「よっこらせっと」
買い物を済ませて帰宅し、別室に荷物を置いた。
一時はどうなるかと心配してたけど、無事に終わって良かった。
買った水着を取り出して体に当ててみる。
セパレートも可愛かったけど、こっちを選んで正解だったかも。露出が少ないから日焼けしにくそうだし。明日はこの上にパーカーを羽織っていこうかな。
──ガチャッ。
「あ、いたいた」
鼻歌を歌いながらしまっていると、いきなり部屋のドアが開き、肩をビクッと揺らした。
ノックもなしに入ってくる人物は、この家の中でたった1人しかいない。
「ビックリした……何?」
「ちょっと話があって」
慌てて立ち上がり、智に体を向ける。
いつものおちゃらけた顔ではなく、口を閉じた神妙な面持ち。何か相談事があるのだろうか。
「お前さ……何か俺に隠してるだろ」
私を見据えていた瞳が疑い深い色に変わった。
「えっ……? なんのこと?」
動揺しているのを悟られないよう、とぼけたふりをして聞き返す。
「なんのことって……お前、食料品売り場で会った時、挙動不審だったじゃねーか」
途端に顔全体が硬直し、心臓の音が嫌なリズムを刻み始めた。
焦りが顔に表れたのか、智の表情がより険しい色に。
「車に乗ってる時も、着いて中に入る時も、なーんかそわそわしてたし? 俺が行くって言った時も、あからさまに嫌な顔してたもんな」
「そ、そうだったっけ?」
ジリジリと私のほうに足を進める智。一歩一歩近づくにつれて、こっちも一歩一歩後ずさりする。
やばい、完全に怪しまれてる。
どう切り抜けようか、そう考えているうちに窓にぶつかり、逃げ場がなくなってしまった。
「さてはお前……」
ごくりとつばを飲み込む。あああもう終わりだぁぁ。
「……俺に隠れて、美味いもんでも食おうとしてたな?」
…………え?
「慌てて隠してたけど、俺はこの目でちゃんと見たぞ。お前がめちゃくちゃ美味そうな桃を持っていたところを!」
ビシッと自信満々に指を差した智。
なんだ、そっちか……。
凪くんのことではなかったと分かると、全身に入っていた力がどっと抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。
「もう、ビックリさせないでよ。一体何事かと思ったじゃない。普通に聞いてよ」
「だって、こうでもしないと絶対口割らねーと思ったから。丸々1個食うの?」
「なわけないでしょ。あれはひいおばあちゃんにあげるの」
「ひいばあちゃん? 頼まれたの?」
「いや、実は……」
腰を上げて最初から説明した。
「白寿と百寿かぁ。でも、お祝いはもうしたって言ってなかったっけ」
「うん。でも、せっかく来たんだから、やっぱり何かしたいなって」
百寿祝いは来年でもできるけど、白寿祝いは今年しかできない。
来年も必ず帰省するとは限らないし、ひいおばあちゃんも必ず元気でいるとは言い切れない。もし入院しちゃったら、それこそ直接祝えないから。
「なるほど。贈るのは桃だけ?」
「ううん。もう1つある」
外に声が漏れないよう、身を寄せて話し合う。
「分かった。じゃあ準備始める時間になったら目配せで合図な。見張りは任せとけ!」
「ありがとう」
詳細を伝えると、協力してもらえることに。
いたずら好きでお調子者な彼が、この時ばかりはほんの少しだけ頼もしく見えた。
よし、作戦開始だ!
◇
「アハハハハ! こいつ白目剥きすぎだろ〜!」
夕食が終わり、一段落ついた午後6時50分。
テレビに映る犬の寝顔を見て、父が盛大に笑い出した。
「ギャハハ! 口半開き!」
ゲラゲラ笑う声が耳に響いてキンキンする。
うるさいなぁ。そんなに面白いかよ。
と言ってやりたいのだけど、現在父は飲酒中なため、酔っぱらって笑いのツボが浅くなっているのだ。
「ジョニーもこんな風になったりすんの?」
「いやぁ、よだれ垂らしてる時はあるけど、ここまで酷くはないなぁ」
「そうかそうかぁ~。お前はいつも可愛いのかぁ~」
ジョニーの頭をワシャワシャと撫でる父。そんな父を、祖父はお酒片手に微笑ましい顔で見ている。
なぜこうも親子で違うのだろうか……。
「ありゃ、もうなくなったのか。母さーん! まだあるー⁉」
「おい、まだ飲むのか。もうやめときな」
「いいじゃねーかぁ、ちょっとくらい。こういう時しか堪能できねーんだからよぉ」
止める祖父を振り払い、「おーい、母さーん!」と、グラスを持ったまま祖母を呼び続ける。
うるせぇなぁ! この呑んだくれが! そんなに飲みたいなら自分で持ってこいよ! ……って言ってやりたいぃぃ。でも絶対喧嘩になるから言えないぃぃ。くそぉぉ。
「叔父さん! 俺呼んできますよ!」
「お! いいのか⁉ ありがと〜」
不快感丸出しで口を引きつらせていたら、智が手を上げて立ち上がった。
……あぁ、そういうことね。
目配せしてきた彼に続き、自分も腰を上げて祖母と伯母がいる台所へ。
「ねぇ、叔父さんがお酒欲しいって」
「お酒? どれ」
「茶色い瓶のやつ」
「あー、焼酎ね。冷蔵庫にあるから」
