高校で出会ったクラスメイト……桃山 処女子さん。
 間違いなく、僕と彼女は入学式で、相思相愛の仲になったはずだ。
 しかし、彼女からなんのアプローチもなし。

 むしろ女友達が増えていく彼女とは対照的に、僕はぼっちな高校生活を送っていた。
 来る日も来る日も、桃山さんのお尻を背後から眺めてばかり。
 そんなに腰を振るぐらいなら、僕に誘って欲しいと早めに言って欲しいものだ。

 彼女の背後からビッタリとくっついて、歩き続けていると。
 あっという間に、3年という月日が過ぎていった……。

 入学式で結婚を約束した二人なのに、このままではまた彼女とも別れてしまう。
 そうしたら、失恋から真面目な桃山さんでさえ、闇落ちして……暴走族になってしまいそうだ。

 それだけは阻止せねば!
 一念発起した僕は、今までの自分を変えるため、18年間変えなかった髪型をアレンジすることに。
 坊ちゃんヘアーから、スーパーサ●ヤ人みたく、ツンツン頭にセットしてみた。

 格好をつけて高校へ行くと……桃山さんと目が合う。

「あれ? ひょっとして……童貞くん?」

 大きな瞳を丸くして、驚いているようだった。
 これはイケると確信する僕。

「やあ、桃山さん」
「童貞くんって、気がつかなかった~! すごいイメチェンだね」

(キター! 釣れたな、こりゃ)

「ハハハッ! ちょっとね」
「でも、まだ高校をやめていなかったんだ。私、入学式以来、童貞くんの姿を見なかったから……」
「へ?」

 何を言っているんだ、この子は?
 三年間、ずっとあなたのお尻にくっついていたのは、正真正銘、僕だというのに。

「どうしてだろ? 童貞くんの顔って覚えにくいっていうか……でも、その寝ぐせみたいな髪型なら一発でわかるよ」
「……」

 これがきっかけで、僕たちはよく話をするようになった。
 そして三学期の数ヶ月間、二人の仲は急速に深まる。

 文化祭などのイベントで毎日、桃山さんと色んなものを二人で作っていたから。
 自ずと共通の会話も増えるし、その他彼女の趣味なども聞けた。

 だいぶ心の壁がなくなり、たまに学校帰りラーメン屋へ行くこともあった。

 それから数週間後、先生に呼ばれた僕たちは、卒業アルバムの制作などを手伝っていた。
 談笑しながら、アルバムを制作する。

 職員室が寒かったせいもあってか、僕はトイレに行きたくなってきた。
 黙って机から立ち上がると、桃山さんまで一緒に立ち上がる。

 お互い、目が合ってしまう。

「「あ……」」

 まさか気になっている女の子と、一緒にトイレへ行くことになるとは……。

 冷たい廊下を二人して、歩く。
 気まずい空気が漂う中、桃山さんがこう言った。

「もうすぐ、アルバムも完成だね」
「そ、そうだね……」

 廊下の窓から外の景色を眺める桃山さん。
 その横顔はどこか寂しそうに見える。

(これは……僕に誘って欲しいのか!?)

 だが、自分からデートに誘う勇気もない……。
 それに彼女と出会ってから3年間、一度も連絡先を聞けていない。

 気がつくと、トイレに着いてしまった。

「じゃあ、またあとでね」
「う、うん……」

 後悔だけが残る。
 あと数ヶ月で、桃山さんとの甘いスクールライフも終わりを迎えてしまう。
 多分、桃山さんの、あの思わせぶりな態度。
 僕が電話番号さえ聞ければ、初デートしてすぐベッドインもOKということだろう。


 用を足すため、個室に入る。
 僕は大小関係なく、ひとりになりたいから、男だけど個室派だ。

 学校のトイレは窓が開いているから、便座がキンキンに冷えている。

「……」

 ちなみに、今日は休日だ。
 だから先生にアルバム制作を頼まれた生徒しか、校舎にいない。
 教師を除けば、生徒は僕と桃山さんの二人きり。

「……」

 なぜ黙っているかと言うと、聞こえてくるからだ。
 今入っている個室の裏側。女子トイレから。

「……」

 僕は耳をすませ、聴力だけに集中させる。
 明鏡止水の心で……。


 ここでようやく、気がついた。
 彼女の思惑に。

 汚い話だが、人間にとって排泄行為とは、生きていくために重要なものだ。
 そして一番外敵に狙われやすい、弱点でもある。
 か弱い女性ならば、尚のこと注意するはず。

 しかし、壁で隔ているとはいえ、数室ある個室から同じ部屋を選んだ。
 つまり今の僕と桃山さんは一心同体だ。
 合体していると表現しても、良いだろう……。

 僕はこの時、覚悟を決めた。

(よし。さっさと電話番号を聞いて、彼女の想いに応えなければ!)