貸出をするつもりでゆっくりとその本の世界に浸る。

小説を読んでいると文字を追うスピードが速くなると国語の教師が言っていた。
だが、私の場合は本の世界を細部まで想像しながら読むのでそこまで早く読み終われない。

こんなところにも私のとろさがみられる。

一度顔を上げて目を休ませようとした頃には隣の窓から見える空は赤く染まっていた。

本の世界に没頭し始めて約四十分後。
流石にもうそろそろ帰らなければ暗くなる前に帰ってくるという家の決まりに反する。

私は読んでいた本の貸し出し手続きを済ませて図書館を出た。

図書館と外の境目である自動ドアから出る瞬間、見知った人がいたような気がして図書館を振り返ったが知った顔は見当たらなかった。

「ただいま」

マンションのエントランス、家のドアの鍵を開けると玄関には二足の靴が無造作に置かれていた。

愛生(あい)風弥(ふうや)。靴ぐらいちゃんと揃えて」

絨毯でだらだらとテレビを見ているであろう二人に聞こえるくらいの声で注意しながら靴を揃える。

毎日のように言うのに治らない癖にうんざりしながらも注意するだけの私は『もっと厳しく言ってやって』と親に言われる。

私が何を強く言おうと反論されるだけで何も変わらないんだよね。

二人には聞こえない溜息をつき、手を洗ってまだ外にかけてある洗濯物を取り込み畳む。
畳み終わり、お風呂を沸かしてお弁当を洗い始めたところで大抵両親が返ってくる。
転がっていた二人は両親に怒られ、ふてくしながらお風呂に入って出た頃にはご飯が出来上がっているので食事をとる。
午後九時半ごろにはお母さんから寝なさいと注意されて布団に入る就寝。
その繰り返し。

規則的で健康な毎日だ。

お母さんが栄養バランスにもこだわって料理を作ってくれるおかげもあり、健康体。

妹なんて一年に一度か二度熱を出すかくらい。
それも一日で治してしまう免疫力。

私は家族の中で体が弱い方だったから一年に最低三回は熱を出すが、他人から見たら普通の健康な人。

強い体は生活習慣からというのは身をもって経験している。

でも、規則的な毎日は酷くつまらない。

当たり前が続く日々がどれだけ尊いものかを知っているのに私は何かを求めてばかり。

ないものねだりな私。

未来を見上げれば不安で押しつぶされそうになる私。

怖がりな私。

何も動けないちっぽけな存在にわざわざ手を差し伸べる人なんていない。

いっその事、消えてしまいたかった。

そうすれば未来も全部消える。
悩むこともしなくて済む。
不安で涙を流すことも無くなる。

わかってるよ、ダメなことくらい。

消える手段をとる勇気だって私には無い。

私はまだ消えはしない。
しかし、苦しみは続く。

もう嫌だ。

この頃、勉強も家事も、読書ですら手につかなくなってきた。

私、このままだったらどうなってしまうんだろう。

また不安が募る。

無限ループだ。

結局、今日も声を押し殺して枕を濡らす夜だった。