さすが姉貴。仕事が早い。
ややシスコン気味だと自分でも思うが、本当に頼りになる姉で良かったと思う。俺は中学生の時に両親を立て続けに亡くし、しばらく親戚の伯父さん夫婦の家で姉貴と世話になっていた。姉貴が高校を卒業するタイミングで就職し、事情を話して会社の寮に住まわせてもらっていたが、俺が美大に行きたいことを知ってか知らずか、迷わず行けと背中を押してくれたのも姉貴だ。両親の遺してくれた遺産があるからそれくらいどうとでもなる、と。後に姉貴は転職し、役所勤務となるのだが、姉貴は俺の親代わりのような存在でもある。だからこそ苦労はかけたくなかったが、昔から面倒見の良さは人一倍で、遠慮なんてしようものなら怒りの鉄拳をかまされる。
「おい、涼平!!」
病室のドアがドンドン、バンと勢いよく音を立てて開く。
「大丈夫か?」
織原だ。成瀬もいる。二人共息を切らしながら俺の方に歩み寄る。
「お前ら、面会時間はもうーー」
「そんなこと言ってられるかっての!」
成瀬が声を張り上げて言った。
「悪い、俺が誘ったばかりに……」
織原が声を落とす。
「いやいや、織原。俺が飲みすぎてコケただけだから。そこに運悪く暴走車が突っ込んで来たってだけだから。俺の自業自得」
「でも……」
「いいから。もうこの件については姉貴が相手に話つけてくれてさ。何とかなりそうだから気にするなよ」
姉貴が俺を轢き逃げした少年を特定して、ってとこまで持っていったのは奇跡に等しい。結構遅くまで飲んで歩いていたら、頭のネジが緩んだような奴らがあちこちに点在する。俺もその一人にカウントされるほど、今日はつい調子に乗ってビールや焼酎を何杯か飲んでしまった。酒類はそんなに強くないというのに。
「成瀬、織原。俺、久々にお前らに会えて嬉しかったんやわ。だから、そんな気にせんといて」
「んなこと言ったってなあ。オレやったって、お前にずっと会いたかったわ。なあ、織原」
「ああ。涼平が帰って来るって聞いてさ、ついテンション上がって飲み会企画してまったのよ」
「そういえば、逸生は?」
別にいなくても、いや、寧ろいない方がありがたいのだが。俺は一応聞いてみた。
「ああ、あいつにも声かけたんやけどな。例の彼女と海外旅行行くからって、断られたんやわ」
「マジか。あいつ最近彼女ばっかりやな」
成瀬が突っ込む。
「正直、今まで義理で付き合い続けて来たけどさ。この前自分の大学の同期の子が帰省中に逸生にナンパされたって言ってて。逸生、彼女いるのにそんなことするんだって思ったらシンプルに引いたもんで……もう誘うのやめようと思っとる」
「織原の同期って……中学時代のタメで同じ大学に進んだっていうあの子じゃん?」
成瀬は怪訝そうに言った。「ああ、今は同じゼミ生なんだけどね」と織原。
「プライベートで彼氏と遊んでいた時に『久しぶり、今からオレと遊ばん?』って言ってきたらしい」
「げ、それやばくね? あいつの節操のなさは今に始まったことやないけどさ。あいつ大学行き始めてからさらに調子乗ってきたっていうか……」
逸生か。しばらく会わないうちにさらにヤバくなっているようだ。しかも、織原に付き合い考える発言させるとは……相当好き放題しているとみた。
「何かごめんな、涼平。こんなことになってまって」
「いやいや、織原が悪いんやないって。俺を轢いたやつが悪いんであって」
「オレも。あの時お前が嫌がっても一緒に帰ればよかった」
「いやいや、それも違うって」
ただ、運が悪かった。それだけだ。
「あの、そろそろ消灯なので」
巡回に来た看護師の女性に促され「あ、すみません」と織原たちは帰る準備をする。
