「お邪魔して、ます」
「ん。今日、風強いな。来るとき大丈夫だったか」
「大丈夫」
「そうか」

短い会話。
胸のあたりがざわざわして、居ても立っても居られなくなる。
いつも笑ってる陽の顔も何だか強張って見えた。

「陽太ー。お母さんたち出掛けるからあとはよろしく。変な電話とか出ないでね」

陽を呼びに行ったお母さんとその後ろに可愛らしい格好をした千夏さん、スタイリッシュで陽に似ている顔立ちのお父さんが下りてきた。
ご家族を見ているとやはり陽の整った顔は遺伝なんだと実感させられる。
特に陽は顔立ちがお父さんに似ている。

「きゃー槭ちゃん可愛いぃ」

転げ落ちる勢いで階段を下りてきた千夏さんは私を抱きしめて頭を撫でてくれた。

「千夏、槭が苦しそう」
「そんな馬鹿力じゃないし、あんたじゃないんだから」
「は?」
「何でそこで睨むかなぁ。やー怖い怖い。槭ちゃん、なんかやられたら思いっきり殴っていいからね」
「なんもしねぇよ!」

スルスル進む会話に何も挟むことができない。
何より二人の言葉の端々にある毒針に感嘆符が止まらない。

「こら、二人ともやめなさい」

言い争う二人の頭に優しく手を置いたお母さんは千夏さんに荷物を渡す。

「じゃあ行ってくるわね。槭ちゃん、ゆっくりしていって」
「あ、ありがとう、ございます」

三人を見送り、玄関のドアが閉まる。
リビングには私と陽の二人になった。

「なんか飲む?」

冷蔵庫を開けて「紅茶、コーラ、リンゴジュース、麦茶、緑茶のどれか」と言ってすべて持ってこようとするものだから「紅茶」と勢い込んで言う。

「ストレートでいい?」
「うん」

コップと紅茶、コーラを持ってソファに座った陽は突っ立ったままの私に手招きして自分の隣をポンポンと叩いた。
座れということだろう。

隣に座ってコップに入った紅茶をもらう。

陽から話すのを期待して紅茶を何口か飲んで静かに聞く体勢を整えた。
だというのに、陽は何も話さず同じようにコーラを飲んでいるだけ。
謎めいた空気に変に冷静でいられている気がする。

これ、何か聞くべき?

陽も話したい内容が暗いからうまく切り出せないのかな。
陽に限ってそんなことある?
いや、あるのかもしれないけど別に緊張しているようには見えないし。

沈黙に耐えられなくなり何でもいいから話題を、と口を開いた。

「陽、ってお父さん似なんだね」

言って後悔した。
こんな話の広がらない話題を出したってまた黙ってしまうのに。
他の人よりも話すことが多いからか、陽といると言って後悔することが多い。