暗闇に包まれた道路の中で、私は呆然と立ち尽くす。
目の前では、車が通る度に地面に供えられた花々が揺れている。

"私の弟は死んだ"

「行かないで」
あの時ただその一言を発することが出来たら、私の弟は死ななかったのに。今となっては、もう遅すぎる。

四年前のあの日、突然私の弟の(つばさ)は、夕方に
「いってきます」
とだけ言って家を出て行った。その時の様子はいつもの翼とは違って、掴みどころのない表情を見せていた。私はなんだか嫌な予感を覚えつつも心のどこかで大丈夫だろうと思って、声をかけることも止めることもしなかった。
それから、私が翼のただいまの声を聞くことはなくて、代わりに聞いたのは両親の嗚咽とお経を読む声だけ。
その光景を目の当たりにして、私は強すぎる痛みと責任と後悔を感じた。そして今でもこれらを背負い続けながら生きている。それが、私の使命だから、それが、今の私にできる精一杯の償いだから。
もしあの日誰かが翼を助けることができたとするならば、それは私だったはずだ。
私はその日の数週間前くらいから翼の様子がおかしかったことを覚えている。
いつも元気いっぱいで甘えっ子だった翼が少し怒りっぽくなって、部屋ではひとりで何かに怯えている様子だった。けれど、"それだけ"だと思っていた。朝には元気に笑って学校に行っていたし、帰ってきてもいつもと変わらないように過ごしていたから。でも、そうではなかった。
翼が死ぬ前日の夜、夏が始まって、暖かくなった空気に包まれながら翼は私に向かって
「もし一つだけ願い事が叶うならお姉ちゃんはどうする?」
なんてことを聞いてきた。
最近は思春期に入った翼だったから私のことをお姉ちゃんなんて呼び方はしなくなって、私の部屋に潜り込むこともほとんどなかった。それなのにその日だけは突然私の部屋にやってくるや否やそんなことを聞いてきて、私が
「魔法使いになりたい」
なんてことを言うと少しだけ可笑しそうに笑っていた。喧嘩もするけれど、やはり翼の笑顔はかわいい。
そんなことを思いながら私が翼はどうなの?と聞くと
「僕はまだこの世界で生きていたい!」
と冗談めかして言っていた。声こそ明るかったもののその目にはどこか諦念の色が含まれていた気がする。
「どういうこと?おじいちゃんみたいなこと言わないでよ」
笑いながら私が言うと翼は
「お姉ちゃんも僕もいつか死ぬんだから!僕はもっともっとずーーっと楽しく生きていたいの!」
と元気よく喋っていた。

今思えばそれは翼が私に向けて送った精一杯のSOSだったように思う。なのに、私はそこで翼を見過ごした。わかっていたのに、翼が見せる元気さを盾にして、向き合うことを放ったらかしにした。
本当は皆を心配させないために見せていた翼の弱さだったのに。

「もし私が魔法を使うことができるとしたら翼を…ううん、今の翼に"よく頑張ったね"って、"もう大丈夫だよ"って、ただ、それだけを伝えたい」