「遅がけに悪かった。大事にしてな」
「ホントにごめん。また時間あるときに来るから」
二人が退室した後、俺はスマホを手に取った。
(梨歩に、何て言おう……)
言えば心配かけるかもしれない。梨歩は持病があるし、あまりショッキングなことは言いたくない。それが原因で、梨歩の病が悪化してしまうかもと思うと、安易に切り出せずにいた。
ほんの数日間の帰省のはずが、こんなことになるとは思いもしなかった。
そうこうしているうちに、梨歩からLINEが。
〈お疲れ〜! 帰省生活楽しんでる?〉
ああ、楽しんでいたよ。だとワケありみたいに聞こえるか。何て返そうか。
とりあえず、〈楽しんでるよ。地元の連れと飲んでた〉と返す。
その直後、梨歩から電話が。
「うわッ」
まずい。しかもビデオ通話だ。
とりあえず出よう。
〈あ、涼ちゃん。元気〜?〉
相変わらず元気のいい声だ。
「ああ、まあ元気かな」
〈何それ、ホントに元気なの?〉
「え、元気そうに見えない?」
〈うん、見えなーい〉
「マジか」
〈あっははははは〉
「からかった?」
〈正解ー! 正解者には何もなし!〉
「何だそれ」
〈あっははははは。そうだ、あたし来月ストリートライブやるの〉
「え、そうなんや」
〈芹山の花見公園前でね。涼ちゃんも良かったら見に来てね〉
「あ、ああ。行けたら……いいな」
〈もう! そこは行けたらじゃなくて、行くって言わなきゃダメでしょ〉
「あ、ああ。ごめん、つい」
〈しょうがないな。じゃあ特別に一曲歌ってあげるよ〉
「え、今から?」
〈うん。えーっと、何から歌おうかな〉
「何からって……一曲じゃないの?」
〈ああ、それね。うん、一曲は一曲なんだけど。一曲とは限らないこともあるかな〉
「へえ。その場のノリみたいな?」
〈そうそう、そんな感じ!〉
「ほぉ」
〈あっははは! 誰かさんの口癖移ったみたいだわ〉
「え? 俺?」
〈俺以外にいなくない? ウケる! あっはははは!〉
「いや、探せば他にもいると思うけど」
〈あっははは! 悪いけど、あたしそんな暇じゃないんだわ。涼ちゃんだけで十分〉
「ああ、そうですか」
〈そうだよ、じゃあ歌うね〉
「あ……」
俺の反応を待たずして、梨歩は歌い始めた。
〈晴れ渡る〜 空に〜 爽やかに香る〜 甘酸っぱい恋の〜 香りに似ている〜〉
透き通った可愛らしい声は、地声のままの梨歩そのもので違和感なく聴き入る事ができた。どこか懐かしいフレーズだ。
〈汗ばむ日も〜 君さえいれば〜 年中無休のデオドラント〜〉
え、まさか。
この歌は……。
〈あなたと私の〜思い出の河川敷〜〉
もうオチが想像ついてしまった。
〈WA・KI・SHU〜〉
やっぱりそう来たか。
「脇シューかよ」
〈大正解〜! 正解者には、何もなし!〉
「ここまで期待通りのオチになると、これはこれで面白いけど。内輪向けやね、この歌」
〈そうだよ。涼ちゃんのために作ったんだから〉
「まさか、ストリートで歌わないよね?」
〈さあ? 涼ちゃんが来たら考えるわ〉
「いや、俺めっちゃ恥ずいやん」
〈そう? じゃあ歌おうかな?〉
「話聞いてた?」
〈うん〉
「絶対楽しんでるな」
〈楽しい方がいいじゃん。盛り上がるし〉
「脇シューで盛り上がるとは思えないけど」
〈だから、そこはセンスだって。あたしのセンス舐めんなさんな〉
離れていても、こんなにも身近に感じるのは梨歩のおかげであることは間違いない。
〈じゃあ、そろそろ切るね〉
「ああ、おやすみ」
〈ありがとう。じゃあまたね〉
梨歩との通話を終え、俺は可動式ベッドを倒す。