買い物を済ませて帰宅し、別室に荷物を置いた。
一時はどうなるかと心配してたけど、無事に終わって良かった。
買った水着を取り出して体に当ててみる。
セパレートも可愛かったけど、こっちを選んで正解だったかも。露出が少ないから日焼けしにくそうだし。明日はこの上にパーカーを羽織っていこうかな。
──ガチャッ。
「あ、いたいた」
鼻歌を歌いながらしまっていると、いきなり部屋のドアが開き、肩をビクッと揺らした。
ノックもなしに入ってくる人物は、この家の中でたった1人しかいない。
「ビックリした……何?」
「ちょっと話があって」
慌てて立ち上がり、智に体を向ける。
いつものおちゃらけた顔ではなく、口を閉じた神妙な面持ち。何か相談事があるのだろうか。
「お前さ……何か俺に隠してるだろ」
私を見据えていた瞳が疑い深い色に変わった。
「えっ……? なんのこと?」
動揺しているのを悟られないよう、とぼけたふりをして聞き返す。
「なんのことって……お前、食料品売り場で会った時、挙動不審だったじゃねーか」
途端に顔全体が硬直し、心臓の音が嫌なリズムを刻み始めた。
焦りが顔に表れたのか、智の表情がより険しい色に。
「車に乗ってる時も、着いて中に入る時も、なーんかそわそわしてたし? 俺が行くって言った時も、あからさまに嫌な顔してたもんな」
「そ、そうだったっけ?」
ジリジリと私のほうに足を進める智。一歩一歩近づくにつれて、こっちも一歩一歩後ずさりする。
やばい、完全に怪しまれてる。
どう切り抜けようか、そう考えているうちに窓にぶつかり、逃げ場がなくなってしまった。
「さてはお前……」
ごくりとつばを飲み込む。あああもう終わりだぁぁ。
「……俺に隠れて、美味いもんでも食おうとしてたな?」
…………え?
「慌てて隠してたけど、俺はこの目でちゃんと見たぞ。お前がめちゃくちゃ美味そうな桃を持っていたところを!」
ビシッと自信満々に指を差した智。
なんだ、そっちか……。
凪くんのことではなかったと分かると、全身に入っていた力がどっと抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。
「もう、ビックリさせないでよ。一体何事かと思ったじゃない。普通に聞いてよ」
「だって、こうでもしないと絶対口割らねーと思ったから。丸々1個食うの?」
「なわけないでしょ。あれはひいおばあちゃんにあげるの」
「ひいばあちゃん? 頼まれたの?」
「いや、実は……」
腰を上げて最初から説明した。
「白寿と百寿かぁ。でも、お祝いはもうしたって言ってなかったっけ」
「うん。でも、せっかく来たんだから、やっぱり何かしたいなって」
百寿祝いは来年でもできるけど、白寿祝いは今年しかできない。
来年も必ず帰省するとは限らないし、ひいおばあちゃんも必ず元気でいるとは言い切れない。もし入院しちゃったら、それこそ直接祝えないから。
「なるほど。贈るのは桃だけ?」
「ううん。もう1つある」
外に声が漏れないよう、身を寄せて話し合う。
「分かった。じゃあ準備始める時間になったら目配せで合図な。見張りは任せとけ!」
「ありがとう」
詳細を伝えると、協力してもらえることに。
いたずら好きでお調子者な彼が、この時ばかりはほんの少しだけ頼もしく見えた。
よし、作戦開始だ!
◇
「アハハハハ! こいつ白目剥きすぎだろ〜!」
夕食が終わり、一段落ついた午後6時50分。
テレビに映る犬の寝顔を見て、父が盛大に笑い出した。
「ギャハハ! 口半開き!」
ゲラゲラ笑う声が耳に響いてキンキンする。
うるさいなぁ。そんなに面白いかよ。
と言ってやりたいのだけど、現在父は飲酒中なため、酔っぱらって笑いのツボが浅くなっているのだ。
「ジョニーもこんな風になったりすんの?」
「いやぁ、よだれ垂らしてる時はあるけど、ここまで酷くはないなぁ」
「そうかそうかぁ~。お前はいつも可愛いのかぁ~」
ジョニーの頭をワシャワシャと撫でる父。そんな父を、祖父はお酒片手に微笑ましい顔で見ている。
なぜこうも親子で違うのだろうか……。
「ありゃ、もうなくなったのか。母さーん! まだあるー⁉」
「おい、まだ飲むのか。もうやめときな」
「いいじゃねーかぁ、ちょっとくらい。こういう時しか堪能できねーんだからよぉ」
止める祖父を振り払い、「おーい、母さーん!」と、グラスを持ったまま祖母を呼び続ける。
うるせぇなぁ! この呑んだくれが! そんなに飲みたいなら自分で持ってこいよ! ……って言ってやりたいぃぃ。でも絶対喧嘩になるから言えないぃぃ。くそぉぉ。
「叔父さん! 俺呼んできますよ!」
「お! いいのか⁉ ありがと〜」
不快感丸出しで口を引きつらせていたら、智が手を上げて立ち上がった。
……あぁ、そういうことね。
目配せしてきた彼に続き、自分も腰を上げて祖母と伯母がいる台所へ。
「ねぇ、叔父さんがお酒欲しいって」
「お酒? どれ」
「茶色い瓶のやつ」
「あー、焼酎ね。冷蔵庫にあるから」