「槭、大丈夫?」
夏と秋の移り変わりの長月。
季節の変わり目だからか、私は高熱を出して寝込んでいた。
久しぶりの熱に痛すぎる頭と喉。
お母さんが部屋に入ってきて様子を聞くのも答えられない。
「頷くだけでいいから答えて。大丈夫じゃない?」
小さく頷いた。
それだけでも脳みそが揺れ動くようで目が回った。
「ご飯は食べれそう?」
今度は横に小さく首を振る。
「何かは食べなきゃダメよ。お粥は?」
もう一度首を振った。
液体も個体も口に入れる気力は無い。
「わかった。飲める時に飲んで」
お母さんは枕の横にスポーツドリンクを置いて部屋を出た。
電気を消し、多少の漏れ出る外の明かりがあったとしてもカーテンを閉め切っている部屋は暗くホッとする。
昔は明るい色の方が好きだった。
ピンクや赤、黄、オレンジ、緑。
今ではお母さんの好みの影響もあって紺や黒の暗い色をよく選ぶ。
部屋の電気も明るいものよりオレンジ色のほんのり周りが見える電気だったり消して何も見えない真っ暗な状態が好き。
好みも昔とは真逆になった。
多分性格も。
自然と変わるものへの怖さはあまりない。
何をどう好きになるのかは、性格が変わらなくても自由であるべきことだ。
両親にとっては好みがコロコロ変わられてしまうと、好きだといっていたものが嫌いなものになっていていたり、ご飯を作るにも何かを買うにも、少し面倒くさそう。
私は嫌いなものが少ないから手間がかからないとは言われた。
それに比べて妹の愛生と兄の風弥は好き嫌いが激しくて食わず嫌い。
栄養バランスを考えて料理を作る身となったらそんな好き嫌いに構ってなどいられないとも言っていたな。
何にせよ好き嫌いはいつの間に変わっているもの。
いちいち恐怖を抱いていては好きなものを見ることも触れることも食すこともできない。
好き嫌いに対してまで変わるのが怖いわけではない。
私の場合、意図的に大きく自分を変えてしまうのが怖い。
つまり今の私を捨てて新しい人格を持つような、そんな感覚を知りたくない。
自分でもこの考えを言葉に表せるほど整理したわけではなかった。
故に怖い、怖くないの一線がずれる可能性も十分にあり得るけれども今のところの考えはそういうものだ。
私は額に置いてある氷の入った袋を退かして、お母さんの持ってきてくれたスポーツドリンクを一口飲む。