「はあ……」
ややシスコン気味だと自分でも思うが、本当に頼りになる姉で良かったと思う。俺は中学生の時に両親を立て続けに亡くし、しばらく親戚の伯父さん夫婦の家で姉貴と世話になっていた。姉貴が高校を卒業するタイミングで就職し、事情を話して会社の寮に住まわせてもらっていたが、俺が美大に行きたいことを知ってか知らずか、迷わず行けと背中を押してくれたのも姉貴だ。両親の遺してくれた遺産があるからそれくらいどうとでもなる、と。後に姉貴は転職し、役所勤務となるのだが、姉貴は俺の親代わりのような存在でもある。だからこそ苦労はかけたくなかったが、昔から面倒見の良さは人一倍で、遠慮なんてしようものなら怒りの鉄拳をかまされる。
「おい、涼平!!」
病室のドアがドンドン、バンと勢いよく音を立てて開く。
「大丈夫か?」
織原だ。成瀬もいる。二人共息を切らしながら俺の方に歩み寄る。
「お前ら、面会時間はもうーー」
「そんなこと言ってられるかっての!」
成瀬が声を張り上げて言った。
「悪い、俺が誘ったばかりに……」
織原が声を落とす。
「いやいや、織原。俺が飲みすぎてコケただけだから。そこに運悪く暴走車が突っ込んで来たってだけだから。俺の自業自得」
「でも……」
「いいから。もうこの件については姉貴が相手に話つけてくれてさ。何とかなりそうだから気にするなよ」
姉貴が俺を轢き逃げした少年を特定して、ってとこまで持っていったのは奇跡に等しい。結構遅くまで飲んで歩いていたら、頭のネジが緩んだような奴らがあちこちに点在する。俺もその一人にカウントされるほど、今日はつい調子に乗ってビールや焼酎を何杯か飲んでしまった。酒類はそんなに強くないというのに。
「成瀬、織原。俺、久々にお前らに会えて嬉しかったんやわ。だから、そんな気にせんといて」
「んなこと言ったってなあ。オレやったって、お前にずっと会いたかったわ。なあ、織原」
「ああ。涼平が帰って来るって聞いてさ、ついテンション上がって飲み会企画してまったのよ」
「そういえば、逸生は?」
別にいなくても、いや、寧ろいない方がありがたいのだが。俺は一応聞いてみた。
「ああ、あいつにも声かけたんやけどな。例の彼女と海外旅行行くからって、断られたんやわ」
「マジか。あいつ最近彼女ばっかりやな」
成瀬が突っ込む。
「正直、今まで義理で付き合い続けて来たけどさ。この前自分の大学の同期の子が帰省中に逸生にナンパされたって言ってて。逸生、彼女いるのにそんなことするんだって思ったらシンプルに引いたもんで……もう誘うのやめようと思っとる」
「織原の同期って……中学時代のタメで同じ大学に進んだっていうあの子じゃん?」
成瀬は怪訝そうに言った。「ああ、今は同じゼミ生なんだけどね」と織原。
「プライベートで彼氏と遊んでいた時に『久しぶり、今からオレと遊ばん?』って言ってきたらしい」
「げ、それやばくね? あいつの節操のなさは今に始まったことやないけどさ。あいつ大学行き始めてからさらに調子乗ってきたっていうか……」
逸生か。しばらく会わないうちにさらにヤバくなっているようだ。しかも、織原に付き合い考える発言させるとは……相当好き放題しているとみた。
「何かごめんな、涼平。こんなことになってまって」
「いやいや、織原が悪いんやないって。俺を轢いたやつが悪いんであって」
「オレも。あの時お前が嫌がっても一緒に帰ればよかった」
「いやいや、それも違うって」
ただ、運が悪かった。それだけだ。
「あの、そろそろ消灯なので」
巡回に来た看護師の女性に促され「あ、すみません」と織原たちは帰る準備をする。
