ヤバい。気持ち悪い。

体中に走る激痛……。

もう少しで完成する、梨歩へのプレゼント。


春にきらめく彼女の横顔。

うららかな春の訪れを予感させる、薄桃色の空に舞う無数の桜の花弁。


初めて梨歩に出逢った日のことを思い出しながら、俺は全身に迸る電流のような衝動と痛みの間で筆を踊らせた。


この絵だけは、完成させたい。

これが俺の描く最後の一枚になるのなら。


生涯に一度の、渾身の一枚として。


梨歩の記憶のほんの一部でもいい。


俺が誰よりも梨歩を想っていた瞬間があったことを、忘れないでいてほしい。

「く……」

治療ができない身体では、今まで何の支障もなくできていたことすらまともにできない。
筆を持って絵を描くことが日常だった俺にとっては、最早生命線とも言えるその習慣が消えることが耐え難かった。

何のために上京してまで美大に来たのか。

情けなさ、悔しさ、怒り、悲しみ、絶望……。いくつもの淀んだ感情が入り混じって、筆を握るたびに震える指先の戦慄きのような衝動。

俺が描きたい景色を奪う、沈黙の病の凶行。

憎い。

俺をこんな身体にした細胞が。

刻一刻と迫りくる死への恐怖。明日どころか、今にも潰えてしまいそうな脆弱な身体が、声にならない悲鳴をあげる。そんな毎日が続けば、精神まで崩壊してしまいそうだった。

それでも、描きたい。


最後の最後まで。

「梨歩……」

会いたい。でも、今の俺の姿は見せたくない。

相対する思いの葛藤を繰り返しながら、俺は何度も筆を握り直す。

これまでの俺は、煮詰まったり課題に追われた時に筆が動かず制作が滞ることが何度もあった。
何を描きたいのかがわからず、テーマも曖昧で味もセンスも意味もない。ガラクタのような落書きばかりが増える俺の前に、梨歩は欠けた色彩を付け足すかのように現れた。


探していた色を漸く見つけた。
欠けたパズルが埋められる瞬間にも似た高揚感。

心のままに描くのがこんなにも楽しいとは。
夢中になれるこの時間は、殺伐とした無機質な今までの作品が嘘のように潤い始めた。