愛していたからだろう。
だが、今回の彼女からのメッセージによって遂に心が折れてしまったのだ。しかも、自分以外の人間を愛してしまったという理由が更に追い討ちをかけた。
(1人だから余計にキツい)
白い息を吐く。ため息ばかりつく楓はトボトボと愛犬と歩みを進める。
数少ない友人宅に行こうかと一瞬迷うが、こんな日に押しかけて迷惑かけるわけにもいかないと取りやめた。
空を見上げると、真ん丸の満月が楓とポンを優しい光で照らしている。
(大晦日にこんな綺麗な月が見られたんだから何かいい事起きればいいのに)
そう思いながらまたため息を吐きながら首を下げる。
年末にいろいろあったのだから、何か一つでも良い事が起きて欲しいと満月に皮肉的に願う。
妃都美との復縁は今は考えられない。彼女に迫る気もない。
もう、彼女の悪役になるのに楓は疲れ限界を迎えた。
次の恋愛はそんな思いをしないものにしたいと考えていた時だった。
さっきまで静かに歩いていたポンが、目の前から感じる気配に吠えた。威嚇や怯えからくる吠え方ではなく、まるで親しく大好きな友人に対しての吠え方だった。
「楓くん?あとポンくんだよね?」
そこに現れたのは同じクラスメイトの上村由梨だった。ポンは嬉しそうに由梨に近付く。
由梨は近付いてきたポンの視線の合う様にしゃがみ込みよしよしを小麦色の毛を嬉しそうに撫で回した。
「どうしたの?ポンくんの散歩にしては少し遅くない?」
「んー…ちょっとな…いろいろあってね…。そう言う上村さんはどうしてこんな時間に出歩いてるわけ?」
「年越し蕎麦買ってなかったからコンビニにお蕎麦のカップ麺買いに行こうとしてたところ。今親いなくて家に居るの私とルナだけだから暇になっちゃって」
ルナとは由梨の家で飼われている黒柴でポンの親しい友人。由梨はその飼い主。
「俺と同じじゃん。俺のところも旅行やらなんやで俺とコイツだけなんだ」
「あはは!同じだね!ねぇ、私んち来ない?一緒に年越ししようよ」
「え、いいの?」
「だって、私とルナだけじゃ寂しいもん。ね?いいでしょ?」
どうせ家に帰っても1人と1匹で年を越すことになる。
幾ら親しいとはいえ、女子の家に上がり込んでいいのか少し葛藤したが、ポンが嬉しそうに撫でられている姿を見て由梨の提案を承諾することにした。
「……俺もまだ蕎麦食ってないから一緒にいいか?」
「うん!!じゃあ決まりね!!ポンくんもいいよね?」
ポンはワンっととても嬉しそうに吠えた。
由梨が立ち上がると同時に、楓は再び歩み始めた。彼女も彼の隣を歩く。
「上村さんのお陰で寂しい年越しにならずにすみそうだよ」
「え?何かあった?」
「……今日、彼女に振られた。一方的にメッセージだけでな。なんか別に好きな奴ができたって。情けねーよな」
楓のその言葉に由梨は目を大きく開いた。
「え!そこも同じなの?!!」
「へ?同じ?」
「私も彼氏に振られたの。気になる子がいるからって。しかもクリスマスイヴにね。写真も見せてきてさぁ〜」
「へ、へぇ〜」
由梨の場合は直接言われたらしいが恋人に振られた時期もほぼ被っていた。彼女も楓と同じ傷を負っていたのだ。
まだ一方的に振られて納得いっていないらしいが少しずつ吹っ切れ始めたらしい。楓も早く自分もそうなりたいと願った。
「写真の子、すごく可愛くてね、そりゃ好きにもなるわって思っちゃった。だから、結構早めに吹っ切れてきてるのかもね」
(俺の場合は何も見せてもらえなかったな…)
納得できるモノがあるかないかでこんなに差があるのか。
そう考えてしまうと楓のため息は更に増える。由梨の様に何か証拠の様なモノがあればこんなに苛立つこともなかったのにと。
「実はこんな夜に散歩してるのも、なんか家族も旅行に行っちゃったから悲しくなっちゃったのもあるわけ。1番はお腹がすいたからだけどね」
「そうか……なんつーかさ、俺らいろいろ共通点がある気がする。大晦日の夜に散歩に出てるのも、恋人に振られたところも」
「本当にね」
「後、お互い腹減ってるところも」
「あはは!!確かに!!」
楽しそうに話し合う楓と由梨の姿にポンもどこか喜んでいる様子で歩く。
気持ちが沈んでいた主人を見るのはポンも心苦しかったのだろう。由梨と会い、話し合ったことでようやく笑顔を見せ始めた楓にポンは嬉しそうだった。
2人はコンビニに向かいながら元恋人の愚痴を言い合ったり、同じ趣味であることも判明しその事でとても盛り上がったりした。
それぞれの推しのマスコットキャラクターに対しての愛や設定への考察等を熱く語り合った。
楓にとって楽しく誰かと話したのは本当に久しぶりだった。こんなに時間を忘れて語り合うなんて妃都美と付き合っている時には味わう事なんて一度もなかった。
そうこうしているうちに目的地のコンビニに到着する。
ポンをペット専用のポールフックに繋げてからコンビニに入店した。
「楓くんどれにする?私、コレにする」
「んー…コレにしようかな?後何か買う?」
「プリンとか甘いの買ってこうよ。後お菓子とか」
楓は妃都美の時はこんな風に買い物した事ないなと思い返す。いつも一方的に決めて、楓が欲しい物は全て却下し自分が選んだ物しか買えなかった。
由梨と話していた時も感じた感覚。こんなに異性と過ごして楽しかったっけ?と楓は思う。
(さっきまでイライラしてたのにもう全然感じない)
「私、先に会計行くね」
「あ、ああ、俺も買いたい物入れたし行くよ」
カップ麺やスイーツをカゴに入れ会計に向かう。
持ってきたエコバッグはいろんなモノが入ってふっくら膨らむ。
2人がコンビニから出ると外はさっきまで降っていなかった雪が降り始めていた。外で待っていたポンの毛に白い雪がちらほら付いていた。
「あはは。ポンくん雪まみれだね」
「ごめんごめん。さっきまで降ってなかったのにな」
大人しく待っていたポンは2人に撫でられ上機嫌。ポールフックからリードを外し、2人と1匹は由梨の実家に向かう。
「あのさ、明日、初詣一緒に行かないか?」
「行きたい!行きたい!一緒におみくじ引こうよ!!」
側から見たら恋人同士に見える。けれどまだ話が合うクラスメイト止まりで、恋人に振られた同士の2人。
さっきまで登っていた満月の光と、夜空を舞う白い雪に祝福されている様にも見える2人と1匹は一生忘れることのない楽しい年越しを迎える。
楓の中の未練がゆっくりを幸せに書き換えられ始めていた。