「遅がけに悪かった。大事にしてな」
「ホントにごめん。また時間あるときに来るから」
二人が退室した後、俺はスマホを手に取った。
(梨歩に、何て言おう……)
言えば心配かけるかもしれない。梨歩は持病があるし、あまりショッキングなことは言いたくない。それが原因で、梨歩の病が悪化してしまうかもと思うと、安易に切り出せずにいた。
ほんの数日間の帰省のはずが、こんなことになるとは思いもしなかった。
そうこうしているうちに、梨歩からLINEが。
〈お疲れ〜! 帰省生活楽しんでる?〉
ああ、楽しんでいたよ。だとワケありみたいに聞こえるか。何て返そうか。
とりあえず、〈楽しんでるよ。地元の連れと飲んでた〉と返す。
その直後、梨歩から電話が。
「うわッ」
まずい。しかもビデオ通話だ。
とりあえず出よう。
〈あ、涼ちゃん。元気〜?〉
相変わらず元気のいい声だ。
「ああ、まあ元気かな」
〈何それ、ホントに元気なの?〉
「え、元気そうに見えない?」
〈うん、見えなーい〉
「マジか」
〈あっははははは〉
「からかった?」
〈正解ー! 正解者には何もなし!〉
「何だそれ」
〈あっははははは。そうだ、あたし来月ストリートライブやるの〉
「え、そうなんや」
〈芹山の花見公園前でね。涼ちゃんも良かったら見に来てね〉
「あ、ああ。行けたら……いいな」
〈もう! そこは行けたらじゃなくて、行くって言わなきゃダメでしょ〉
「あ、ああ。ごめん、つい」
〈しょうがないな。じゃあ特別に一曲歌ってあげるよ〉
「え、今から?」
〈うん。えーっと、何から歌おうかな〉
「何からって……一曲じゃないの?」
〈ああ、それね。うん、一曲は一曲なんだけど。一曲とは限らないこともあるかな〉
「へえ。その場のノリみたいな?」
〈そうそう、そんな感じ!〉
「ほぉ」
〈あっははは! 誰かさんの口癖移ったみたいだわ〉
「え? 俺?」
〈俺以外にいなくない? ウケる! あっはははは!〉
「いや、探せば他にもいると思うけど」
〈あっははは! 悪いけど、あたしそんな暇じゃないんだわ。涼ちゃんだけで十分〉
「ああ、そうですか」
〈そうだよ、じゃあ歌うね〉
「あ……」
俺の反応を待たずして、梨歩は歌い始めた。
〈晴れ渡る〜 空に〜 爽やかに香る〜 甘酸っぱい恋の〜 香りに似ている〜〉
透き通った可愛らしい声は、地声のままの梨歩そのもので違和感なく聴き入る事ができた。どこか懐かしいフレーズだ。
〈汗ばむ日も〜 君さえいれば〜 年中無休のデオドラント〜〉
え、まさか。
この歌は……。
〈あなたと私の〜思い出の河川敷〜〉
もうオチが想像ついてしまった。
〈WA・KI・SHU〜〉
やっぱりそう来たか。
「脇シューかよ」
〈大正解〜! 正解者には、何もなし!〉
「ここまで期待通りのオチになると、これはこれで面白いけど。内輪向けやね、この歌」
〈そうだよ。涼ちゃんのために作ったんだから〉
「まさか、ストリートで歌わないよね?」
〈さあ? 涼ちゃんが来たら考えるわ〉
「いや、俺めっちゃ恥ずいやん」
〈そう? じゃあ歌おうかな?〉
「話聞いてた?」
〈うん〉
「絶対楽しんでるな」
〈楽しい方がいいじゃん。盛り上がるし〉
「脇シューで盛り上がるとは思えないけど」
〈だから、そこはセンスだって。あたしのセンス舐めんなさんな〉
離れていても、こんなにも身近に感じるのは梨歩のおかげであることは間違いない。
〈じゃあ、そろそろ切るね〉
「ああ、おやすみ」
〈ありがとう。じゃあまたね〉
梨歩との通話を終え、俺は可動式ベッドを倒す。
「はあ……」



