「どうしたの? 行かないで欲しいだなんて……。顔色が悪いけど何かあったの?」

「今日みたいな台風の日にフラッシュバックするんだ。両親が亡くなったあの日の事を……」


「もしかして、両親が亡くなった後から台風がトラウマに?」



彼は無言でコクンと頷いた後、話を続けた。



「思い出すんだ。ミカと2人で玄関から行ってらっしゃいと両親に手を振ったあの瞬間を。そして、警察からかかってきた事故報告の電話にショックを受けて泣き崩れた夜を」

「……」


「部屋のカーテンを閉めて両手で耳を塞いでいても、風で揺れてる窓の振動が記憶を掘り起こしていくんだ。『どうしてお前がケーキを取りに行かなかったんだ』って責められているかのように」

「誰も責めてないよ。それに、日向は悪くない」


「周りの人たちにも同じ事を言われてる。俺もその言葉を信じて胸に留めてきたけど、台風が来る度にあの日の悪夢がフラッシュバックするんだ」



今にも泣き出しそうな声にガタガタと震える手。
何度も部屋を訪ねても一切無言だったのは、両手で耳を塞いでたからかな。

ーーしかし、彼を心配している最中。
ズボンのポケットに入れているスマホの通知音が鳴った。
すかさず取り出してバックライトを点けると、そこには二階堂くんからのメッセージが。



『もう陽田駅に到着したよ。そろそろ上がりの時間だよね。約束の時間通りに来れる?』



私はトラウマで苦しんでる日向と、今日誕生日の二階堂くんとの約束が板挟みになってしまった。
でも、約束というのは基本約束した順番だ。
それに、二階堂くんの誕生日は年に一度しかないから今日行くのが正解だ。



「メッセージ、二階堂から?」

「うん。今日は二階堂くんの誕生日だから、もう行かなきゃいけなくて」



私はいつも任せっきりにしていた恋愛を前に進めなければならない。
何故なら、日向という人物に好意を寄せないと誓約書にサインしてきたから。

しかし、返事をした途端、彼の右手の力がより一層強くなった。



「俺と二階堂。いまお前の心ん中にはどっちが棲んでるの?」

「えっ……」


「行くな……。いや、行かせない……」



彼はそう言うと、見せた事のないくらい真剣な眼差しで見つめてきた。

私には何が正解なのかわからなくなった。
そして、自分はどの方向に歩むのが正しいのか、簡単な答えすら出せなくなっている。