『もうすぐ始まる夏休み。海水浴に出かける人々も増えるであろう今回は、海に潜む危険について──』
午後9時過ぎ。テレビに釘づけになっている母の目を盗んでキッチンに忍び込んだ。
冷凍庫からバニラ味の棒アイスを取り、そっと封を開けて口に運ぶ。
ん〜! 涼しい部屋で食べるアイスは最高だ!
「ただいまー」
テレビを観ながらむさぼり食っていると、父が帰ってきた。リビングに入るやいなや、真っ黒なジャケットを脱いでエアコンの前へ。
「おかえり。ご飯どうする? 一応、魚は焼いてるけど」
「あー、なら魚だけ。残りは明日の朝に食べる」
テレビ画面がCMに切り替わり、立ち上がった母。その声に父が首だけを動かして返事をした。
アイスを口に詰め込み、何事もなかったかのようにしれっと棒をゴミ箱に捨てる。
小さかったからあっという間に終わっちゃった。もう1本食べようっと。
「ニュースでも見たけど……本当、残念ね」
「あぁ。みんな泣いてた。顔見た途端、泣き崩れてた人もいて……多分友達だろうな」
ネクタイを緩めてシャツをパタパタさせる父。
お葬式って夏場でも長袖なのか。初めて知った。今日みたいに曇ってたらいいけど、晴れだったら汗だくになりそう。
話に夢中になっている隙を見て冷蔵庫の前に移動した。次はチョコ味にしようかな。
「一花、もうやめなさい。お腹壊すよ」
「うっ……」
アイスを取り出したその時、母の低い声が飛んできた。ゆっくり開けたけれど、わずかな音で気づかれてしまったようだ。
くっ、あと少しだったのに。というかさっき食べてたのもバレてたなんて。お母さんの地獄耳め!
「お風呂上がったよ〜。ああっ! アイス!」
すると、首にタオルをかけた4歳下の弟の楓がやってきた。
「嘘だろ⁉ 俺まだ1本も食べてねーのに! 食い尽くしてねーだろうな⁉」
「してないってば……」
柔らかい声色から一変、私を押しのけて冷凍庫を開け、血眼になって確認し始めた。
いくら好物だからって、全部食べるわけないでしょう。
「バニラが1本減ってる! お風呂入る前はあったのに! お母さん食べた?」
「ううん。お姉ちゃんがこっそり食べてた」
「ええっ⁉」
目を丸くする楓。その目は、2本目を食べようとしてたのか⁉ という衝撃に満ちている。
「このアイス泥棒め! 食いすぎの罪で逮捕する!」
「うるさいなぁ。そっちだって毎日食べてるでしょ」
「そうだけど、俺は1日1個しか食ってない! 対して姉ちゃんは、季節問わず、見つけたらすぐ食っている!」
ビシッと指を差し、「その数、1週間で平均12個!」と言い放った。逐一数えてたのかよ。
「これだけじゃないぞ! 他にも、プリンやゼリーまで! そんなんだから、お腹プヨンプヨンに……」
言い終わる前にギロッと睨みつけた。
さっきから聞いてりゃあ、食い尽くしてだの、泥棒だの、失礼極まりない言葉を連発しやがって……。
「このクソガキ! レディに向かって失礼でしょ!」
「レディ⁉ 食いしん坊で口が悪いのに⁉」
「口が悪いのはあんたもでしょうが!」
「やめなさい! こんな夜に近所迷惑でしょ!」
ギャーギャー言い合っていると、母の怒号が飛んできた。
お母さんの声のほうが大きいよ。そう返したかったけれど、さらに怒鳴られそうだったのでグッと呑み込む。
先に喧嘩を売ってきたのは楓なのに。
口を尖らせ、アイスを冷凍庫に戻す。
「一花、アイスもいいが、勉強はしたのか? 夏休みの宿題、もう何個かもらってるんだろう?」
冷蔵庫からジュースを取り出す手を止め、眉間にシワを寄せた。
「……誰から聞いたの?」
「職場の先輩。子どもが一花と同じ高校に通ってるって聞いて、教えてもらった。クラスは違うみたいだけどな」
……余計なことを教えやがって。
仲間を見つけて盛り上がったのかもしれないけど、勝手にペラペラ話さないでほしい。
「やってるよ。今、自由研究のテーマ考えてる」
落ち着いた口調で答えるも、湧き上がってきた苛立ちは隠せず。少々乱暴な手つきで冷蔵庫のドアを閉めた。
「そうか。進学校に入ったんだから、ちゃんと計画立ててやるんだぞ」
そう言い残すと、父は洗い物をする母に食器を渡して出ていった。
毎日同じことを何回も。通夜から帰ってきてまで言う言葉かよ。
口を一文字にしてジュースをコップに注ぐ。
うちのお父さんは通る声で、昔からよく目立っていた。
どのくらいかというと、小学生の頃、運動会のリレーで走ってた時、応援する声がハッキリと耳に届いたくらい。
後日、『一花ちゃんのお父さん、パワフルだったね』と、みんなに口を揃えて言われるのが、私の中での毎年恒例行事。
楓が入学してからも熱量は変わらずで……卒業するまで恥ずかしい思いをしたものだ。
それに加えて、性格も竹を割ったようにサバサバ。
本当はガツンと物申してやりたかったのだけど、そうするとお母さんの何倍もの剣幕で返されてしまう。それこそ近所迷惑だ。
夜じゃなかったら遠慮なく言い返してたのに!
