翌日の午後1時20分。伯母の車で、隣町にあるショッピングモールにやってきた。

 中に入るやいなや、エスカレーターに直行し、2階へ。お店のホームページでダウンロードした地図を頼りに待ち合わせ場所へ向かう。

「あっ、あった」

 婦人服売り場と紳士服売り場を通過して右に曲がると、寝具売り場が見えてきた。

 周囲に誰もいないのを確認して、スマホのカメラで身だしなみをチェックする。

 今日の服装は、黒い無地のTシャツに、ゆるっとした足首丈のデニムパンツ。おでかけにしてはだいぶ地味だが、これでも精一杯オシャレしたつもり。

 帰省=休暇と捉えていたとはいえ、せめて柄物のシャツとかワンピースとか、よそ行きの服を一着持ってくれば良かったな。今更後悔したって遅いんだけどね。

 スマホをポケットにしまい、高鳴る胸を深呼吸で落ち着かせる。

 色合いが地味な分、今日は髪型を変えてみたんだけど……どんな反応するかな。

 歩を進めると、奥に白いアロハシャツを着た男の人がポツンと立っているのを見つけた。

 凪くんだ……!

 近づいて声をかけ……ようとしたのだけど、一歩踏み出したところで立ち止まった。

 華やかさを加えた全身モノトーン。上品で落ち着きのある彼の雰囲気に合っていて、すごく様になっている。

 だけど、私が視線を奪われたのは、服よりも横顔。

 枕を吟味している真剣な眼差し。いつもとは違う表情に胸がときめいてしまった。


 ピピッ、ピピッ。


 ポケットに入れたスマホが音を立てて振動し始めた。

 いけない、うっとりしてたらもう5分前に……。

「あっ、一花ちゃん!」

 アラームを止めていると、その音に気づいた凪くんがコロッと表情を変えて近寄ってきた。

「良かった。迷わなかった?」
「大丈夫。地図で何度も確認したから。枕見てたの?」
「うん。今使ってるやつが全然合わなくてさ。もう3週間以上経つのに、一向になじまないんだよ」
「3週間も⁉ 早く変えなよ!」

 違和感を放置する彼を心配するあまり、大声を上げた。

 しまった、周りに誰もいないからって。約束してたのに……。

「ごめん……」
「ううん。こっちこそ心配かけてごめんね。そろそろ行こうか」
「っま、待って」

 歩き出そうとした彼を小さな声で呼び止めた。

「あの、大変厚かましいお願いなのですが……実は今日、身内も一緒に来ていまして」

 身内というのは、送迎を頼んだ伯母のこと。夕食の買い物ついでにお店を見て回るらしい。

 正直、一緒に来ると知った時は、少し戸惑った。

 だが、彼女は口が堅いので、仮に私達を見かけたとしても、軽々しく口外はしないだろう。

 そう安心して、出かける準備を進めていたら……。

「身内? 送ってくれた伯母さん?」
「はい。あと……父と従兄も一緒で」

 運悪く、父と智に見つかってしまい、観光がてら着いてくることになったのだ。

「ありゃりゃ。まぁ、他に行くところないしね。俺と回ることは話してるの?」
「いえ全く。凪くんのことは、みんなには内緒にしてるので……」

 祖父には少し話したものの、今も会っていることは伝えていない。

 なので全員、私が毎日出かけているのは、絵日記のネタを探しに行ってるんだなと思われている。もちろん今日も。

 そんな中で、男の子と一緒にいるところを見られてしまったら。

 あの2人の性格上、智は茶化し、父は半ギレで詮索してくるに決まってる。

「できれば、少し距離を空けて歩いてもらえると助かります……」

 口から出る内容があまりにも自分勝手すぎて、申し訳なさで声がしぼんでいく。

 分かってる。失礼で極まりないのも分かってる。

 宿題手伝ってもらう身分で失礼すぎだろ、何様だよって。ただでさえ大きな声出せないのに、それじゃ会話できないだろって。
 
 でも、これがきっかけで他所に話が広まったら……凪くんに迷惑をかけてしまうかもしれない。

「なるほど。分かった」
「いいの……?」
「うん。俺も無茶なお願い聞いてもらったし。お忍びデートと思えば楽しそうじゃない?」
「そ、そう? ありがとう」

 さすが凪くん。スリルでさえ楽しみに変えるとは。なんという強気な前向き思考。

 お忍びデート、か……。

 いやいや、あくまでも例えだから。っていうか、いちいち意識しすぎ。

 男の子と2人で出かけるのが初めてだからって、ことあるごとにドキドキしてたら心臓もたないって。

 心の広い彼に改めてお礼を言い、早速デート……ではなく、ネタ探しスタート。まずは近くの婦人服売り場を見て回る。

「そういえば、今日髪型違うね。編み込んでるの?」
「うんっ。服が地味だから、せめて髪型だけでも可愛くしようと思って」