中学二年生の私はまだ大人のするようなお化粧をしたことがない。
したくないわけではなく、お化粧で人の見た目ががらりと変わることを知っているし、あんな風になれたらという憧れはある。

周りの子はチラホラしているけれど、母親がお化粧をほとんどしないタイプもあって家にファンデーションとかマスカラとかいうものは欠片も見当たらない。
びっくりするほどない。

流石に化粧水や乳液はあるが、それも私はほとんど使わない。
使っていいかと聞くときのお母さんの口癖『そういうものはせめて高校生になってからの方が良くない?』で毎回諦める。

でも、今日は少しでもそういったものを使ってみたい気分だった。

お母さんに聞いて化粧水とか貸してもらおう。
そう決めたら急に眠気が襲った。

翌日はアラームの時間通りに起き、リビングに行くと朝ご飯の準備をしていた両親に驚かれた。
いつもならアラームの音で起きても二度寝して両親が怒りながら起こしてくるのに自力で起きてきたのだ。
朝に弱い私らしくない。

「槭、眠りが浅かったの?」
「そうかも」
「眠いのならもう一回寝てもいいけど寝すぎないようにね」
「あ、うん」

どうにか言葉を返して用意されたご飯を口に運ぶが心中、とても混乱していた。
昨日は寝落ちして、起きた時からの記憶が曖昧で、陽と遊びに行くことを言ったのかもわからない。

「ねぇお母さん。昨日、遊びに行く話したっけ?」
「え?遊びに行くの?」
「やっぱり言ってなかったかな。陽と十時から遊びに行ってくる」
「陽?陽って保育園の陽太君?二人きりで?」

頷くとお母さんは動きを止め、静かに話を聞いていたお父さんは拭いていたお皿を落とした。

「お父さん?」

幸い、お皿はプラスチック製で割れたりはしなかった。

お父さんは私がお皿を拾って差し出しているのにビクともしない。
どうしたのかと首を傾げたら、代わりにお母さんが受け取ってお父さんの脇腹を肘でつついた。

「槭、話は分かったからご飯食べちゃいなさい」

言われた通りに席に座り、取り分けられた甘い卵焼きを味わう。
すると、無言で味噌汁を啜る風弥がお椀を置いて「デート?」と小さく聞いてきた。
それに便乗する愛生。

「お姉ちゃんデートするの?私が勉強している間にいちゃつくんだ」
「違うって!」

私が考えないようにしていたところにズカズカ踏みいってくる兄妹には本当に呆れと苛立ちが募るばかりだ。

「ふーん……」

同じく朝に弱い風弥はすでに眠いしか考えていない顔で冷たいお茶を静かに飲む。
SNSの流行りが一瞬で過ぎていくみたいに風弥は私と陽の関係を知ることに興味を失っていた。
朝の風弥は聞いておいて最後「あっそ」か「ふーん」で会話を終わらせる。