湧き上がってきた悔しさをジュースと一緒にのどの奥へ流し込んだ。
午後9時過ぎ。テレビに釘づけになっている母の目を盗んでキッチンに忍び込んだ。
冷凍庫からバニラ味の棒アイスを取り、そっと封を開けて口に運ぶ。
ん〜! 涼しい部屋で食べるアイスは最高だ!
「ただいまー」
テレビを観ながらむさぼり食っていると、父が帰ってきた。リビングに入るやいなや、真っ黒なジャケットを脱いでエアコンの前へ。
「おかえり。ご飯どうする? 一応、魚は焼いてるけど」
「あー、なら魚だけ。残りは明日の朝に食べる」
テレビ画面がCMに切り替わり、立ち上がった母。その声に父が首だけを動かして返事をした。
アイスを口に詰め込み、何事もなかったかのようにしれっと棒をゴミ箱に捨てる。
小さかったからあっという間に終わっちゃった。もう1本食べようっと。
「ニュースでも見たけど……本当、残念ね」
「あぁ。みんな泣いてた。顔見た途端、泣き崩れてた人もいて……多分友達だろうな」
ネクタイを緩めてシャツをパタパタさせる父。
お葬式って夏場でも長袖なのか。初めて知った。今日みたいに曇ってたらいいけど、晴れだったら汗だくになりそう。
話に夢中になっている隙を見て冷蔵庫の前に移動した。次はチョコ味にしようかな。
「一花、もうやめなさい。お腹壊すよ」
「うっ……」
アイスを取り出したその時、母の低い声が飛んできた。ゆっくり開けたけれど、わずかな音で気づかれてしまったようだ。
くっ、あと少しだったのに。というかさっき食べてたのもバレてたなんて。お母さんの地獄耳め!
「お風呂上がったよ〜。ああっ! アイス!」
すると、首にタオルをかけた4歳下の弟の楓がやってきた。
「嘘だろ⁉ 俺まだ1本も食べてねーのに! 食い尽くしてねーだろうな⁉」
「してないってば……」
柔らかい声色から一変、私を押しのけて冷凍庫を開け、血眼になって確認し始めた。
いくら好物だからって、全部食べるわけないでしょう。
「バニラが1本減ってる! お風呂入る前はあったのに! お母さん食べた?」
「ううん。お姉ちゃんがこっそり食べてた」
「ええっ⁉」
目を丸くする楓。その目は、2本目を食べようとしてたのか⁉ という衝撃に満ちている。
「このアイス泥棒め! 食いすぎの罪で逮捕する!」
「うるさいなぁ。そっちだって毎日食べてるでしょ」
「そうだけど、俺は1日1個しか食ってない! 対して姉ちゃんは、季節問わず、見つけたらすぐ食っている!」
ビシッと指を差し、「その数、1週間で平均12個!」と言い放った。逐一数えてたのかよ。
「これだけじゃないぞ! 他にも、プリンやゼリーまで! そんなんだから、お腹プヨンプヨンに……」
言い終わる前にギロッと睨みつけた。
さっきから聞いてりゃあ、食い尽くしてだの、泥棒だの、失礼極まりない言葉を連発しやがって……。
「このクソガキ! レディに向かって失礼でしょ!」
「レディ⁉ 食いしん坊で口が悪いのに⁉」
「口が悪いのはあんたもでしょうが!」
「やめなさい! こんな夜に近所迷惑でしょ!」
ギャーギャー言い合っていると、母の怒号が飛んできた。
お母さんの声のほうが大きいよ。そう返したかったけれど、さらに怒鳴られそうだったのでグッと呑み込む。
先に喧嘩を売ってきたのは楓なのに。
口を尖らせ、アイスを冷凍庫に戻す。
「一花、アイスもいいが、勉強はしたのか? 夏休みの宿題、もう何個かもらってるんだろう?」
冷蔵庫からジュースを取り出す手を止め、眉間にシワを寄せた。
「……誰から聞いたの?」
「職場の先輩。子どもが一花と同じ高校に通ってるって聞いて、教えてもらった。クラスは違うみたいだけどな」
……余計なことを教えやがって。
仲間を見つけて盛り上がったのかもしれないけど、勝手にペラペラ話さないでほしい。
「やってるよ。今、自由研究のテーマ考えてる」
落ち着いた口調で答えるも、湧き上がってきた苛立ちは隠せず。少々乱暴な手つきで冷蔵庫のドアを閉めた。
「そうか。進学校に入ったんだから、ちゃんと計画立ててやるんだぞ」
そう言い残すと、父は洗い物をする母に食器を渡して出ていった。
毎日同じことを何回も。通夜から帰ってきてまで言う言葉かよ。
口を一文字にしてジュースをコップに注ぐ。
うちのお父さんは通る声で、昔からよく目立っていた。
どのくらいかというと、小学生の頃、運動会のリレーで走ってた時、応援する声がハッキリと耳に届いたくらい。
後日、『一花ちゃんのお父さん、パワフルだったね』と、みんなに口を揃えて言われるのが、私の中での毎年恒例行事。
楓が入学してからも熱量は変わらずで……卒業するまで恥ずかしい思いをしたものだ。
それに加えて、性格も竹を割ったようにサバサバ。
本当はガツンと物申してやりたかったのだけど、そうするとお母さんの何倍もの剣幕で返されてしまう。それこそ近所迷惑だ。
夜じゃなかったら遠慮なく言い返してたのに!
湧き上がってきた悔しさをジュースと一緒にのどの奥へ流し込んだ。