ピピッ、ピピッ。

「んんー……」

 頭上で目覚まし時計が鳴り出し、眉間にシワを寄せた。いつもと違う背中の感覚に違和感を覚えつつ、薄く目を開けて腕を伸ばす。

 眠いけど、宿題のために起きなきゃ。

 布団の上で伸びをし、まだ寝ている伯母と智を起こさないよう静かに起床。薄暗い廊下を歩いて洗面所へ向かった。

 うわっ、浮腫んでる。昨日お肉食べすぎたからかな。

 丸みを帯びた顔に苦笑いしながら髪の毛を後ろで1つに結び、冷水で顔を洗った。

 客間に戻ろうとドアに手を伸ばしたその時、曇りガラスに人影が現れた。

「あら、おはよう」
「おはよう……」

 引き戸をゆっくりと開けた曾祖母に挨拶した。場所を譲り、鏡越しに目を合わせる。

「早いね。もう起きてるなんて」
「そうかい? 私はいつもこの時間には起きてるよ」

 目を弓なりに細めて、器用に蛇口をひねって顔を洗い始めた。

 毎朝5時起きなの……⁉ 年取ると早起きになるとは言われているけど、それでも早くない⁉ ちゃんと眠れてるのかな……。

「タダシさんこそ、こんな時間に起きてるなんて珍しいじゃないの。もしかしてポチの散歩?」

 顔を拭く曾祖母の様子をうかがっていると、スイッチが入ったかのようにペラペラ話し出した。

「……ひいおばあちゃん、違うよ。私、一花。あと、ポチじゃなくてジョニーだよ」
「あら、そうだったかね。これは失礼しました」

 深々と頭を下げた丁寧な謝罪。そして謎の男、タダシの登場。

 また間違えられた……。早朝だから寝ぼけてるのかな。

 それにしても、タダシは一体何者なんだろう。昨日はみんなバタバタしてたから、結局聞けなかったんだよね。

 気になるところだけど、これから観察しに行かなきゃいけない。

 尋ねたい気持ちを抑え、歯を磨き始めた曾祖母に「またね」と言い残して退室した。





「おじいちゃん、ジョニー、お待たせ」
「おお、きたきた」

 急いで準備を進めること15分。駐車場にいる祖父とジョニーの元へ向かった。

「忘れ物はないかい?」
「うん! 大丈夫!」
「よし、それじゃあ出発!」

 祖父に返事をするようにワンと鳴いたジョニー。自分も「しゅっぱーつ!」と返して家の外へ。

 別室で着替えを終えて部屋を出た時、ちょうど前の部屋からおじいちゃんとジョニーが出てきて。これから散歩に行くって言うから、観察のついでに着いていくことにしたんだ。夜とは違うコースみたいだから楽しみ。

「昨日は長旅やらご飯の準備やら、色々とお疲れ様でした。夜は大丈夫だった? よく眠れた?」
「うん! 布団で寝たの、小学生以来だったけど、ぐっすり眠れたよ!」
「そうかそうか。なら良かった」

 穏やかな風を浴びながら住宅街を歩いていく。

 最初は寝つけるかそわそわしてたけど、早朝から活動したのもあってか、目を閉じた途端眠気が襲ってきて、あっという間に夢の中へ。多分、寝落ちするまで5分もかかってなかったと思う。

 1日中ずっと動く必要はなくとも、この調子で毎日過ごせば、早寝早起きできて、時間も有効活用できそうだ。

 曲がり角に差しかかると、道路の反対側に祖父と同世代くらいの男の人が歩いているのが見えた。

「ねぇ、おじいちゃんは、タダシさんっていう人知ってる?」

 その光景を見てふと思い出したので尋ねてみた。

「タダシ……一体どこでその名前を?」
「ひいおばあちゃん。昨日と、さっき洗面所で会った時、私の顔見てそう呼んでたの。もしかして、ご近所さんに似てる人がいるの?」

 目を丸くする祖父に対面した時のことも踏まえて説明し、再度尋ねた。

 名前の世代的に、息子か孫の子ども時代を重ねていたのかなと考えた。しかし、それなら呼び捨てか、◯◯くんと呼ぶはず。

 自分の子孫にさん付けする人もいるかもしれないけど、おじいちゃんのこと、ヒロマサって呼び捨てにしてたから、多分身内ではないだろう。

 当てはまるとしたら、ご近所さんくらいだと思ったのだ。

「そうか……」

 ポツリと呟き、感慨深そうに頷いた祖父。反応を見る限り、知っているっぽい。

「ご近所さんではないよ。タダシは、おじいちゃんのお父さん。一花ちゃんのひいおじいちゃんだよ」
「ええっ⁉」

 予想外の答えに目を丸くする。

 自分の夫と見間違えてたの⁉ でも、ひいおじいちゃんはもう……。

「一花ちゃんも何度か会ったことはあるんだけど……覚えてるかな?」
「うーん……あまり。ひいおばあちゃんでさえ、ほとんど覚えてなかったから」

 祖父母の顔は昔の父の写真で確認済みだが、曾祖父母の顔は未確認。

 そのため記憶は小学生の頃で止まっており、どんな顔だったかまでは覚えていない。だから昨日、家族写真を見ても全くピンとこなかった。

 だけど、しわしわの手とか、腰が曲がったシルエットとか、部分的にはなんとなく覚えている。

「そんなに似てる? 私とひいおじいちゃん」
「あー、目元が似てるかな。飾ってる写真は柔らかい雰囲気だけど、若い頃はキリッとしてたみたいだから」

 なるほど。確かに話す時はまず目を見る。それなら記憶に強く残るよね。

 キリッとしてるなら智も似たような系統だけど……女の私のほうが似てるのかな。